空想怪奇事件ファイル No.567

スズヤ ケイ

小森太一の日記

 2/7


 新型ウィルスの猛威が収まらず、外出自粛要請が延長を重ねている。


 こんな中で、大人数の会合など開く人達の気が知れない。


 台風の時にわざわざ水辺に近寄るのと同じだろうに。

 しかも溺れるのが一人では済まないのだから、さらに性質が悪い。



 対策は、家にこもってやり過ごす。これに尽きる。



 幸い俺は気楽な一人暮らし。

 仕事もネットを介して成り立つ。当面の生活には支障は無い。


 先月から出社することもなくなり、すっかり在宅勤務族だ。



 残念なのは、ハワイどころかサーフィンにすら行けない事か。


 ここは「おうち時間」とやらの波に乗り、新しい趣味の開拓でもするとしよう。



 2/10


 以前買った小麦粉が大量に残っていたので、菓子作りに挑戦する事にした。


 時期も時期だ。ネットでいくらでもお勧めレシピが探せる。


 気分転換にはよさそうだ。



 2/14


 毎年楽しみにしているバレンタインデー。


 しかし、今年は存分に満喫する事はできなかった。


 甘党の俺にとって、社内の女性から貰える義理チョコは宝の山だったのだが。


 出社をしないのでその機会が失われてしまった。



 だが幸い、こんな俺にも彼女がいる。


 外で大っぴらにデートをするのははばかられたので、久々に家に呼んで、二人きりで楽しい時を過ごした。



 チョコのお返しにと、試しに作ってみたクッキーを味見してもらったところ、思いのほか好評だった。

 菓子作りは続けてみるか。



 リカと付き合い始めてもう7年。


 そろそろ同棲か婚約かと考えていたが、この状況では引っ越しも一苦労だ。

 まずはこの騒ぎが落ち着いてからだろう。



 2/17


 取引先の一つが潰れた。


 あまりに急な事で会社は大混乱だ。

 問い合わせが殺到して、本社のサーバーがダウンしてしまった。


 今日は仕事になりそうにない。


 これからの事を思うと頭が痛いが、早めに休んで備えておくとしよう。




 2/21


 先週から、リカにメールを送っても返事がこない。

 電話にも出ない。


 こんなことは初めてだ。


 しかし今は仕事で手一杯だ。リカの家まで行っている余裕がない。


 何事もなければいいが。




 2/23


 念の為に登録していた、新型ウィルス接触確認アプリから通知が来た。


 俺が感染者と接触している可能性があると。


 どういうことだかわからない。


 ほとんど家から出ていないし、ちょっとした買い物でも消毒やマスクなど防止策は万全だったはずだ。


 ともあれ相談窓口に連絡をし、検査を受ける事になった。


 会社にも有給届けを出しておくとする。



 2/24


 検査キットが届いた。思ったより対応が早い。


 きっとあちらも手慣れてきているのだろう。


 指示通りの処置をして、すぐに郵送した。


 結果が出るのは2、3日後という事らしい。



 今の所、症状は何も無い。


 しかし、「自粛」と「待機」だと、こうまで気分が違うものか。


 不安が消えず、何もする気力が起きない。



 2/25


 リカの電話番号から着信。


 電話の向こう側の人物はリナ姉さんだった。


 リカは今入院中で、代わりにかけたのだと言う。


 連絡が取れない間、新型ウイルスの症状が出て大騒ぎだったらしい。


 後で電話の着信を見て、俺に連絡をしてきたとのこと。



 では、俺に接触した感染者はリカだったのか?


 思い当たる節はそれしかない。


 リカも家に閉じこもっていると聞いていたが、まさか俺が家に呼んだから、来る途中の電車でもらってきたのか?


 だとしたら、あんまりだ。



 2/26


 再びリナ姉さんから着信。


 リカの感染源が、彼女の務める会社の上司である事が発覚。


 その上司も発症して連絡が行ったため、勘の鋭いリナ姉さんが怪しんで、意識が戻っていたリカを問い詰めると白状したらしい。


 2/13日の夜、浮気相手と外泊していたと。




 最悪だ。



 リナ姉さんは心底申し訳なさそうに謝罪を繰り返していたが、途中でどうでもよくなり話を切り上げた。



 一気に色々ありすぎて頭がパンクしそうだ。

 今日はもう寝よう。



 2/27


 検査の結果の電話がきた。


 当然のように陽性。


 案内されたホテルで待機療養することになった。




 俺はずっと家でガマンしていた。


 なのに、何故こんなことになった?




 考えがまとまらない。力が入らない。




 2/28


 リカが浮気さえしなければこんな事にはならなかった。


 今すぐにでも飛んで行って文句の一つも言ってやりたいが、外出はできない。


 この線を越えてしまえば、あいつらと同じになってしまう。


 それだけはイヤだ。人の迷惑にはなりたくない。



 3/1


 無性に外に出たい。


 こうして文章でも書いたり、何かに集中していないと、気付けばドアの前に立っていたりする。


 まともに外出したのはいつだったか。そんな事を思ってしまう。


 しかしガマンだ。検査で陰性にさえなればすぐに家に帰れるはず。もう少しだ。



 3/2


 外に出なければ。



 外に出たい、ではなく、出なければならない。

 そんな気がしてきている。



 いつかネットニュースで見た、カタツムリの体を操って鳥に食べさせることで繁殖する寄生虫を思い出した。



 俺の中にいるのは、本当にウイルスなのか?


 今こうして書いているのは、本当に俺か?



 俺は、自分の事が信じられなくなっている。絶対外に出てはダメだ。



 3/3













 こえが きこえる





 3/4






(解読不能)






 3/5


 特に症状は出ていない。


 自分では健康そのものに思える。


 一体いつまでここにいればいいのだろう。



 3/6





(解読不能)






 3/7












 ひとが おおいところ



 3/8






(破損)






 3/9






(破損)






 3/10















 そとに













 ────










 以上。



 小森こもり太一たいちの日記より抜粋。


 文書の流出経緯は省略。添付資料を参照されたし。



 事件当日、療養施設を抜け出した小森は、市内の総合病院へ侵入し、手にした刃物で自分の腕を斬り付け、入院患者や病院関係者へ向けて自分の血を大量に浴びせかけた。


 その後病室へ押し入り、入院患者1名を刺殺。

 止めに入った看護師にも軽傷を負わせた後、周囲の人によって取り押さえられたが、その後出血多量により死亡が確認された。



 刃物による直接の死傷者は、死者1名。軽傷者2名。



 しかし小森が新型ウイルス陽性者であった事から、事件当時に院内にいた人々を介して集団感染クラスターが発生。


 それが原因で発症し、重症化した後に亡くなった人数を含め、最終的に100名を超える人的被害をもたらした。


 警察では当初殺人事件として扱われるも、新型ウイルスへの対処を求められ、急遽現場の病院は全面封鎖。防疫体制を整えてからの大掛かりな捜査となる。


 これによる病床の減少、及び医療体制のひっ迫も被害に数えられ、元号が代わって以降、類を見ない大惨事となった。



 小森の犯行動機について、日記の日付と内容、通話履歴と被害者・二俣ふたまた里香りかの姉・二俣里奈りなの証言は一致しており、警察では不倫を巡るトラブルだと断定した。



 しかし、上記の文書に見られる寄生虫の関与をほのめかす一文に興味を示す専門家らが続出。新型ウイルスとの関連性について物議をかもしている。




 この事件を、痴情のもつれが生んだ狂気の産物と見るか。

 または、ウイルスではないの介在があったと見るか。


 閲覧された各位にも、忌憚なき意見を求めたい。


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