おうち時間にマスクは必須

紅りんご

1

 外出が制限されるようになってどのくらいの時間が経っただろうか。変わり映えのしない風景を家の窓から眺めながら、私は頬杖をついた。


「はぁ。」


 吐いた息は窓を白く染める。

 こうして息を吐くのさえ、外ではもう出来ない。マスクを着けるようになった世界で人は外出先で口元を晒すことが無くなった。難儀な世の中になったものだが、これもいつか終わる。そう、信じたい。

 

「つまんないなぁ。」


 白く染まった窓に指で落書きする。猫に犬に、うさぎ。外ではその姿を見ない、だからか絵のクオリティは格段に下がってしまった。

 退屈な毎日。ありとあらゆる娯楽、外出先で得られる物は大体行けない。お陰で毎日家でゲームやら映画鑑賞やらをするだけだ。


「昔はこんなのじゃ無かったのになぁ。」


 昔は当たり前だけど、わざわざ外出時にマスクを着けたりしなくて良かった。相手の顔はよく見えたし、特に口元、笑った顔がきちんと見えた。それが今はマスク越しにしか認識できない。お陰でお互いに笑顔が減った、そんな気がする。


「はぁ。」


 テレビのリモコン、そのスイッチを押してニュースを点ける。ニュースの中のリポーターは真剣な表情で何やら報告している。どうせ、現状の報告だろう。聞いたところで意味はないが、他にすることも無い。


「緊急事態──宣言──」


 単調に告げるニュースを片目に見つつ、窓の外を眺める。外出する人は少なくなった、マスクとかを付けて出かけるのが億劫になったんだ。私もそう。仕事以外、食事も日用品の買い物も全て宅配で済ますようになった。外の変わらない風景を眺めるのはもう飽き飽きだ。


「あれから──1年が経ちました───」


 まだ1年。慌ただしい1年だったと同時につまらない1年だった。そのせいで長くも短くも感じる、不思議な気分だ。人がマスクを外して生活できる機会はいつか訪れるんだろうか。


『ブーッ、ブーッ、ブーッ。』


 机の上に置いたスマホが小刻みに揺れる。件名は『ボス』。間違いない、仕事の連絡だ。今日はオフだった筈、でもかかってきた以上無視は出来ない。


「はい、もしもし。」


「今から出られるか?3番線で事故だ。すぐに来てくれ。」


「はい、すぐ行きます。」


 私は刑事だ。この1年は事件より事故の方が多かった。環境の変化によるストレス、変化に対応出来ないが故のミス、人と人の争いが外でしにくくなった分、こちらの件数が増えた。


「マスク、マスク。」


 クローゼットからマスクと服を取り出す。付属する装置に触らない様に袖を通してからマスクを着ける。マスクや服に空いている所が無いかのチェックは怠らない。これを怠ると生命に関わる、私はこの1年でそれを学んだ。そうして一通りのチェックを終えて、家の扉を開ける。


「行ってきます。」


 私は飛び出した、空に星が瞬く世界へ。


 20XX年、新種のウイルス蔓延により人々の地球上での生活は不可能と判断された。そこで人々は火星へと移住した。その為、人々は宇宙服にフルフェイスマスクの着用が必須となった。しかし、予定以上に早い移住に設備は整っておらず、人々はステイホームを強いられていた。

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