私が私を見つめる時は?
向日葵椎
おうち時間の私たち
高校の夏休み、家の自室。
「わー私がいっぱいいるよー」
机に向かう私、ベッドの上に寝転ぶ複数の私、床に座ってゲームをしながらおかしを食べる私、部屋に入ってくる私――は今の私。
部屋には私がいっぱいいた。
*
おかしなことになったのはあの日からだった。
『お祭り行けなくなった!』
夏休みがそろそろ折り返す頃、高校の友達からメッセージが届いた。この友達とは前から私の地元のお祭りに一緒に行く約束をしていたんだけれど、それがだめになったらしい。
「なんかあった?」
『メンゴ』
「なに」
『家族と旅行の予定だった!』
「あー」
『メンゴ!』
「いいよ」
「しょうがない」
『怒らないのが逆にこわい……』
「次会った時にちゃんと怒る」
「だから安心して』
『めんごぉ……』
「楽しんでね」
『あ』
「なに」
『先輩誘ったら?』
「むりむりむりむり」
『この夏は一度きりだゼ』
『できるうちにやっとかないと』
「ずるい」
「この夏は一度でもやるべきかどうかは別」
『告白しちゃいなよ』
「むりむりむりむり」
『じゃあ連絡楽しみにしてるから』
こうして夏休みの楽しみの一つがなくなってしまった。じゃあお祭りに先輩を誘って行く?……うーん、どうしよう。
そうだ、他にできることをしよう! 前から気になってたレジャースポットに行ったり、美味しいものを食べに行ったり。
……でも出かけるのめんどくさい。暑いし。あ、そうそう。家でできることもある。前からヨガもやってみたかったし、部屋の模様替えもしようと思ってたけど時間がなかったから後回しにしてた。料理をこってみるのもいいし、絵の勉強もしたい。
「うぉっし! この夏、私は私史上最強の私になる!」
――数分後――
「お、意外と難しいな……」
私はカーペットに座ってゲームをしていた。そういえば積みゲーがたまっていたんだった。うっかりうっかり。
「うーん、こりゃあ忙しくて他のことできないな。うん、しかたない」
積みゲーの量からしてこの夏は忙しくなりそうだ。
「いやぁ充実してるわ……あ、そういえばネットで映画見放題の無料期間なのも忘れてた。これじゃあ時間がいくらあっても足りないなぁ……」
そんなことを考えてると、頭がぼんやりしてくる。
どういうことかというと、
「眠い」
昼下がりの睡魔がやってきていた。
どうせ時間は足りないし、睡眠は大事だ。
「よし、寝よう」
私はベッドに横になるなり、すぐにスヤァーっと眠ってしまった。
――Now Loading――
問題はここから。私が目覚めた後だ。
「いやぁ、スッキリした。なんかロード中の夢みた……ん?」
私は体を起こして視線の先にソレを捉えたまま目をパチパチさせた。
パチパチ……消えない。
「え……?」
私の視線の先には、私がいたのだ。私が床に座ってゲームをしている。ええっとこれはなんだろう。まだ夢の中なの? しばらくじっと見ていた。
そしてじっと見ていると、ソレはぼんやりとあたりを見回して立ち上がる。私を気にしている様子はなかったが、ついにこちらを見た。そしてどんどん私がいる方へ向かって歩いてくる。
「えっ、はっ!? ちょっと待って、何? なんなの!?」
ソレは私を気にせず近づいてくる。
「待て待て待て待てっ!」
私は怖くなりソレと鉢合わせしないようにベッドから降りて部屋の端に寄る。ソレは追ってこない。私を追っているのではない? 視線を外さずにると、ソレはベッドに横になって眠ってしまった。
「……?」
誰? いや私か。見た目は私とまったく同じだ。なんだかよくわからないけれど、私のことを気にする様子もなく眠ってしまった。さっき私を見ていたのは勘違いで、ベッドを見ていたのかもしれない。
