引きこもり/KAC2021作品「おうち時間」
麻井奈諏
第1話
朝の陽ざしを浴びて眠りで凝り固まった背筋をほぐすように伸ばす。
「ふあぁ、アノ人ったらもういない。忙しない人ね」
空になったベットを見て一つ欠伸を噛み殺す。
「まったく、声位かけて行ってくれたらよろしいのに。食事の用意をして出て行ったところは評価しますけど」
ぶつくさと文句を言いながら机に置かれた食事を食べる。
「ふぁぁ、お腹が膨れたらまた少し眠気が来ますわね。お日様も暖かい事ですし、お昼寝するのもいいですわね」
窓際からは外の景色がよく見える。
「外に出ると怒る人が居ますからね。生活には困りませんけど少しだけ退屈ですわね」
外を見ると焦って走る人や、子供と手を繋いで散歩をする人、様々な人が流れる映画の様に通りかかる。
「……はぁ、退屈です…わ…ね……」
そう言いながらも意識はしばし微睡みの中に沈んでいった。
―――
「やってしまいましたわ……今日も一日中寝てしまいましたわ」
気が付けば外を見ると空は暗く、住宅街、街灯の光が灯り始めていた。
「うぐっ、最近こんな感じだから、身体に余分なお肉がついてきた気がしますわね」
少し身体をぐるりと回すと動きが少し鈍いと思う。
「あら、帰ってきましたわね」
「ただいまー、あー!お出迎えしてくれたのー?ありがとー?」
玄関まで出迎えると猛烈に抱きしめられる。
「あっ、やめなさい!!このっ、誰が抱き締めていいと……このっ」
強烈なハグから逃げ出す為に暴れる。
「もうー、そっけないなぁ。ムギったら」
誰がムギですか、全くこの人は
「ほら、猫缶買って来たよ!」
「……ダイエット中ですのに……まぁ、食べるんですけども」
皿に盛りつけられて、カリカリとは違った柔らかい魚の美味しいご飯。やはり猫缶という物は美味しいですわね。
「ふふっ、今回のはちょっとお高いいい奴なんだよ。美味しいでしょう」
じっとわたくしの食事を眺めるのを止めなさい、味がわからなくなりますわ。
「ふぅ、ごちそうさまですわ」
「ふふ、満足そうで良かった。テレビでやってたけどやっぱり小さな机に皿を置いた方が首曲がらないからいいよね。食べやすい?ムギ」
「ま、その方がお上品でいいですわよね」
「いいにゃー」
「やめて下さる。バカにされてる気がしますわ。というか、馬鹿に見えますわ」
ソファに座ったこの人の膝に寝転がる。
「ねぇ、聞いてムギ」
「どうせ聞きたくなくても話すのでしょう。あ、そこですわ」
喉を撫でるのだけは凄く巧いですわね。褒めてあげますわ。
「今日、お仕事で失敗しちゃって……」
「毎日言っていますわね。聞き飽きましたわ」
「って毎日言ってるね」
「わかってるなら言わないでくださる?」
「それで上司の人に怒られちゃって……」
「ぶん殴ってやればよろしいのでは?」
「……はー、あそこまでいうことなくない?」
「言い返してやればいいのでは?」
「ムギはいいなぁ。わたしも猫になりたい」
「貴方は猫だったら生きてないですわ」
「……すぅーはぁー」
「どさくさに紛れて匂い嗅ぐの止めて下さる?」
いつの間にか抱きかかえられて匂いを嗅がれていた。
「はー……気持ち落ち着いた。ありがとね。ムギ、いつも聞いてくれてありがとね」
「……まぁ、感謝するのはいいことですわ」
「よし、じゃあお風呂入ろっか」
「いってらっしゃいませ」
「ムギも一緒に!」
「さらばですわ」
さっと逃げ出そうと膝を離れようとしたときにはもう遅いしっかりと抱きかかえられてしまっていた。
「はーい、逃がさないよー」
「くっ、その反射神経が生かせる仕事の方がいいですわよ。それにわたくしはいつだって清潔を保っていますわ」
少し暴れはしたが、もうここで逃げることができないのはもう知っているから大人しくしておく。
「……あれ?ちょっと太ったんじゃない?」
「う、うるさいですわ!出されたものを食べたからこうなっているんですわ!あなたに責任がありますわ」
「~♪」
―――
お風呂に上がるとドライヤーに当てられ綺麗に乾かされれた。
「……風呂は疲れますわ。それにドライヤーはうるさいから嫌いですわ」
「はーさっぱりした!歯磨きもしたし、もう寝よっか」
「わたくしは昼寝したから眠くないんですわ。でも、しかたないですから。貴方が寝付くまで一緒に居てあげても構いませんわよ」
ベッドで横になったこの人の上で丸くなって眠る。
「うぐっ、やっぱり太ったよね」
「しつこいですわ!!」
カーテンも閉め外からの光も入ってこない。蛍光灯の明りも消して真っ暗な闇の中にする。
「……さっきね、猫になりたいって言ったけど。ムギが人間でも良かったんだよ」
「わたくしは嫌ですわ」
どうせ、聞こえては居ない声ではっきりと言う。
「だって、わたくしが人なら貴方のことが心配で仕方がなかったでしょうから」
引きこもり/KAC2021作品「おうち時間」 麻井奈諏 @mainass
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