作者あとがき、参考文献

 田中です。本作品は大学生活を舞台にファンタジーを取り込んでみたら面白いかなーと思って書き始めた物語です。あと、コンセプトデザインとかプロットを考えてじっくり書いてみたいなーとも思っていた記憶があります。実際、ファイルを立ち上げて書き始めるまでに一ヶ月くらいかかった気がします。いつもはプロットをちょろっと書いてからヨーイドン! とパソコンを立ち上げ、一気呵成にゴリゴリと執筆して、ツイッターの通知を確認して、ユーチューブを見て、ご飯を食べて寝て……みたいな執筆をしていたのですが、今回は違いました。一人で脳内企画会議を開き、こーゆーテーマを立てよう、こーゆー要素も入れよう、ああそうだこーんな表象を使ってみるのはどーだろう、みたいな工程を入れてみました。そしてプロット制作も幕・シークエンス・シーン・ビートという物語の構成単位を意識しながら書きました(用語が気になる人はロバートマッキーの「ストーリー」を読んでみよう)。

 まーそんな感じで順調に企画書・設計図も出来上がったところで、制作現場の田中は作業を開始しました。当然、しっかり練った企画書と設計図が揃っていたので、執筆も順調に進んでいくと思われました。しかし、書く内容や順番が分かっていても、なぜかうまく書けないのであった。理由は簡単、企画書に思いつく限りの書きたいことを全て盛り込んでいたし、プロットもムダなくムラなくキツキツに作っていたからである。現場の田中は企画部の田中と設計部の田中にこりゃ無理だと直談判。しかし田中上司は「今からやり直すと納期に間に合わないだろう。それともアレかい? 君は今からでもできる別の案を持っているのかい?」とはねっ返すわけです。さあ大変だ。現場の田中は大慌て。締め切り直前の月なんかは日の平均で二時間くらい書いた。「イヤッ、一日二時間なんてどうということはないだろーよ。お前さんはいつも学校で二時間だけ講義を受けて帰ってくるのかい?」と思うかもしれないが、執筆は授業を受けるのとはワケが違う。つまらなかったからといって晩ご飯の献立を考えたり、ノートの端に落書きをしたりすることはできないからだ。もちろん、唄子のように居眠りもできない。執筆はスポーツだ。しかもマラソンのようなモノで、遠くにあるゴールになるべく早く着くように、そんでもって途中でリタイアしないようにビミョーなバランスを保って成り立つモノなのだ。想像してみてほしい、一ヶ月間休みなくマラソンを毎日二時間走る男がいたら、あなたはどう思う? 誓って言うが、僕はオリンピック選手を目指してるワケじゃーない。だから、長い長い執筆レースを完走してくれた現場の田中に精一杯の称賛と、一ヶ月も無駄足を踏んだあげく現場の田中を苦しめた企画部と設計部の田中への憎悪を忘れない。

 さて、本作について話しましょう。このお話は企画部によると「好きなものを見つける過程」「人と人との共鳴」「大学生活」「ほんのりフェミニズム」を織り込んだ物語らしい。しかし、この中の「好きなものを見つける過程」とかいうのは、本作には登場しません。切り取りようによってはまー完全にないとは言えないけど、それでもこの項目は執筆段階ではもう意識していないんです。なんと、現場の田中が話の整合性を取るためにこの項目を無視したそうな。そもそも、「持っていない」自分を「持つ」ことで解決しようとするなんて、持っていない自分を克服したことにはならないのです。それって、持っていない状態の問題を解決したわけじゃーなく、その問題を考えなくていいよーにしただけじゃないかと思うのです。テストの埋められない空欄をテキトーに書き込んでも、問題が解けるようになったワケじゃねーだろと現場の田中はよく言っていました。だから彼は「好きなものを見つける過程」ではなく「自分を探す自分との向き合い方」にテーマを変えた。結果、ちゃーんとそれで面白くなっちゃってくれたので、現場の田中は企画部と設計部から大目玉を喰らうことにはならなかったのである(そもそも悪いのは上司だってのに!)。