よくわからないけれど眠っているのはたしからしいので、チャンスだ。家族の誰かを連れてこよう! 相手は私みたいだし、一対一では実力が拮抗するかもしれないけれど味方がいれば大丈夫だ。私はリビングでテレビを見ていた母を部屋へ呼んだ。
「いきなり呼んでなによ。ワケも言わないし」
「いいからお母さん、アレなんだと思う?」
「なによアレって?」
「アレよアレ! ベッドのところにいるやつ!」
「ああ虫のこと? どっかにいるの?」
「え? 見えないの?」
「見えないって。老眼ばかにしてんの?」
「違うけど……」
「殺虫スプレー持ってくるからあとは自分でなんとかしなさい」
「……うん」
母にはソレが見えないらしい。私はどうかしてしまったのだろうか。母がリビングへ戻った後、私はベッドのそばへ寄ってソレをじっと見た。無防備に眠っている。たしかにそこにいるように見える。私はそっと触れてみようと思った。起きるかもしれないけど、よく考えればただの私だ。自分で言うのもなんだけど、暴れてもたかが知れている。
そして肩に手を伸ばした。
「あれ……?」
触れられなかった。私の手が触れた感触もない。何度かやってみたけどだめで、それは肩だけではなかった。ソレにはどこにも触れられるところがない。そして私がなすすべなく立ち尽くしていると、ソレは徐々に透けていった。
「今度はなんだ……」
私がそれでも見ていると、ついにソレは消えてしまった。
*
私は部屋にいるたくさんの私を眺めていた。
あれから一週間が経過したが、これまでにいろいろとわかったことがある。
まず、ソレは私の過去の行動が映し出されたものだった。あれからもソレは増えていったんだけど、増える時のソレは私の直前の行動と同じ動きをしている。次に、ソレは日に何度も増えるけど、現れる時は全部同時で、消えるタイミングも同じ。最後に、ソレは音も出さなければ触れることもできず、あと私の部屋の中から出ない。害はないし、初めは気になっていたけど慣れてしまったせいか「またか」くらいに思えるようにはなっている。
「はぁ……」
あらためて見ると、私は――というか過去の私は家で何をしているんだろう。ベッドでごろごろしたり、ゲームしたり、おかし食べたり、机のパソコンで映画見たり、それも悪くはないと思うけど、せっかく家に長くいられるんだから――そう、あの日考えていたように新しいことをやるチャンスだったのに……。
「そう思わない?」
答えるはずのないソレたちに言ってみた。
「……あれ?」
何人かのソレが同じ方を見ていた。そういえば、ソレは何もせずにどこかを見ていることがある。すべてのソレで確認したわけじゃないけど、ぼんやり見ていたり、じっと見ていたりして、また別のことをする。なんだろう? 私はソレたちの視線の先へ目をやった。そこには、通学に使っているリュックが床に置いてある。
私は、視線を外して、ベッドまで行って腰を下ろした。見る必要はない。なぜならそのリュックに何が入っているか知っているから。
たぶん、私がさっきまで立っていた場所にソレは新しく現れる。
「宿題やりたくないなぁ……」
普段家で何気なく時間を過ごしていて、目には入っているが深くは考えないようにしているものはないだろうか。ちょっとした棚の整理とか、隙間の掃除とか? 私はある。夏休みの宿題だ。もうめちゃくちゃやりたくない。どのくらいやりたくないかというと、目に入ったすぐから意識の外に追い出すレベルでやりたくない。
きっとソレは、私が宿題を見ないようにした時に現れる。
「……やるべきこと、あったよ」
ポツリと言う。今は家族と旅行中の友人に届かないとは思うけど。この一度しかない夏のうちにやっとくべきことは、この夏休みの宿題なんだろう。
「今日のお祭りに先輩誘ってみようかな」
だめだったら、宿題やろうかな。
私が私を見つめる時は? 向日葵椎 @hima_see
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