家で何をしているかだって? 言えるわけないだろ

どこかのサトウ

家で何をしているかだって? 言えるわけないだろ

「なぁ、真司。お前家で何やってんの?」

 学校の食堂にある購買の自販機の前で、ピンク色の紙パックジュースを手に、真司の親友である兼仁は彼に話題を振った。

「いや、別に何も……」

「何も?」

「まぁ、学生の本分である勉強をだな——」

「ふーん」

 真司は言えなかった。好きなことが好きだと。人とは違う、限りなく少数派の趣味を持ってしまったがために、知られればきっと周囲から馬鹿にされ白い目で見られるだろうと。

 だから親友の彼に自分の一番の趣味を言うことができないでいた。

 兼仁から俺の親友だと言われると、真司は嬉しく思う反面、隠し事をしていて申し訳ない気持ちになってしまうのだ。

 世間には常識というものがある。平穏無事に過ごすならば常識人であると良い。保守的な考え方だ。でも非常識は革新的とは言えない。良い意味で捉えることは難しい。

 親にバレたら間違いなく家族会議だろうなと、真司はそこで考えるのをやめた。


 * * *


「みなさーんこんばんわー! 今日も元気に皆さんとゲーム配信していきますよ〜 ゲームは1日1時間! 短い間ですけどお付き合いよろしくお願いしますね。では早速……スタートします」

 ヘッドホンをした真司がカメラに向かって話しかけると、パソコンの画面に勢いよくコメントが流れていく。特筆するべきはミント色のベレー帽を被った可愛らしい女の子のアバターが、画面の中で真司の動きをトレースして小刻みに動くことだろうか。カメラが彼の一喜一憂する姿とその表情を読み取り、まるで生きているように動く。

 そのアバターの上半身は襟付きの白いブラウス姿で、お腹周りから裾にかけてミント色の生地がスカートのように広がる小洒落た衣装であった。動くたびにチラチラと、カラフルな5色のプリーツスカートの裾が揺れる。ちなみにストッキングに覆われた太腿が画面の一番下で見え隠れしている。

 真司はカメラの前で手を振り、よろしくお願いしますと頭を下げて椅子に座った。そしてコントローラーを太腿の上で握ると、まるで女の子がおしゃべりするような感覚で視聴者に語りかけた。

 ラジオに似ているけれども全然違う、インタラクトでリアルタイムの動画配信コンテンツ。

 夜の10時から11時という短い時間のライブ配信で——あっという間に1時間が過ぎ、カメラの前で控えめに手を振って、真司は終了のスイッチを押した。作動中を示す点灯していたカメラのランプが消え、安堵の息をついて倒れるようにベッドへと転がった。

「いやー楽しい! しかし男だってカミングアウトしてるのにな。やはり俺が一目惚れしたキャラクター……罪深い!」

 ボイスチェンジャーで声を変えているのだが、その調整があまりにもドンピシャであり、また真司のキャラクター愛も本物だったため、仕草も可愛いと現実を受け入れない視聴者が続出していた。そのため真司が中身は男であると言っても、嘘派が7割、イメージを壊さなければどっちでも良い派が3割という結果である。

「とりあえず明日も学校だし、寝る準備して寝ようか——」

 真司はベッドから立ち上がって洗面所へと向かった。


 * * *


「俺の推し」

 兼仁にスマホを見せられ真司は固まった。

「やー、ただのゲーム配信なんだけどさ、可愛いだろ?」

「お、おう……可愛いな」

 現実は本当に残酷である。真司は目の前の親友にますますカミングアウトできなくなったと悟った。

「ガードが鉄壁なんだよ」

「?」

 ——ガード?

「格ゲーなんかしたっけ?」

「違う。コントローラーを持ち上げたときに、ストッキング越しの下着が見えるかもって、いつも思うんだけど全然隙がなくてなぁ。いつかやってくれると——それが楽しみで楽しみで」

「いやいや、ゲーム配信を見ような!」

「いやー俺もこの中身の子と一緒にゲームしたいわ」

 したいっていうか、もうしてるぞ。この前一緒にゲームセンター行ったぞと真司はなんとも言えない気持ちで心の中でツッコミを入れる。

「でもこれ、中身男だぞ?」

「いや、俺は信じない——」

「本人が言ってるんだから信じろよ……」

 マジ顔をしていた兼仁がカラカラと笑った。

「いやーこのライブマジ最高。鉄壁スカートがメインコンテンツとか斬新過ぎるだろ。そしてストッキング最高」

「ゲーム配信だから。でもストッキングは同意するわ」

 親指を立てた兼仁に真司は分かると腕を組んで深く頷くと、二人はニヤリと笑って固い握手を交わしたのだった。


 * * *


 そんな生活を続けてはや半年——最近女子たちがこちらに視線を向けてヒソヒソと話し、兼仁が目を向けると黄色い悲鳴を上げて走っていくことが多くなった。

 兼仁は背も高く運動部。身なりも清潔にしていて、かなりモテると思われる。そもそもこの親友はクラスカースト上位に位置するはずなのだが、休憩時間や昼休みは大抵真司と二人でよく連んで、くだらない話をしていることが多い。

