第14話

 あれほど着物の女に執着していたはずの父は、あの日、朋子先生と玄関先で話してから上の空な日が続いていた。

 どうやら日中も仕事に行っていないようで、家でボーッとしてるか外をぶらついていることがほとんどだった。

 その姿を僕も含めた村人達に見られていた為、どこを歩いていても視線が痛い。まるで犯罪者を見るような目付きだった。


「和夫君。ちょっといいかな」

「はい。なんですか?」


 帰り支度を済ませ帰宅しようとしたところを朋子先生に掴まった。後ろを振り向くと既に三人の姿はなかった。

 よっぽど一緒にいたくないらしい。

 父が外を彷徨うろつくようになってから、また流星達三人は距離を取るようになっていた。きっと親御さんにそれとなくを説明されて、支倉家の人間とは関わるなとでも言われてるのだろう。

 もう田舎の情報網には慣れていたので、こうなることは予想していた。とはいえ、辛いものは辛い。それも仕方ないことだと諦め、先生に意識を向けた。


「あのね、わかってるとは思うんだけど……その、和夫君のお父さんが……」

 そこまで言うと先生は顔を伏せて言い淀む。その先は選ぶ言葉が難しいことはわかっていたので、敢えて話を引き継いだ。

「父の迷惑行為ですよね。申し訳ありません」

「め、迷惑だなんて……いや、うん……ちょっと困ってるかな……」

 父は好意を持った朋子先生にしつこくアプローチするようになっていた。校門の前で待ち構えていたり、デートに誘ったり、朋子先生に特定のパートナーがいないことをいいことに、かれこれ一ヶ月はその調子なもんだから学校側も先生も困り果てていた。


「もしこれ以上迷惑をかけるようなら警察に相談してもらっても構いません」

「いや、警察なんてそんな……」

「でも、先生はつい最近警察の力を借りてたんですよね?」

「え?なんのこと……」

「ごめんなさい。実は隠してることがありました」


 それから先生に付していた秘密を全て話した――



「嘘……でしょ?そんなことってあるの?」

「本当なんです……自分の目で確認しましたから」

「そんな……そんな……」


 先生は顔を覆って泣き出してしまった。

 外はいつの間にかオレンジ色の夕焼けが山を染めていた。その谷間に慟哭がこだましていった――


「探し物は椿の下に埋まってる」とあの女が告げた三日後、祖父がたまたま家を空けたタイミングを見計らって庭を掘り返してみることにした。

 朋子先生には写真を返却した際に敢えて伝言を伝えず、自分一人で女の言うことが正しいのか確かめたかったのだ。

 探し物がナニかわからなかったけど、言っていたことが正しければその正体を現すはず――


 スコップを突き刺した地面は思ったほど堅くなく、子供の力でも掘り起こすのはそれほど苦ではなかった。

 三十分ほど経過した頃だろうか――まだ春本番ではないとはいえ、さすがに額に汗が滲んできた。腰辺りの深さまで掘り進めると、それまでの土の感触とは異なる、硬質な音がスコップから伝わった。

「うん?なんだこれ」

 いつの間にか姿を表していた女が興味深そうに頭上から眺めていた。


「あら、ナニを堀り当てたのかしら」

 埋蔵金ではなさそうね、と冗談をいう。

「どうせ知ってるくせに」

「答えを教えてもつまらないじゃない」

「もういいよ。そこで見てて」


 再び発掘を再開する。今度は小さなスコップに持ち換えて慎重に掘り進めていく。慎重に――慎重に――すると――


「え、うそ……これって人骨じゃんか」


 ボーリングの球位の大きさだろうか。

 土で汚れてはいるが、真っ白な陶器のようなそれは、猿でもなく人間の頭蓋骨に間違いなかった。

 急に露出した「死」そのものに吐き気が込み上げ、なんとか堪えたものの真っ暗に穿うがたれた二つの穴が、こちらをじっと見つめている。

 思わず眼を背けると、

「それが探し物みたいね」

 まるで声色の変わらない女は、しゃがんで僕の顔に両手を添えた。

「よーくご覧なさい。これがこの椿御殿の呪いの被害者よ」

 女が言っていることはわからなかったけど、被害者というのは納得できた。

 何故なら、その頭蓋骨にはナニかで傷つけられたようなひびが生々しく入っていたか――


 僕はそれを再び埋め直すと、自室に閉じ籠り暴れる心臓を抑えるのに必死に努めた。

 今すぐこの不快極まりない感情を吐き出してしまいたかった。

 すると、襖が開かれる音がした。背後に女が立っている気配がする。


「あんなの見てしまったら怖いに決まってるわよねぇ」

「なんで、なんで庭にあんなのが埋まってるなんて知ってたんだよ……」

 怖くて溢れてくる涙を拭いながら問い質す。

「そりゃあ一部始終を眼にしていたからね」

「……誰があんな酷い事したのかも?」

「誰があんな酷い事をしたのかも、見た。だけどこの椿御殿では珍しいことではないんのよ」

「どういうこと?」

「それは教えてあげない。あなた達の業なのだから」

 そういうと何が愉快なのか、くつくつ嗤いながら頬に唇をつけてきた。

 あまりにも突然で場違いなキス――初めてのキス、そう自覚する前に体は熱くなり、疼きが止まらなくなった。溶岩のように熱い塊がお腹の底で暴れている。

 ――もう一度してほしい。

 浅ましい気持ちが口を突いて出そうになったその時、僕の唇は女の指先で抑えられた為、それ以上は言えなかった。

 すると、理性を取り戻し今度は羞恥心が襲いかかってきた。


 ――僕はなんてバカみたいなこと考えてたんだ!


「支倉の男はみんなそうなっちゃうの。この呪いからは誰も逃げられない。だから、


 そう言い残して女は目の前から姿を消した。



 そして朋子先生に確認した事実を伝える。それと一緒に埋まっていた指輪も渡した。



「これはね……お父さんの結婚指輪なの」

「そのお父さんを探してたんですか?」

 なんの根拠もなかったけど、僕の推理は正しかった。

 先生は軽く頷くと語り始めた。

その写真を撮った数年後に両親が離婚し、男手一つで大学まで出させてもらって教職の道に進んでから数年たったある日、急に父親と連絡がつかなくなったらしく警察に失踪届けを出しても相手にされなかったようだ。

 そこで何かの事件に巻き込まれたのではと、自力で探す道を選んだのだ。すると調べていくうちにどうやら最後に訪れたのは椿村ということがわかった。

 そこで椿村の小学校で教職員を募集していると聞きつけて赴任してきた。

全ては父親を見つけるための執念がなした行動だった。


 その結果がこれだ――まだ警察にも伝えていないから人骨が本人のものかどうかは断定できないけど、結婚指輪が見つかったのは決定的な証拠にちがいない。


「先生。このことは警察には――」

「警察はもういい。どうせ信じてももらえないだろうし。だから直接尋ねてみる」



 こうして事態は破滅へと突き進むことを、まだ僕は知らなかった

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