おうち時間に趣味を持とうとする人

関根パン

おうち時間に趣味を持とうとする人

世相に違わず、私が務めている会社も在宅ワークが増えた。政府は不用な外出を避けるように訴えている。通勤にあてていた時間や気晴らしに出かけていたいた時間が浮き、必然的に家にいることが多くなった。「おうち時間」とやらである。それにしても「おうち時間」とはなんと間抜けな響きだろうか。いい大人は家のことを「おうち」とは言わない。「おうちは駅から近いです」「おうちに書類を忘れました」「おうちはペット不可なんです」そんな言葉を私が間顔で口に出せばきっと笑われるだろう。顔に出なくても、腹では笑うだろう。私を知る他の人間に話して、あとで笑いの種にするだろう。三年前に妻と離婚して以来、一人で暮らしている私も「おうち時間」を持て余している。初めは部屋の掃除や整頓などして適当に潰していたが、掃除も整頓も頻度が増えれば仕事量が減ってしまう。またすぐに時間が空く。仕方なく動画サイトを垂れ流しにしているが、なんとなくつけているだけだから頭に何も残らない。そこで私は趣味を持つことにした。果たして実になるかどうかはわからないが、ただ空っぽの時間が過ぎていくのは気が狂いそうになる。世間も「おうち時間」を利用して趣味を持てとしきりに言っている。時には流れに乗るのもよかろう。まず候補に考えたのは楽器である。ものさえ揃えてしまえば、あとは練習するだけ。ギターなら、こだわらなければギターくらいなら安価で手に入るという。しかし、私の防音がよくない部屋は防音がいいとは言えない。隣の部屋の住人の咳が聴こえる程である。ギターなどかき鳴らせば確実にむこうに届く。相手にしてみれば家にいながら勝手にストリートライブが始まるわけだ。しかも下手なのだから迷惑極まりない。自分としてもうまく弾けないうちはただ指が痛いだけの苦行である。学期はやめておこう。次に候補として考えたのはイラストである。音楽がだめなら絵である。油彩画や版画となれば手間がかかりそうだが、イラストならば書くだけである。投降して人に評価してもらうようなサイトも多々あるという。しかし、何の知識もなくセンスもないから、まずは何かをお手本に描かないといけない。必然、元の絵と似たようなものになる。どこかで見たようなタッチを劣化させたイラスト、いったい誰が見たいのか。好きなならそれでも描きたいのだろうが、俺は特に好きなわけでもない。イラストはやめておこう。次に候補として考えたのはゲームである。専用のハードがなくても、今はスマートフォンで充分にクオリティの高いゲームが出来るという。早速、人気のあるゲームをダウンロードして少しプレイしてみたが、長くは続かなかった。まず美麗なグラフィックのアクションに手を出してもたが、操作が難しい。ひとつひとつの操作はわかるが、画面にあわせて臨機応変に対応することができない。またオンラインでプレイする必要があり、嫌でも他のプレイヤーと核の違いを見せつけられることになる。なぜ好き好んで自分の未熟さを晒されなければならないのか。逆に簡単なパズルゲームは短調な作業ばかりで逆にすぐに飽きてしまう。複雑な連鎖など考えるほど理系の頭もしていない。キャラクターのカードを集めて強化していくのが醍醐味のようだが、キャラクターにも特に思い入れがない。表示されているステータス数値がそれぞれ何を示しているのか何に生きているのかわからず、頭をひねるばかりである。ゲームはやめておこう。それから本格的に料理をしようと考えたが、腹の減ってない時にはやる気が起きず、腹が減った時にはすぐに食べれるインスタントに手を出した方が早いのでやめた。ガーデングをしようかと考えたが、土をいじるのは手が汚れるし、虫が入ってくるのが嫌だからやめた。裁縫をしようと考えたが、針の穴に糸を通すのに小一時間かかりやめた。DIYをしようと考えたが、図面の味方がわからないし木屑が絨毯に落ちて選択する余計な手間が増えてやめた。筋トレをはじめようかと考えたが、腹筋をしようと横になった時にそのまま寝てしまってやめた。そして手を出したのが文章を書くことである。しかし、特に自分の言葉で世間に訴えたいこともなく、こうして何の趣味もうまくいかなかった近況を書き終えたらもう書くことが他にない。また誤字や文法の間違いをあとから見直して、修正するのも面倒だからやりたくない。これもきっと続かないだろう。




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