 他にもアクシデントはありました。本作でも目を引くであろう「言語現象学」という学問。もちろんこれは架空の学問です(くれぐれも大学の先生とかに「言語現象学を学びたいのですが……」なんて尋ねないよーに!)。これを構築するのはチョットばかし骨が折れました。企画部の田中は「なんか、大学という舞台にほどよく馴染むようなファンタジーを……そうだな、言語学とかを使ってさ、リアルな感じで物語に落とし込んでみてよ」と現場の田中に頼んだ。そして、現場の田中はあろうことか言語学の田中に設定資料を外部委託したのである。それを受けて、マジメな言語学の田中は困惑した。「いや、ウチは言語学の知識は提供しますけど、題材のファンタジー加工とストーリー導入は別の業者に頼んでください」と言語学の田中。「無理です。もう頼れるのはあなたしかいません。もし断るのであればこれから一切仕事を頼みません。それに、これが成功すれば今後言語学のテーマが積極的に採用されるかもしれませんよ」と現場の田中も応戦(こりゃあ現場の田中もそーとーなワルかもしれない)。どこの世界でも下っ端は泣きを見るのが世の常だ。言語学の田中は承諾せざるを得なかった。しっかしもうどーしようもないので、言語学の田中は哲学の田中と心理学の田中、そして神経科学の田中という田中グループの中ではちょっと質の悪い下請け三社にこっそり仕事を回したのだった……(詭弁を弄するには教養を育まないといけないなんて、なんという皮肉だろうか)

 まだまだ問題は山積みだ。「ほんのりフェミニズム」は、企画部の田中によると「この小説を評価するクライアント(小説にアドバイス・評価を下さった大学の先生)はフェミニズムに関心があるらしい。そこで営業の田中はどうやらフェミニズムの要素を入れて書くと約束してしまったらしい」とのこと。現場の田中はキャパオーバーだった。その結果、女の田中が誕生した。現場の田中、ついに分裂。というのはジョーダンで、それについては現場の田中の女性部門が担当してくれた(磯野真穂先生の「ダイエット幻想」という本に思いがけずお世話になった)。田中は男なので、女性の気持ちみたいなのは多分わかんない。でも、今回小説のためにいろいろ調べたのはイイ経験だったかも? と思いました。まー、人の気持ちは人それぞれ、悩みも生き方もそれぞれだとは思うんだけどなー。

 アレ……結局物語の内容には全く触れずにウラ話だけしてしまっている。まあ、どーして本文の内容に触れないのかにはちゃーんと理由があるんですよ。それは本文を読まずあとがきから読み始めるひねくれモンがたまーにいるからです。まあイイや。話してない最後の項目「人と人との共鳴」これについてチョット話そう。これは本文を読んでからあとがきを読む健全な読者様なら気づいたかもしれないけれど、この小説、音がケッコー大事である。というか、この小説は音と色(「まー色っていうか光なんだケド……」と現場の田中は言っていた)の表現で構成されていると言っても過言ではないのだ。その証拠にこの小説には味覚や嗅覚が一切ない(ハズ)! 唄子の世界は音と光の世界なのである。音と光で構成したのは、この物語のテーマが言葉だから。言葉は音声と記号で出来ている。だから「音+光=言葉」なのだ。まー、異論は認めよう。でも、とにかく田中は「言葉の視点」で世界を見ている主人公にしたいなーと思っていたそうです。その結果、言葉を音と光に因数分解して、主人公の感覚にはめ込む暴挙に出てしまったのです。音と光、この2つの波が長谷川さんや大野先生に響き、反響して、共鳴を生む。そーんな風になればなと思って書きました。

 あ、徒然なるままに書いていたらエピローグより長くなってしまいました。ええと、そうだな、締め切りに僕を追い立ててくれた大学の先生、気まぐれな進捗報告を監視してくれたフォロワーのみんな、あと誤字訂正をしてくれたushieeくん、誤字訂正はしてくれなかったけど感想を言って僕の自己肯定感を高めてくれた竹馬の友のエンジュくん。そして丁寧な批評をして下さった偉大なる大学の先輩お二人。みんなありがとう。あと長期滞在しても特に何もせず見守ってくれたドトールのおねーさんもありがとう。作品の詭弁に巻き込んでしまった下に載っているハイパー頭いい先生方には足を向けて寝れません(実際にやってみるとするとどうやら北枕になりそうだ)。

 最後にこの小説を最後まで読んでくださったそこのあなた!(最初にこのあとがきを読んでるアンタは違うぞ!)ご愛読ありがとうございました‼︎ いつかまた、どこかで。


 田中政宗



 *本作に登場した参考文献

 ・Jacobson, E. Electrophysiology of mental activities. American Journal of psycology 44: 677-694 1932

 ・Köhler, W. Gestalt Psychology: An Introduction to New Concepts in Modern Psychology. Liveright 1947

・Porro,C.A.,M.P.Framcescato,V.Cettolo,M.E.Diamond,

 P.Baraldi,C.Z uiani,M.Bazzocchi, and P.E.di Prampero.、“Primary motor and sensory cortex activation during motor performance and motor imagery: a functional magnetic resonance imaging study.”、J Neurosci.16(23):7688-7698、1996

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実践言語現象学A 田中政宗 @masamune-tanaka

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