おうちの中の真実
豊科奈義
おうちの中の真実
都会の一等地に和風住宅がそびえ立っていた。近所の近代的な住宅とは一線を画しており、比較的浮いている家である。庭にある
「うー、暇だ……」
コロナ禍で世界各国で外出自粛が騒がれている今日、正奈は自宅の縁側で庭を呆然と眺めながら呟いた。
正奈は学生ではあるが、学校には行っていない。いわゆる不登校という奴だ。勉強する気も起きない上、家が金持ちということもありこの生活を満喫しているのだ。
不登校になった理由。それは単純にプレッシャーであった。親も、先代も高学歴からのエリート街道驀地である。それ故、自然と正奈が期待を背負っていたのだ。
「やってらんないよ……」
この家には不思議な話がある。この家の住人は極稀に夢の中でメルヘンチックな世界に迷い込んでしまうというのだ。
両親も、この話を先代から聞いたという。当然、正奈はこれっぽっちも信用していない。だが、両親を含めこの家の人間は誰もがこの夢を見てしまうというのだ。そして、この夢を見てしまったが最後、たちまちやる気にあふれるという。先代が高学歴ばかりなのもそれに起因するという。とはいえ、メルヘンチックな世界ということは共通するものの、決して皆が同じ夢というわけではないらしい。
正奈は思わず虚空相手に不満を呟いてみた。
その瞬間、正奈の頭にノイズが走る。咄嗟のことで驚いたのも束の間、急激な眠気に襲われた。正奈は抗うすべもなくそのまま縁側で眠りについた。
◇
「ねぇ、君。大丈夫?」
正奈は誰かに揺すぶられて目を覚ました。瞼を開け、瞳に映った景色を瞬間的に理解することができず目を擦ってみる。しかし、瞳に映った景色は何も変わらないどころかより鮮明に映し出してしまった。それどころか、いつもよりも広く、鮮明に見える気すらするのだ。
「……ネズミ?」
正奈の目の前に映ったのは、人と同じくらいの大きさのネズミであった。しかし、高そうな青色のサーコート身を包んでおり害獣であるはずなのに不思議と不快感は全くない。
「僕はレミングのレスポ。まあ、レミングはネズミ目の一種だからネズミという解釈も間違いじゃない。でも、そういう言い方はちょっと。人間だって、サル目だからサルって言われてどうだい?」
「まあ、嬉しい気はしないですね。すみません、私は正奈って言います。ところで、ここは?」
正奈は辺りを見渡す。そこで、初めて正奈はこの世界の異質さに気がついた。空はピンク色の空で覆われている。しかし、暗いわけではなく太陽光線が雲を透過しているかのような明るさだ。地面は水色で、少し弾力がある。すぐそばには某ネズミの国にあってもおかしくないような色とりどりの城があった。
正奈がいるのは城の庭園なのである。
「すごい……」
幻想的でメルヘンチックな世界に思わず正奈は息を呑んだ。
「ここはエバン王国。巨大な
世界観の認識だけでも驚いていたため、そこからさらなるレスポの正体に開いた口が塞がらなかった。一瞬とも長時間とも取れる事件が経過した後、正奈は叫んだ。
「ええええ? ぅ……」
そのまま正奈は倒れてしまった。
◇
「……ん? どこ……ここ」
正奈は柔らかなベッドの感触に目を覚ました。目を開けると、そこにあったのは天蓋のついた大きなベッドである。ピンクのカーテンがかかり、ベッドの外は何も見えやしない。
「あ、そうか。私気絶しちゃったんだった」
体を起こし、ベッドを離れカーテンを開く。
そこは、ピンクが壁、床、小物に至るまで多用されている部屋だった。改めて感じるメルヘンさに、思わず眺めているとこの部屋にノックがされた。扉の方を向くと、そこにはレミングがいた。恐らく、メイド服を装いレスポではないことはわかるのだが齧歯類の区別すらつかない正奈にレミングの個体差など区別できるはずもない。
「お目覚めですか」
「ええ、ありがとうございます。それにしても、すみません。気絶しちゃって……」
「いえいえ、お客様は皆そのような感じですので。ところで、お食事の用意が整っております。いかがですか」
「ぜひ行かせてください」
正奈の気持ちは期待で満ち溢れていた。夢が覚めない内にこの世界を満喫しようと考えているからだ。
誰もいないグレートホールに案内された正奈は、準備されていた見たこともないほどに鮮やかな料理に目を奪われた。
料理は見た目もさることながら味や香りも大切である。正奈は、拙い手付きで料理を口に含んだ。
「これは……」
正奈が食べたものは、現実世界では食べることができないような不思議な風味のものばかりだった。決して美味しくないわけではなく、正奈は無我夢中でダイニングテーブルの上に乗っている料理を食べ進めた。そんな中、グレートホールの扉が開いた。高そうな青色のサーコートを身に着けているところから、レスポだと理解した。
「楽しんでもらえたかい?」
「ええ、おかげさまで」
「そうか、なら良かった……」
