「徹夜でゲームでもするのか?」

「今晩泊めてください」


 その申し出に対する答えが出なくて、無言の時間がしばらく続いた。それは10分ほどかもしれないし、実は1分くらいの出来事だったのかもしれない。気持ち的には1時間は経っているといっても過言じゃない。

 家入が泊まっていくのは始めてじゃ無い。けどあの時はフリじゃなく、付き合っていた。正確にはそう思わされてただけだけど。

 でも今は付き合ってるフリをしているだけ。それに家入は断る余地を与えてくれている。


「徹夜でゲームでもするのか?」

「なにいってるんですか、明日授業ありますよ?」

「だよな」


 夜通し何かをする。それが唯一思い浮かんだ理由だったのに、あえなくついえてしまった。

 そもそも家入は何故こんなことを言ってきたのか。その理由を考えたとき、さっき家入に言われた言葉を思い出した。


『きちんと恋人のフリ、やってくださいね』


 きちんとって、どこまでだ?

 人前でフリをするのはまあわかる。じゃあ二人の時は? 誰も見てないところでフリを続ける必要ってあるのか? あるなら、恋人が二人でいるときに何をする? いやでも、そしたら本物の恋人とフリなのって何が違うんだ?

 ……ああもう、一人で考えてても埒があかない。


「泊まってく必要あるか? 徒歩数秒で帰れるだろ」

「そんなの……一緒に居たいからじゃダメですか?」

「お、お前それは……」


 その言葉の意味。普通ならそういうことだろう。だからそれを確認しようとして、しかし家入が慌てたように俺の言葉を遮った。


「あ、えっと、いや、ほら、そういう気持ちは友達だって、家族だって、もちろん先輩後輩だって、あるじゃないですか。先輩も、実家に帰ったらもっと家族といたいなーってなりませんか?」

「それは……──」


 考えてみて、なるかならないかで言えばならないような気がした。別に仲が悪いわけじゃ無いけど、親に対してそんなことを思ったことは無い。

 それでも俺は家入の言葉を肯定した。


「──そうだな」

「ですよね。そういうことです」

「そうか、そういうことなら良いんじゃないか」


 こうして家入の二度目の宿泊に至り、またしても二人で狭いベッドに横たわる。

 やっぱり仰向けにはなれなくて、家入に背を向ける。既視感。完全に前と同じ。

あの時、結局どうなったんだっけ。何も無かったのは確かだけども。

 そんなことをもやもやと考えていたら、背中から家入が声をかけてきた。


「相変わらずですね」


 家入もあの夜のことを思い出しているんだろう。

 だとしたら。そう思って後ろを見ると、案の定家入の顔が直ぐ近くにあった。彼女の手が俺の背中に触れる。かすかな温かさが伝わってくる。


「……あの時とは違って、今は恋人のフリをしてるんだろ?」


 再び家入から顔を背けて俺は言う。


「フリってのは人目のあるところでそう振る舞うってだけだ。だから今何かするのは違うだろ」

「そうですね。もし何かあったらその時には……」


 家入の手が背中から腰を伝い、俺の身体の前まで回ってきた。けれど背中からはまだ温もりを、同時に柔らかさをも感じる。

 その感覚から、見ていなくても抱きしめられていることが解り、その様子が第三者視点で脳裏に焼き付く。


「その時にはフリじゃなくて、本物の恋人になっちゃいますよ」

「それは……」


 そこまで言いかけて、その先の言葉を見失った。『それは嬉しい』? 『それは困る』? 『それは当たり前』? 『それは家入の望みなのか?』? どれも合ってるようで、絶対違う気がした。


「私はいつでもいいですよ」


 耳元で囁く声にぞくりと背筋を冷たい物が走る。それは耳元に吐息がかかるこそばゆさなのか、言葉に込められたモノからなのか。


『実際のところやっぱりあの子のこと好きなんでしょ?』

『丈留って大夢のこと好きなのー?』


 二十六木先輩とステイシーの問いかけが脳裏に思い浮かぶ。俺だって自分で解っている。家入に対してどんな感情を抱いているのか。

 だからこそ。互いに気持ちは一致して、ここまでお膳立てされて、何も迷う必要なんてないはずだ。

 この先へ進むための決定権が俺にある。単にそれが怖いだけだった。今までもそうだ。なんだかんだで色んな判断を人に委ねてきたんだ。そのツケが回ってきたってこと。


「あっ……」


 腰から回された家入の腕を振りほどいたとき、彼女は小さくそんな声を漏らした。小さな声は静かな夜にはよく聞こえた。

 そして俺は身体の向きを変え、家入と正面に向き合う。二人の目線が交わり、だがやがて家入はその目を閉じた。

 覚悟を決めるために深呼吸しようと息を大きく吸って、簡単に吐息がかかるこの距離感に戸惑って、ゆっくりと長く吐いた。思ってたよりその時間は長くて、けれどおかげで冷静になれた。

 ほとんどゼロに近い俺たちの距離をさらに縮めるために、家入を引き寄せるように彼女の背中に手をも回す。それに応じるようにして、家入も同じ事をする。

 そして、俺たちの、距離は──。


 ピンポーン。


 最近聞き慣れた音。玄関からの呼び鈴が部屋に鳴り響く。

 途端に俺たちの距離が開く。まるで悪事を誰かに見られたような後ろめたさを感じた。

 こんな時間にいったい誰だ。時間なんて関係なしにやってくるような奴筆頭は今俺の前にいる。そうなると……。

 呼び鈴に応じないまましばらくたったから、再び呼び鈴が鳴った。

 だから最初の呼び鈴が気のせいだとか間違いだとか不具合だとか、そんなんじゃないと判った。

 出た方が良いのか? そんな問いかけをするつもりで家入を見た。


「良いですよ、出ても」


 言葉に出さない問いかけに、家入はそんな言葉で答えた。

 家入に判断を委ねた事への少しの後悔と、これを良しとした家入の思惑、本当に良いのかという迷いから、少し尻込みしたけれど、結局俺は起き上がって玄関へと向かった。

 ドアの鍵を開けてから、誰がいるのか確認すればよかったと後悔する。けどもう遅かった。ドアが開いて、廊下の明かりが差し込んでくる。少し眩んだ目が捉えたのはステイシーの姿だった。

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家入大夢は留まる所を知らない 名苗瑞輝 @NanaeMizuki

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