【KACPRO20211】おうち時間は子供の時間

渡琉兎

彼のおうち時間

「――……終わったああああぁぁっ!」


 背もたれに体を預けながら大きく伸びをするとコキコキと背骨が鳴る。それだけジーっとモニターを眺めながら動かずに作業をしていた証拠だ。

 三階のフロアには彼以外に誰もおらず、時計に目をやると短針はすでに12を回って明日が今日になっていた。


「……帰ろ」


 明日は休みだ。それだけが彼の希望であった。

 家についても気を付けなければならない。

 大きな音を立てないようにゆっくりと鍵を開けて、ドアを押していく。ありがたい事に彼の妻が玄関の電気だけは毎回点けてくれている。

 今日も感謝をしながら忍び足で廊下を進んでいき、こっそりと妻と息子が寝ている寝室を覗く。


「……」


 親と子が似るのは当たり前だろうが、寝姿まで似る事があるんだなとほっこりしながら脱衣所に向かいスーツやシャツを脱ぎ、寝間着に着替える。

 風呂にも入りたいが、夜中の風呂は騒音だのなんだのと言われているので我慢するしかない。

 明日は息子が目覚める前に起きて朝シャンをするのだと心に決め、彼は再び忍び足で寝室に入ると布団に入る。

 少しだけスマホを触るが、いつの間にか寝落ちしているのがいつもの事だった。


 翌日、何やら声がするので薄っすらと目を開けてみると隣の布団の上で息子が座り彼の妻の顔をペチペチと叩いてこう言っていた。


「なにしてあそぶー?」


 いつもの朝であるが、今日は少しだけ違うことがある。


「おはよう。ととが遊ぼうか?」


 振り返る息子の顔を見て、彼は自然と頬が自然と緩む。しかし――


「かかとあそぶ! ととはあそばなーい!」

「なあっ!? ……でも、かかは寝てるよー?」

「かーかー! なにしてあそぶー?」


 寝ている……ではなく、寝たふりをしている妻に気づきながら彼は負けじと息子に提案する。


「ととと遊ぼう! ほら、行こう!」

「……うん!」


 息子がリビングに向かうと、妻と目が合い笑い合う二人。

 そのままリビングに向かいおもちゃ箱の前で待機している息子から――


「なにしてあそぶー?」

「何して遊ぼうか?」

「せんろー!」


 昨日の夜に決意した朝シャンへの想いはどこへやら、彼は息子のためにおもちゃの線路を組み立て、出来上がった線路で息子と遊ぶ。

 その様子を隠れて見ている妻とたまに目が合いながら、遊んでいる。


「あっ! かかだー!」

「おはよう!」


 立ち上がり駆け出していく息子を見ながら、彼は心の中で『ととは隣にいるよー』と言っているが、息子にとって妻が一番なので諦める。

 妻の胸に飛び込みギュッとされている姿にまた頬が緩むと、彼は妻に声を掛けて朝シャンへと向かった。


 今日は雨だ。

 せっかくの休みに雨という事は息子と公園にも出かけられない。

 さて、どうするか。


「とーとー」

「どうしたの?」

「なにしてあそぶー?」

「そうだねー。お外には行けないよねー」

「あめざーざーだね。くるまさんぬれちゃうねー」

「そうだねー」

「……えほんよむー!」


 子供は不思議だ。

 ついさっきまで興味を持っていたものから別のものに興味が移ると、それまでの事を全く気にしなくなる事もあれば、思い出したかのようにまた口にする事もある。

 そして、好きになったものはとことん好きになり、親よりもそれらの名前を覚えてしまう事だってある。


「なにしてあそぶー?」


 この言葉を聞くたびに、彼は頬を緩ませて息子の頭を優しく撫でる。


「ピーポーピーポーいってるねー」

「そうだねー。救急車かな?」

「だれかいたいいたいしたのかなー?」

「そうかもねー。早く痛い痛いが治るといいねー」

「ねー。……なにしてあそぶー?」

「そうだねー。何して遊ぼうか?」

「……くるりんぱするー! こっちきてー!」


 手を引っ張られて体をよじ登る息子に、彼はただただ微笑んでいる。

 彼にとってのおうち時間は、子供の時間でもあるのだった。


「かかとあそぶー! ととはあそばなーい!」


 自分の時間が不意にやって来る事もあるが。

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