突然できたお兄ちゃん

無月兄

兄妹、はじめました

 小学校から帰ったら、すぐまた遊びに出かける。それが私、咲の、少し前までの日課だった。


 だけど、最近流行っているウイルスのせいで、世の中が外に出ちゃダメって空気になっている。お父さんから、なるべく家の中にいなさいと言われたのが3日のことだった。


 別に、外で遊ぶのが特別好きだってわけじゃない。友達と直接遊べないのは残念だけど、家の中だって楽しむ方法はたくさんある。

 それでも私は、学校から帰ってずっと家にいるっているのが、少し嫌──ううん、変に緊張してしまう。

 そんなことを思っていると、その緊張の張本人とも言える彼が帰ってきた。


「ただいま。咲ちゃん、もう帰ってたんだ」

「うん。今、外に出ると危ないって言われてるから」

「そっか。中学でも、ちょっと前から部活が全部休みになって、早く帰るようにって言われてる」

「あっ──それ、この前聞きました」

「あっ、そうだっけ。ゴメンね……」


 そこまで言ったところで、彼、涼介君の言葉が途切れる。

 しまった。ここは、初めて聞いたみたいな反応をして、話を広げた方がよかったかもしれない。


「じゃあ、私、部屋に戻るね」

「ああ──」


 一度流れた沈黙は、どう破っていいのかわからないんだ。これ以上話を続けるのを諦め、私は一人、自分の部屋へと入っていく。

 そしてドアを閉めたところで、ハァと軽くため息をついた。


「また、あんまり話ができなかったな。こんなんで、兄妹なんてやっていけるの?」


 涼介君は、私のお兄ちゃん。正確には、両親の再婚で、お兄ちゃんになった人。


 元々、お父さんが律子さんという人と付き合っていて、再婚を考えているのは知っていた。

 別に、それが嫌だったわけじゃない。律子さんとは何度か会ったけど、いい人だと思う。それに私ももう6年生になるんだし、そういう大人の事情も、少しはわかるつもりだよ。


 だけどその律子さんに中学生の子供がいると聞かされ、涼介君を紹介されたのが、ほんの一ヶ月前。それから急ピッチで再婚することが決まり、あっという間に、私達は一つの家で暮らすことになった。

 以来、涼介君とはずっとこんな感じだ。


 言っとくけど、涼介君のことが嫌いなわけじゃないんだよ。初めて見た時はカッコいいと思ったし、家族になるなら、仲良くしたいとも思ってる。


 だけど歳の近い、しかも男の子といきなり家族になるってのは、お父さんと律子さんとの再婚以上に受け止めるのが大変で、未だにどうやって話せばいいのかも、よくわかっていなかった。






 次の日、私は学校が終わると、またすぐに家に帰る。

 最近ずっと家にばかりいるし、いい加減外で遊びたいなとも思うけど、先生からもウイルスが流行っているからお家にいなさいと注意されたから、そうもいかない。


 それに、今日はなんだか体が重くて、なんだか体に力が入らない。家で大人しくするのは、ちょうどいいかもしれない。

 そう思って家に帰りリビングに向かうと、先に帰ってきていた涼介君がいた。


「お、おかえり」

「えっと……ただいま」


 あいかわらず、お互いぎこちない挨拶を交わす。えっと、他にも何か話をした方がいいかな。でも、何を言えばいいの?

 一瞬、色々考えたけど、何も浮かばない。だって、涼介君のこと、まだほとんど何も知らないから、どんな話をすればいいかもわからない。


 けど私が喋り出す前に、涼介君が先に言った。


「咲ちゃん。なんだか、顔赤くない? 大丈夫?」

「えっ?」


 体が重いのは感じていたけど、言われてみれば確かに、顔が火照って熱くなってるような気がする。

 体温計で計ってみると、37.5度だった。


「風邪かな。頭が痛いとか、息苦しいとかはない?──咲ちゃん?」


 涼介君が、心配そうに聞いてくる。だけど私の胸には、それに答えるのも忘れるくらいの不安が広がっていた。


「これって、今流行ってるウイルスじゃないよね」


 最近ニュースでは、毎日のように何人がウイルスにかかったって報道がされている。もしかしたら、私もそうなんじゃないか。


 まさかとは思うけど、もしそうだったらどうしよう。あちこちで危ない危ない言われているのを見ると、どうしても不安になる。気がつけば、いつの間にか手が微かに震えていた。