本来であれば、レスポは感謝を表現すべきなのだろう。しかし、レスポの表情は感謝と同時にどこか諦めの情が感じ取れた。
その時、正奈はこの夢のことを思い出した。この夢を見たものは、突如としてやる気に満ち溢れるという。幸せなことばかりでは到底そんなことをする気にはならないだろう。正奈はどこか不穏な感じを察すると、レスポは正奈の対面の席に座った。
「実はね、正奈。この世界は今日の終わりに隕石が降ってくるんだ」
レスポは、爽やかな表情を崩さず淡々と言ってみせた。さすがの正奈でも、その態度に違和感を禁じ得なかった。
「その……。どうしてそんなに平然としていられるんです?」
「これまでね、どうにかして破壊や軌道修正をできないかと考えたんだ。でもね、無理だった。王国中で研究して、別世界の人を呼んで、必死に抗ったさ。でも無理だ」
「別世界?」
「ああ。別世界の人を呼んで何かそういう術がないかと相談していたんだよ。僕には学がないからさ」
学がないという言葉に気まずい気持ちになってしまった正奈のことなど知るはずもなく、レスポは話を続ける。
「そういえば君、その人の人物画と似ている気がするな……」
「あの、私の親もこんな世界に来たことがあるって……。いや、でも世界が毎回異なるとも言ってたような……?」
「やっぱりね……。着いてきて」
レスポは立ち上がってそのまま有無を言わさず城を出た。護衛もおらず、レスポと正奈は城の郊外にある窪地へと向かった。窪地への道は整備されておらず、ピンクの植物が伸び放題となっている。そのため、二人は隘路を潜り抜けてながら先へと進んだ。
「ここら辺は開発していないんですか?」
城から少し歩いた所とは言え、城の近くにあることには変わりない。なのに、ここまでの未開拓っぷりは異常と思えた。
「ああ、エバン王国はちっちゃいからね。住人も100人程度。開発する必要もないんだ」
窪地を下りどんどん奥へと進んでいくと、光り輝く一本の木があった。それを見て思わず正奈は声を出さずにはいられなかった。
「これって……栴檀?」
「そうだね。栴檀だ。でも、王国でこの木は
「おうち?」
聞き慣れない言い方に思わず聞き返した。
以前にレスポは言っているのだが、気絶しており正奈の記憶になかった。
「ああ、なんだろう……精神的に安らぐというか、精神的な家と言っていいのかな。そのくらい大切なものなんだ」
メルヘンチックな服を着たレミングが光り輝く栴檀に触れているという、幻想的な光景を正奈は何か心惹かれるものを感じた。
「さて、入るよ」
「入れるの!?」
「勿論」
着いてきてと言わんばかりのレスポの背中に着いていき、楝の中へと入る。
「え……?」
メルヘンチックな世界観に慣れたと自負していた正奈は、もうこの世界では驚かないだろうと思っていた。しかし、あまりに異質な光景に目を疑わざるを得なかった。
そこにあったのは、メルヘン要素など欠片もない近未来的な部屋だった。
「一度だけじゃない。何度も、何度も、この世界は隕石で滅んだ。僕と限られた人だけを残して、この世界は幾度も滅んでいった。何度もやり直して、今度もまたやり直すんだ……」
正奈は逃げ出したかった。重い話から逃れたかった。でも、ここまで聞いて逃げられなかった。
「この世界はもうすぐ終わる。だから、最後にせめて思い出を残したかったんだ。ありがとう、正奈」
何の抵抗もなく諦めを見せたレスポだが、正奈は気になることがあった。
「ねえ、質問があるの。滅びの周期はどれくらいなの?以前別世界の人を呼んだのはどのくらい前」
「……そうだね。何千年と経ってると思う。別世界の人を呼んだのは、数千年前かな?」
「私、気になったんです。親は夢を見たって言った。でも、あなたは何千年も生きてる。そうなると、私の世界とこの世界の進み方が同期してないって」
「なるほど、そうなのか」
レスポの言い方は軽かった。さながらどうでもいいと言わんばかりに。
「もし私が、隕石を止める方法を──」
「無理だよ。二度と来れないんだ」
過去にも同じようなことを言われたのか、レスポは先に解答を出した。
「……根拠は? 根拠はどこ?」
「そりゃ根拠はないけど、体感上一度来た人は二度と──」
「根拠はないんだね?」
「あ、はい」
年を押され、その気力にレスポは頷くしかなかった。
「なら、もう一度来るよ。この世界の崩壊、いや、その後しばらくの崩壊には間に合わない。でも、止めてみせるよ」
「そう言って貰えると嬉しいよ。ありがとう」
「いやいや、こちらこそありがとう……」
◇
「なんか夢を見たような……」
縁側で目を覚ました正奈は、目を擦りながら立ち上がった。
「あ……」
そして思い出す夢での記憶。レスポとの約束。
「……勉強、してみるか」
正奈は不安と希望を抱きながら自室へと向かった。
おうちの中の真実 豊科奈義 @yaki-hiyashi-udonn
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