第21章 流れ


 瞼を開けると、視界を埋め尽くす美しい色とりどりの花々がくるくると舞い落ち、彼の上に降り注いだ。


 数多の色と光に困惑し、噎せる程の華麗な眺めに只々圧倒される。

 

 ──百花繚乱。

 

 これ程沢山の麗しい花々を一時に見るのは初めての事で、腕を大きく広げ、水を浴びるように身を反らせる。


 そこは青い空も無く、固い大地も無い、不思議な空間であった。

 花々は止めどなく降り注ぎ彼の周囲をやがて埋め尽くし、虹色の地面を創り出して行く。


 現とは到底思えぬ艶やかさだが、さりとて夢の世界とも思えぬ此処は一体どこなのだろう。

 

 花びらに埋もれた身体の下を見ると、どうやら水に浮かぶ船の上にいるようだ。


 

 そこで彼は気付いた。

 そうだ──此処は木曽川に違いない。 

 そして、あの日の自分である事に。


 だが、『あの日』と同じでありながら、『あの日』とは違っていた。


 

 果てしなく広がる瑠璃色の世界を見渡せど、彼以外には誰もいない。

 

 此度は、たった一人で逝かなければならないのだと悟った。


 あの日、舟に乗り漕ぎ出していなければ、運命を変える事が出来たのだろうか──


 

「──蘭!参れ──』


 愛しい主の声が聞こえたような気がした。


 幼く無邪気だったあの日の己が知らなかった運命を知りつつ、それでも彼は迷いなく一人漕ぎ始めた。


 始まりの場所に幾度戻れども同じ。

 彼の向かう先は無論。

 信長の元──


 

 

 古より豊かな水を湛える木曽川は、多くの人々の人生と共にあり、その運命を乗せ、時を越え、これからも流れ続ける。




                  完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

森蘭丸伝 花落つる流れの末をせきとめて 春野わか @kumaneko1111

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