 だけどその時だ。そんな私の様子を見た涼介君が、安心させるように言う。


「落ち着いて。この近くで感染者が出たって話は聞かないし、子供はかかりにくいって言うから、きっと大丈夫だよ」


 それから、震えている私の手をって、ギュッと握る。いきなりのことでビックリしたけど、涼介君は手を取ったまま、何度も何度も、ギュッギュッと強く握ってくれた。

 それが、何度続いたろこだろう。しだいに、震えがおさまっていくのがわかった。


「大丈夫。きっと大丈夫だから、安心して」


 涼介君はお医者さんじゃないんだし、彼が大丈夫って言っても、本当にそうかはわからない。だけどそう言ってくれることで、不思議と、本当に大丈夫なような気がした。






 私が熱を出してから、数日が過ぎた。

 あの後涼介君に付き添われて病院に行って、新型ウイルスの検査もやったけど、昨日届いた結果では、その心配は全くなし。どうやら、ただの風邪みたいだった。

 何日か学校も休んだけど、熱もすっかり下がって、今日から再び登校開始。そして授業が終わると、またすぐに家に帰る。完全に、元の生活が戻ってきた。


 そして、私から少し遅れて、涼介君が帰ってくる。


「ただいま。もう、体の調子は大丈夫?」

「うん。すっかり元通りになったよ」

「そっか、よかった」


 それだけ話すと、涼介君は自分の部屋に入っていこうとする。今までと何も変わらない、いつも通りのこと。私も、何も言わずに何もしないのが普通になっていた。今までなら。

 だけど──


「りょ……涼介君!」


 名前を呼んだとたん、涼介君の足が止まって、何事かと不思議そうな顔で私を見る。


「病院に付き添ってくれて、風邪ひいてる間、たくさん看病してくれて、ありがとう」


 言いながら、自分でも緊張しているのがわかった。あらためてお礼を言うなんて、なんだか恥ずかしい。だけど、感謝してるのは本当だ。


 熱が出た時も、ウイルス検査の結果を待ってる時も、ずっと不安だった。だけどその度に、涼介君は何度も、大丈夫と言って元気づけてくれた。そんな涼介君に、ちゃんと気持ちを込めてありがとうって言いたかった。


「どういたしまして。けど、わざわざお礼なんていいんだよ。その……か、家族なんだから、困った時は助けるのが当然だろ」


 家族。その言葉が出た瞬間、少しだけ、涼介君が緊張したような気がした。ううん、緊張したのは、私も同じ。だけど涼介君の言葉で、私達はもう家族なんだって、あらためて知ったような気がした。


 それから涼介君はぎこちなく笑って、私の頭を撫でる。

 だけど、私の言いたいことは、これで全部終わりってじゃない。


「それで、それでね……い、今から私とお話しない?」

「えっ?」


 さっきまでのぎこちない笑顔から一転し、キョトンとする涼介君。まさか、そんなことを言われるなんて思ってなかったんだろう。


「学校も早く終わるようになって、家にいる時間が増えたんだから、その間話をして、もっと涼介のこと知りたいの。せ、せっかく家族になったんだから、その方がいいかなと思ったんだけど……ダ、ダメかな?」


 私が熱を出してる間、ずっと看病してくれた涼介君。あんなことがなかったら、彼のそんな優しさなんて、当分知らないままだったかもしれない。

 だけどきっと、まだまだ涼介君の知らないところはたくさんあるし、涼介君だって、私の知らないところはたくさんある。お互い、ほとんど話をしていないんだから当然だ。


 だからもっと相手のことを知るため、少しでもたくさん、話をしたいと思った。

 けど、涼介君はどうだろう。いきなり変なことを言ってる、なんて思われたらどうしよう。


 そんな不安が頭を過るけど、そこでまた、涼介君はニコリと笑った。


「そうだな。じゃあ──話、しようか」


 思えば、涼介君がこんな風に笑ったのなんて、もしかすると初めて見たかもしれない。早速、知らなかった一面を見つけることができた。


 涼介君。私の、お兄ちゃんになった人。

 きっとこれから、どんどん彼の新しいところを見つけていくことになるんだろう。お家にいる長くなった今、話をする時間もたっぷりあるんだから。

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突然できたお兄ちゃん 無月兄 @tukuyomimutuki

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