妹ちゃんはお兄ちゃんに手品を披露したいようです
いずも
第1話 手品妹
新型ウイルスが世界的に大流行して一年が過ぎた。
運悪く新社会人になって一人暮らしを始めた矢先の出来事で、それから全然実家に戻れていない。
だから時々、休みの日はビデオ通話アプリを使って実家の妹とやり取りをする。
いやぁ、便利な世の中になった。
「あのねあのね、聞いてよお兄ちゃん」
「はいはい、聞いてるよ」
「最近手品にハマってるの! おうち時間の
いきなりテンション高く妹が息巻く。
「手品? 不器用でどんくさいお前が?」
「もーっ、いつまでも昔のままだと思わないでよ。私だって成長してるんだから」
「このビデオ通話だって最初どれだけ時間がかかったか……」
「あっ、あれはその……機械のことなんて私にはちんぷんかんぷんだしっ」
頬を膨らませて怒る姿も可愛らしい。
高校生になっても相変わらずだ。
「それはともかく、手品の話よ。今日はお兄ちゃんに
「ほほう、そいつは楽しみだ」
画面の向こうには色のついたカップが三つ、伏せられている。
その中の一つにボールを入れてカップをシャッフルして、どこにボールが入っているか当てるというよくあるマジックをやりたいようだ。
「じゃあ、いくよー」
そういって勢いよくカップを回す。
当然のようにボールが飛び出す。
「あ、あれー。もう一回」
再び飛び出す。
「ん、んにゃっ。いったーっ!」
顔面ヒット。
「……もう少しゆっくりやったらどうだ?」
「うー……そうするぅ」
ゆっくりとカップをシャッフルしていく。
さすがにここまでゆっくりだと普通に目で追えるな。
というか、そもそも高速でシャッフルしてどこにあるでしょう、ってそれマジックじゃなくない?
「……あれ」
途中で妹が全く動かなくなる。
回線が途切れたのかな? と心配していると普通に再び動き出した。
結局、最後まで場所は目で追えた。
それが普通なんだけどさ。
「はい、どこにあるでしょう!」
「真ん中だろ?」
「真ん中ねー。にやにや。んじゃー、いっくよー。オープン!」
笑いながら真ん中のカップをカメラの方に近づける。
いや、そんなに近づけなくてもいいだろ。
そしてオープン……無い。
あれ、そんな馬鹿なっ。
「え、なんで!?」
「はーい、正解はこっちでしたー。ふっふっふっ、私のことをなめてもらっちゃあ困るなぁ」
「ちょ、もう一回! 今度こそ当てる!」
「はいはーい。良いよー」
再びカップをシャッフル。
ここまでは普通の流れだ。
……ん、また。
画面が止まった――いや、止まってるんじゃない。
あいつ、止まってように見せてこっそり机の端に置いたカップからボールを下に落としてやがる!
そしてまた再び何事もなかったようにカップを回し出す。
そうか、わかった。
それで最後にカメラに空のカップを近づけて、画面を隠した隙に別のカップへボールを入れてるんだ。
「はい、どーれだ」
「……正解は、ない」
「え?」
「三つともボールは入っていない。どうだ!」
「……」
あ、目が泳いでる。
超焦ってる。
「そ、そんなわけないじゃん。じゃ、じゃあ三つとも同時に開けるからね。ちょっーとカメラの方に近づけるから……」
「おい、何カメラの方に回り込んでるんだ。何も見えないじゃねぇか」
「これでよし、っと……じゃあいくよー」
「いや待て。絶対細工しただろ。ボール仕込んだだろ」
「もー、だったら別のマジックにするから。お兄ちゃんったら疑り深いなぁ」
「そんなグダグダマジック見せられてもなぁ……」
「じゃあお兄ちゃんが今一番食べたいものを書いてメッセージ送って。私がそれを見事に当ててみせましょう」
「食べたいもの?」
「そう。あ、お母さんの手料理とか中華料理とかじゃなくてもっと具体的にね。どこかのお店の何とかって料理、くらい具体的にね」
「うーん、そうだなぁ。……よし、決めた。送れば良いのか? 送らなくたってスマホのメモ帳に残しておけば良くないか」
「だってそんなの書き換えられるじゃん。
