hoLLow garL

四志・零御・フォーファウンド

第1話 始動


 ニュージャージー州に建てられた、とある豪邸。家と研究所が一緒に建てられた、まさに「彼」の為に作られた特別な場所。


「ごめんくださーい」


 黒いバケットハットを深く被り、大きなジュラルミンケースを持った女は、ゲートの前に立っていた大柄な警備員に声をかけた。


「社長に呼ばれて来たんですけど、ゲート開けてくれません?」


 女が帽子を少し上げて覗かせたのは美人な若い東洋人の顔。時代と場所にそぐわない彼女に、警備員は警戒心を露わにした。


「名前は?」

「アイベム・イオ・シーンです」


 ヘンテコな名前に眉を歪ませる。面会リストに目を通すが、そんな名前は存在していなかった。


「……そんな名前の面会者は今日の予定に入っていない」

「うっそーん。もう一回確認してよ」


 警備員は念のためもう一度リストを参照するが、見当たらない。


「リストに名前がない。立ち退け」

「はぁ~?ここまで来るのに何日かかったと思ってるのよ!」

「いいから立ち退け。動かないのなら銃を発砲する許可を得てもいいんだぞ」

「まったく、銃社会ってのは怖いわね。すーぐ銃で脅してくるんだから。――って、そうかチップね。長い事チップの文化に触れてなかったから忘れてたわよ」


 女ははだけた胸の間から数枚のドル札を取り出した。


「はい、これあげるからさ、社長に直接確認してくれない?」

「…………」

「わかったわよ。……これでどう?」


 今度はパンツの中からドル札の束を取り出した。


 なんだこの変態女は、と思いながらも札束を受け取った。


「ちょっと待ってろ」


 警備員は内線電話で社長室に繋げた。


「社長、アイベムなんたらという変な女があなたとの面会を希望していますが、如何しますか?」

『今日だったな。すっかり忘れていた通してくれ』

「了解です」


 受話器から手を離すと、女は一瞬だけニヤリとしてバケットハットを深く被り直した。


「許可が下りた。通せ」

「Thanks」


 女は手招きの様に手を振ると、ゲートをくぐり社長の家に向かう。


「そういえば、そのお札、偽札だよ」


 一度くるりと振り返ると、それだけ言って駆け足で行ってしまった。


 警備員は、彼女の頭に拳銃を突き付けなかったことを後悔した。


     *


「スレッド、正直に答えてくれ。俺の命はあとどれぐらい持つ?」


 ベッドに横たわる老いた男は真剣な眼差しで、医者のスレッドに問う。


「そんなこと言うなよ。やり残していることがたくさんあるんだろ」

「勿論さ。だが、最後が見えてるならそれに見合ったことをやりたいだけだ」


 その言葉にどう答えるべきかスレッドが悩んでいると、扉を叩く音が聞こえて女が入って来た。


「失礼しまーす」

「おい、許可をしていないのに入っくる阿呆があるか!」

「誰よあんた」

「こっちのセリフだ!」

「2人共、落ち着け。――紹介しよう。彼女はアイベム・イオ・シーンだ。日本へ行った時に知り合った」

「ベムとでも呼んで。よろしく」

「この男は俺の古くからの友人スレッド・パッチだ。見ての通り、ヤブ医者さ」

「スレッドだ。医師免許は持ってるぞ」


 2人は握手を交わす。


「さて、ここからはベムと国家機密に関わる話をする。すまないが、スレッド――」

「オーケー。席を外す。体調が悪くなったらすぐに呼んでくれ」


 スレッドは鞄を持って部屋から出て行った。しっかりと部屋から離れたのを確認して、アイベムは彼に向き直った。


「さて、アメリカに呼びつけた要件を話してもらいましょうか、トーマス・エジソン」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

hoLLow garL 四志・零御・フォーファウンド @lalvandad123

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