果てしなき愛

伊崎夢玖

第1話

旦那と出会って、十二年。

付き合い始めて、十一年。

同棲し始めて、十年。

結婚して、八年。

私達の間に子供はいない。

ずっと二人で生きてきた。

お互いのことは何でも知っている。

その自負はあった。

だけど、まだ知らないことがあったとは、この時気付くことすらなかった。


元々私は会社に勤めていた。

それが今では、必要な打ち合わせ以外は基本全て在宅ワーク。

旦那と一緒にいた時間なんて、少し前までは一日のうち数時間あればいい方。

それがここに来て四六時中同じ屋根の下にいなければならない。

(どう接したらいい?)

正直私には分からなかった。

しかし、これは杞憂に終わった。

旦那は基本仕事は自分の部屋でする。

リビングで仕事をしている私と顔を合わせるのは、ご飯時か飲み物を取りに来た時くらい。

今までと何も変わらない毎日だった。

自粛期間を過ぎても在宅ワークが続き、私達の毎日も何も変わらなかった。


しかし、ある日私が仕事で煮詰まっていた。

(どうにもうまくいかん…)

ぐぬぬ…と唸っていると、突然旦那が声を掛けてきた。

「気分転換に散歩しない?」

外に出るのは買い物に付き合ってくれる時くらい。

それ以外はずっと家でスエットを着て仕事をしている。

だから、お家大好きっ子なんだと思っていた。

すぐに外に出かける準備をして、二人で家を出る。

外は晴れていて、とても気持ちがよかった。

家の周りをぐるっと回って終わりだと思ったら、いきなり旦那が私の手を取った。

「そっちじゃない」

ポツリと言って、知らない道をズンズン進む。

細い道を迷わず進む旦那。

(あれ?この人の背中ってこんなに大きかったっけ?)

なぜか唐突に旦那の背中がやけに大きく感じた。

それがいつもは見せない積極性を見せられたからなのか、今の私には分からない。

ただあの時ふいにそう思ったのだ。

旦那に手を引かれるまま、歩いた先は古い年季の入った家。

どう見ても誰かの家にしか見えない外観。

「行こ…」

私の手を引いて中に入ろうとする旦那。

勝手に人様の敷地に入るのは、さすがにマズすぎる。

「ちょっ、ちょっと待ってよ」

「…何?」

「ここ、誰かの家でしょ?」

「違うよ」

「じゃぁ、ここ何?」

「…和カフェ」

それだけ言うと旦那は私を連れて敷地に入り、玄関を開ける。

そこに広がっていたのは、確かにカフェだった。

コーヒーの香るいい匂いと、古い木材の年季の入った匂い。

あと、ケーキかな?

甘い匂いもする。

「いらっしゃいませ」

中から私と同じくらいの女性が現れた。

「…二人」

「どうぞ、お好きな席へ」

それだけ言うと、女性は中へ消えていった。

「…こっち」

旦那が座るように指示したのは中庭の見える日当たりのいい席。

中庭には私の好きなミニバラが咲き誇っていた。

こんなお洒落な店を知っていたなんて知らなかった。

今までこういうお洒落な店をリサーチして連れて行くのは私だったから。

ここ最近は忙しくてそんな暇もなかったけど…。

「おすすめは、コーヒーとモンブラン」

「へぇー。じゃぁ、それにしよっかな」

「ん。分かった」

旦那は手慣れた感じで女性に注文し、しばらくして注文した物が目の前に置かれる。

「「いただきます」」

フォークで一口大に切り分け、口に入れる。

大好きな栗の味が濃厚に口いっぱいに広がる。

ゆっくりとモンブランを堪能した後は、コーヒーを一口啜る。

私好みの酸味強め、苦み弱めのブレンドコーヒー。

まるで私のためにオープンしたのではないかと勘違いしてしまいそうになるほど、私好みだった。

「よくこのお店見つけたね」

「たまたま通りかかった」

たまたまなはずはない。

このお店に看板はないし、表の道からかなり入り組んだ場所にあるから偶然見つけたなんてことはないはずだ。

人伝ひとづてで聞かないと絶対知るはずがない。

(もしかして、浮気…?)

不安な顔をしていたのか、盛大に溜息をつかれた。

「浮気じゃない。管理人さんに聞いた」

「管理人さんってうちのアパートの?」

「そ。知る人ぞ知る名店」

「そっか…」

少し安心したと同時に、旦那が人付き合いをしていることに驚いた。

基本人見知りの旦那。

いつも私の後ろにいるのに、そんな人が管理人さんと話をした?

(私がいなくてもいいじゃん…)

ぷぅと頬を膨らませながら、残ったモンブランとコーヒーを胃袋に収めた。


帰りの道すがら、再び旦那が手を握ってきた。

外で手を繋ぐことを嫌がって、はぐれてしまうことも度々あったのに…。

「今日はどうして手繋ぐの?」

「なんとなく」

「『なんとなく』は理由になりません。ちゃんと話して」

「ただ繋ぎたいだけ」

「ふぅーん」

私はその時何かを感じた。

旦那は最初からこうなることを知っていた。

在宅ワークになったら、いつか私が今日みたいに仕事で爆発することに。

だから、あらかじめ私好みのお店をリサーチしてくれていた。

言葉少ない旦那だけど、いつも私のことを思っていてくれている。

在宅ワークでおうち時間が増えて最初は戸惑ったけど、今では旦那の愛を改めて知るいい機会になってよかったと素直に心から思える。


あなたに出会えて本当によかった。

できればもう少し言葉にしてくれると嬉しいけどね。

……大好きです。これからもよろしくね。

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果てしなき愛 伊崎夢玖 @mkmk_69

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