「だったらカレーライスもB級ですか?」

「きちんと恋人のフリ、やってくださいね」

「なんだ、そんな事かよ」

「そんな事って言いますけど、そんな事が出来てないじゃないですか」

「それは……」


 先ほど家入が放った『浮気者』という言葉が頭の中に蘇る。

 これ以上の弁解をしたところで、さっきと同じやり取りを繰り返すだけ。だから俺は反論の言葉を飲み込んだ。


「……一ヶ月で良いか?」

「あんまり長くてもその……あれですし、一ヶ月でハッキリさせるっていうか……」


 要領を得ない言葉だけれど、ひとまず一ヶ月で良いと答えたのは判った。つまりこれが、俺に与えられた執行猶予ということになる。


「わかった、善処する」

「ホントですか? 正直あんまり信用できないですけど」

「そんな事言うなって」


 などと返してはおいたが、別に家入はそこまで俺のことを責め立てている感じでもない。ただの軽口みたいなものだ。

 けれどその言葉は事実だ。だから軽く受け止めるつもりはない。


「さて、そろそろいい加減ご飯でも作りましょうか」


 話題を切り替える家入は何を使わ思っているのか。ぬいぐるみクッションと一緒に持ってきていた食材を今更冷蔵庫に詰める彼女の背中からは、何も読み取れなかった。

 そうやってじっと見ていたせいか、振り向いた家入と目が合う。突然のことにドキッとして、思わず視線を外したけど、そんな俺に彼女は声をかけてくる。


「先輩、これはそこに置いておいてください」


 だから否応いやおうなしに再び家入の方を向いた。差し伸べられる彼女の手にはパスタの袋が握られていた。


「ついでにお湯も沸かしておいてくださいね。あ、塩を入れるのも忘れずに」

「あ、ああ」


 パスタを受け取って、言われたとおりにお湯を沸かす。塩は先に入れた方がいいんだっけ、それとも沸騰してからの方がいいのか?


 ◇ ◇ ◇


「旨い」


 思わず言葉が洩れる。

 今日の夕食はナポリタン。ナポリは全然関係が無いこの料理は、イタリア人からすれば邪道も邪道だなんて聞いたことがある。俺個人としても、ケチャップ味というのがあんまり好きじゃ無いから、自分から食べたいとは思ったことが無い。

 けどこのナポリタンを食べて考えが変わった。ソーセージとマッシュルームの旨み、タマネギの甘み、ピーマンの苦み。これらをケチャップがほどよくまとめ上げている。


「珍しく率直な感想ですね」

「いやだってナポリタンっていわばB級グルメだろ?」

「B級グルメなめすぎですよ先輩。っていうかナポリタンってB級グルメですっけ?」

「少なくともA級じゃないだろ。ケチャップってチープさがまさに」

「それ言ったらオムライスもB級なんですけど」

「ケチャップライス包んでケチャップかけたら同じようなもんだろ」


 バターライスを包んでデミグラスソースをかければオムライスはより高級感が出る。パスタだってケチャップじゃなくてトマトソースにするだけで同じようにランクアップするわけだ。


「まあ言いたいことは解りますよ。家庭的な洋食って感じですかね」

「あー、そうだな、そんな感じ」

「だったらカレーライスもB級ですか?」


 確かに家入の言うとおり、カレーライスは庶民的で高級感のない料理だ。インドの本格カレーやタイ風カレーみたいな、日本の家庭で作るには少し手の込んだ『上位互換』だってある。


「微妙なところだな」

「なら単に先輩がケチャップ嫌いなだけじゃないですか」

「そう言うわけでも無いんだけどな」


 フライドポテトなんかはケチャップを付けると旨い。この事実は老若男女万国共通だと思っている。

 他にも……あれ、いやまてこれは……。


「けど意外とケチャップって使わなくないか? 冷蔵庫にはあるけど意外と減らなくて賞味期限切れてる調味料筆頭だろ」

「ま、まあ否定はできないですね。実家にいたときもよく余らせてましたし」

「だよな」


 俺の実家でもそうだった。冷蔵庫を開けるたびにドアポケットに鎮座するケチャップ。減ってないわけじゃないけど、いつ開けたんだろうという疑問が頭をよぎることもあった。

 と、ここで一つ気づいたことがあった。


「つかケチャップなんてなかっただろ?」

「ええ。だからわざわざ買ってきたんですよ」

「使い切ってるわけないよな?」

「まだありますよ」

「嘘だろお前っ……! 余ったケチャップどうするつもりだよ。今の話をよく考えてみろ」

「確かに……。先輩の冷蔵庫でカビでも生やしたら困りますね。何かケチャップ使った料理のアイディアでも考えましょうか」


 カビ……生えるのか?

 いや物の例えだろう。とにかく今は家入の言うとおりケチャップの使い道が先決だ。


「と言うわけで、古今東西ケチャップの使い方ー!」


 家入は声高らかに言うと、二度手を叩く。いわゆる山手線ゲームをやろうというのだ。


「スクランブルエッグ」


 まず家入が答えた。無難な選択だ。けどスクランブルエッグなら少し時間があるときの朝ごはんに良いかもしれない。

 ……とか考えてる場合では無い。次は俺の番だ。答えないと面倒くさい事になるのは明白。必死に頭を回転させ、手拍子の短い間でなんとか一つ考えついた。


「ホットドッグ」

「ハンバーグ」

「ピザトースト」

「エビチリ」


 エビチリってケチャップ入るのか。そんな疑問で一瞬考えが遅れて、というかこれ以上思い浮かばなくて俺は次の答えを出せなかった。


「先輩の負けですね」

「くそっ。テーマが悪い、次だ次」

「まだやる気ですか? 良いですけど、今回勝った分のお願いをまずは聞いてくださいよ」

「お願い?」


 いやいや、始める前にそんなこと一言も無かっただろうに。流石に道理が通らないと断りを入れようとしたけれど、家入の次の言葉が先に飛び込んできた。


「今晩泊めてください」


 その言葉に俺は何も言い返せなかった。道理も何も無いのは変わらないのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る