「お前が言うか」
ピロン。
「送ったぞ」
「よーし、じゃあまずは……それは麺類ですか?」
「アキネイターかよ。全然手品関係ないじゃん」
「よーし、それじゃあ次のマジックいくよー」
「今の関係ないんだ」
「それはそれ。これはこれ。トランプの数字を当てるマジックやるから、さっきの要領で1から13までで好きな数字を書いて送って」
なるほど、さっきのは練習でこっちが本命ってことか。
つまり何らかの方法で送ったメッセージを見て、その数字のトランプを捲るって感じだろうか。
「えーっと、じゃあ好きなところでストップって言ってね」
そう言って片手に持ったトランプの束から一枚ずつ下に落としていき、もう片方の手で受け止める、テレビでよく見る技を見せてきた。
おお、上手い。
ちょっと感動した。
って、ストップって言わなきゃな。
「ストップ」
あれ、タイムラグがあるのかな。
ちょっと遅れて妹の指が止まった。
「もしかして時間差があるのか? ちょっと音と動きが合ってなかったな」
「あれ、そう? じゃあもう一回やるね」
「……ストップ」
あれ、まただ。
やっぱりちょっと音と動きがずれてるな。
「こんなに音ズレするものだっけ」
「えー、また?」
再び妹がシャッフルしてトランプを落としていく。
余談だが、これをドリブルというらしい。
マイクに息をかけ、声を出す前動作だけ行う。
「……?」
ぴたっと妹の手が止まる。
だがこちらはストップとは声をかけていない。
「おい、それ初めから止めるところを決めてやってるだろ」
「なっ、何をいいいってるのかななお兄ちゃんははは」
動揺が声に現れすぎだろ我が妹よ。
マジシャンってポーカーフェイスが基本じゃないのか。
こいつの中でマジシャンといえばマギー司郎なのだろうかと思うほど平場に弱い。
それからも延々と彼女のマジックショーは続いた。
出来栄えに関してはお察しの通り、ことあるごとに画面外に動いたり挙動不審な動きをして種も仕掛けもバレバレになっていたりと、素人の俺の目にも見抜けるようなお粗末な内容だった。
しかしまあ、仕事のことを忘れて楽しく過ごせたのだから悪くはない時間だった。
気がつけば夕方になっていた。
そりゃあ一日中妹のビデオ通話に付き合っていたらそうなるか。
「そろそろお腹も空いてきたし夕食の時間だろ。今日はこれくらいでおしまいにするか」
「あっ、もうそんな時間かー。そうだ、それじゃあ最後にお兄ちゃんが食べたかったものを当てようかな!」
疲れ知らずの妹がウッキウキで考える仕草を取る。
そういえばそんなことも言ってたな。
自分でもすっかり忘れていた。
「ずばり、お兄ちゃんの食べたいものは『ピザ』でしょう!」
「あー、正解正解」
確かに当たっている。
だが、正直いくらでもメッセージを確認する機会はあったわけで、別に当たっていても何ら驚きはない。
「んー、そろそろかなぁ。じゃあお兄ちゃんに最後のスペシャルマジック!」
妹がそう叫ぶと、不意にチャイムが鳴る。
「えっ、なんだ?」
「いいから行ってきなよ」
「ああ、ちょっと待っててくれ」
「こんばんは、ご注文品のお届けです」
「注文? いえ、何も頼んでは――」
それは妹からの注文だった。
美味しそうなチーズの香りが食欲をそそる。
「……あいつ、いつの間に」
料理を受け取り、再び妹の前に。
「お前、ちょくちょく画面外に出ると思ったらこれを頼んでたのか」
「今日一日ずっと付き合わせちゃったから、そのお礼。また明日からお仕事頑張ってね」
まったく、こういうことだけは気が利くんだからな。
「ありがとう」
すっかりこの不器用で可愛いマジシャンの虜になってしまったようだ。
――俺も何か始めようか。
そんなことを考えた、ある休日の出来事。
妹ちゃんはお兄ちゃんに手品を披露したいようです いずも @tizumo
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