像を想う

@chauchau

そして今日も


 心地好い風が身体を通り抜けていく。

 必要性と快適性に必ずしも因果関係はありはしない。つまりを言えば、昼寝という名の惰眠ほど心安らぐものなどないということだ。


 昨日開催された大運動会の後片付けで夜更かししてしまったことも昼寝の後押しとしては抜群の効果を発揮する。ああ、このまま誰にも邪魔されることなく夕飯の時間まで。


「リーダー」


「本日の営業は終了致しました」


 投げ落とされた僕を呼ぶ声から逃げることを許してほしい。僕にもそういうタイミングはあるのだ。


「おいらとしてはそれで良いんだけどね。声を掛けた時点でおいらの仕事はひと段落しているんだから」


「はいはい、起きるよ、起きますよ」


 嫌味っぽいのは彼の悪い点のひとつだ。見張りとしてはこれ以上にないほど優秀だというのに。


「三時の方角」


「ああ、見えているよ」


 島に一本だけ生えている椰子の木から見張り役の猿が降りてくる。これから彼は見張り役から迎撃役へとジョブチェンジを果たすのだ。空いてしまった見張りの席には彼の弟猿がすでにスタンバイを終えている。まったくもって優秀な兄弟である。


 まぶたの存在しないこの身体が憎たらしい。顔を向ければ強制的に見たくもないものを見てしまうのだから。


「ひゃっはー! 今日がてめぇらの命日だァ!!」


「有り金と動物どもを全員大人しく差し出しやがれ!!」


 海面すれすれを大爆走する宇宙船から身を乗り出すいつもの馬鹿面たちにため息を零してしまうのも仕方のないことだろう? つい二日前にボコボコにしたというのにもうあの様子なんだ。彼らの立ち直りの速さには達磨さんだってびっくりだよ。あれくらいタフじゃないと宇宙山賊なんて続かないのかね、まったく。


「ロボットたちは、温泉に行っているんだっけ」


「へい。三名とも朝方早くに出立致しております」


「良いなぁ、温泉」


 右腕に剣を、左腕に銃を。

 戦闘準備を整えながら発した僕の質問に答えてくれたのは、ちいさな蠍だ。彼はこの島唯一のメカニックだけど、あの鋏の手でどうやって点検作業を行うんだろう。見に行こうとするといつの間にか消えているんだよね。


「あれ? もしかして僕の銃を弄った?」


「へい。取り付けてある宝石の種類を交換しております。後ほど、戦いの感想をお聞かせください」


 僕らの星の宝石は不思議な力を宿していることが多い。それを使えばロボットに命が宿り、骨を組み合わせただけの剣が海を割り、ボロ屑を繋ぎ合わせただけの筏に大きな椰子の木が生えてくる。


「いきなり新しいものを実戦で使用させるのはどうかと思う」


「勝てますよね?」


「勝てるけどさ」


 馬鹿面たちだけが相手であればそもそも武装すら必要ない。準備するのは念のためだ。

 悪びれる様子のない蠍にこれ以上何を言っても無駄なことはよく分かっているので、僕はその場で大きくジャンプする。


「初乗り千円からだよ、お客さん」


「高いよ」


 小型の宇宙船で突っ込んできた猿が僕の身体を長い尻尾で器用に捕まえてくれる。

 担架を改造して出来た宇宙船は本来一人乗りではあるが、小さな猿と軽い僕なら重量オーバーになることなくすいすいと宙を駆けるのだ。


「ライムの準備だけしておいてー!」


「もう食べてるー!」


 恐竜くんの頭上を通り過ぎるときに叫んでみれば、なるほど確かに彼はもうすでに大好物のライムを貪っていた。いや、一個で充分なはずだろう。どさくさに紛れて何を馬鹿食いしているんだ。