「なぁ、真司。なんか最近仕草が女っぽくないか?」

「……は?」

「右側の髪とか耳に掛ける仕草とかさ——それに」

 兼仁は真司の足下を指を差した。太腿に両手を置いて足を揃えて椅子に座る姿はどう見ても女の子だった。

「うおっ——!?」

 真司はすぐさま足を崩した。配信でみっともない姿は見せられないと、女性らしくあるために足を閉じることが癖になってしまっていたのだ。

 髪を耳に掛ける仕草はいくらでも言い訳が思いつく。だが足に関してはなんと言い訳をすれば良いのか、頭をフル回転させるが良い回答は出てこなかった。

「……なんとなくその姿や仕草が俺の推しにそっくりで……まさか……」

「い、いやいやいや」

「……配信で聞いたんだけど、お前のスマホの着信音と一緒なんだよ」

「た、たまたまだろ?」

「夜の10時から11時の間は電話が繋がらない」

「そ、それは風呂にだな……」

「俺が真司に推しを勧めてから、ガードが堅くなった——そう、あの日からだ。間違いない!」

「確信するのそこかよ! いや、さすがにそれは——」

「——なら、今日はその時間、電話に出ろ。一緒に動画配信見よぜって何度も誘おうとしてるのに。だから今日は絶対に出ろ。でないなら、本日お前の家に乗り込む!」

 ついに年貢の納め時かと真司は両手で顔を覆った。

「……すまん。お察しの通りだ。今まで黙っていて悪かった」

「やっぱり……そう、だったのか……」

 兼仁はがっくりと膝から崩れ落ちた。

「俺の癒しが——こんな形で崩れちまうなんて……くそっ!」

「……兼仁、本当にすまん。配信は今日限りにする」

「いや、俺の自業自得だ。真司は配信を続けてくれ」

「えっ……気持ち悪いとか思わないのか?」

「は? 誰がそんなこと思うかよ!」

 真司は口開けて驚いていると、兼仁は親指を自分に指して言った。

「気持ち悪いというのなら俺の方だろう。だって中身男のパンチラ配信が楽しみなんだからな」

 真司は吹いた。兼仁なりのフォローなのだろう。

「すべては可愛いで許される……か。俺の視聴者、中身が男だと信じてくれる奴等いないからな。しかも中身どうでも良い派3割もいるからな。推しのイメージ壊さないように、真剣に考えて配信してるんだ」

「——感動した!」

 兼仁が手を差し出してきた。真司はその手を取り力強く握ると、兼仁からも力強く握り返される。

 真司は兼仁のことを本当に良い奴で俺には勿体ないくらいの親友だと思った。

「さすが真司、心の友よ。なぁ、ちょっと相談があるんだが——」


 * * *


 あれから兼仁も真司のサポートでコラボと言う形でだがデビューを飾った。一緒にゲーム配信をしている。彼のアバターは謎の鳥である。配信画面には彼の視線からの動画もアップされている。

「ちょっと、あの〜〜! カメラ目線が下の方からなんですけど!?」

「飛ぶのに疲れた」

「何を言ってるんですか! ダメですよ。上に来てください。最低でも腰から上でお願いします!」

「恥ずかしがらないで、その手を退けなさい」

「…………このっ」

 足元にいる謎の鳥を蹴り飛ばそうとするも無駄に終わる。残念ながら当たり判定は実装されていないようだ。

「鳥目線最高だな。みんな、時代はヘッドマウントディスプレイだ!」

 物凄い勢いでコメント欄が流れていく。こんなことで盛り上がらないで欲しいと真司は心の中で思う。

「——やめ、やめてください! それセクハラですよ! 中身男ですよ! 何が嬉しいんですか!」

「中身男の癖に、何を恥ずかしがっているんだ? 人間と鳥の身長差を考えれば、視線はこうなるのは当たり前じゃないか! ——くそっ、見えない! 相変わらず鉄壁だな」

 人に言える趣味ではない。だが人の趣味を笑わず応援してくれるのは本当にありがたいことだと、真司は深く兼仁に感謝している。でも兼仁の趣味はちょっと応援出来そうにないなと真司は思う。

「ほら、ゲームしますよ! ゲーム! 1時間なんてすぐに終わるんですから!」

「そうだな。よし、やるか!」

 そしてこのライブ配信は毎回、兼仁のセクハラから始まることになり、ちょっとバズった。不満を言えば、兼仁のセクハラが終わると視聴者が減る。一気に減る。真司はそれが非常に悔しい。だがそれもまた良いと思っている。みんなに楽しい時間が提供できたのならと——


〜〜 終わり 〜〜

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