「あいつらも本当に飽きないね。これで何回目だっけ」


「百を超えたあたりで数えるのを止めたよ、僕は」


「出やがったな!!」


 むしろこちらの台詞だ。僕のお昼寝タイムを返して欲しい。

 彼らの中型宇宙船とこちらの担架型宇宙船が空中で睨み合う。


「やい、骸骨野郎!!」


「僕の名前はガイコツくんなんだけど」


 野郎とか不愛想な名前を勝手にくっつけないで欲しい。


「骸骨のくせに人間様に逆らう愚かさを今日という今日はその身に教えこんでやるぜ!」


「教え込まれる身がないんだけどね」


 だって、骸骨だから。骨しかないから、僕の身体。


「隙あり! 必殺! 宇宙船砲!!」


 彼らの宇宙船の先端から放たれる宇宙船砲はとても強力なビーム砲だ。その威力はまともに喰らえば完全武装の僕でも危ない。ましてや、担架型宇宙船なんて木端微塵となるだろう。

 当たれば、だけど。


 慣れた手つきで猿が担架型宇宙船を傾ける。

 それは別に宇宙船砲を避けるためではなくて。


「ライムキャノン!!」


 後ろから仲間が放つビームに当たらないようにするためだ。だって、こっちのほうが痛いんだもん。


 二つのビーム砲がぶつかり合って粒子と成って霧散する。

 仲間である恐竜がライムのエネルギーを体内で変換して放つ必殺技だ。


「いきなりビーム撃つとか卑怯だぞ!!」


「いやいやいや、隙ありとか叫んでいたよね。むしろ先に撃ったのそっちだよね」


「銃を持っているくせに仲間のビーム砲に頼るとか恥を知れ!」


「もはや会話が成り立たない」


「それは元からだよ」


「それもそうか」


 喚き続ける宇宙山賊たちの相手もここまでにしておこう。早い所、ケリをつけたほうが良さそうだ。


「島に戻ってみんなを連れてきて」


「了解」


 こういう時に一々理由を聞かないのは猿の良いところである。

 背中のジェットパックで宙に浮きながら、僕は銃の照準を馬鹿面たちに合わせた。


 ――さて。


「何が隠れているのやら」


 僕らを監視し続ける何か。

 この僕でさえさっきようやく気付くことが出来たくらい気配を消すことに長けた何かがこの星に潜んでいるようだ。


「何が居たとして、僕たちの邪魔をするというのなら」


 相手をするだけだ。

 たった一発で空の彼方に飛んでいった宇宙山賊たちを放置して、僕は。



 ※※※



「っていう遊びしなかった?」


「したこともないわよ」


 話せと言われたから話したというのに、僕を見る妻の目はとても冷たかった。おかしいな、春先だというのに暖房が必要かな。


「君が子供の頃どんな遊びをしていたか聞いてくるから」


「ブロック遊びでそこまで壮大な何かを無駄に作り上げているとか普通は思わない」


「要らなくなったものを知り合いのお兄ちゃんがくれたんだけどね。シリーズ物じゃなくていろんなパーツブロックしかなかったんだよ。そうしたら、自分で何か新しいものを作るしかなくない?」


「どうして主人公が骸骨なのさ」


「そこにあったから?」


「宇宙山賊って何よ」


「確かに、普通は宇宙賊だよね」


「そこは限りなくどうでも良い」


 小学校の六年間くらいずっとブロック遊びをしていたと思う。最初は小さな小島だったものがいつのまにか大人が両手でも持ち上げられないほど大きなアジト島へと成長していった。

 勿論、主人公たちだけじゃなく敵側もどんどん強化していったのを覚えている。時には、強大な敵に対しガイコツくん達と宇宙山賊が手を組む展開もあった。


「適当にツギハギしたブロックだから埃が溜まり易くて、母親には嫌な顔されたなぁ」


「あたしでもする」


「僕らの子どももそういう考える力が強い子になってほしいね」


「妄想と言いなさい」


 勿論友達と遊ぶのが一番楽しかったけど、おうちで一人で何かをするのが好きでもあった。

 そこにあるものを何でもつかって物語を生み出し続けた子供時代。


「友達とは普通に遊んだよ」


「ゲームとか?」


「あとはペットごっことか」


「知らない、それ」


「おままごとの動物バージョン? 飼い主が居ない時間のペットに成り切る遊び」


 きっと僕らは、どんな時でも物語を生み出し続けるんだ。

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