3月13日 店員の恐怖

私にとって1番怖いのは、お客様を待たせることである。自分が客でも、せっかちな人間で人付き合いなど苦手だからレジはさっさと終わって欲しい。並ぶなど面倒である。レジが遅いとせっかちなおばさんに何度怒られたことか。1年かけて自然と早くなっていった。


並ぶ人数が多いほど、カゴの中身が多いほど、店員が感じる圧は大きい。ときに夢にまで出てくる。


私はドラッグストアの閉店に伴って自動的に解雇になった。経験の年数と、面倒見のいい店長のコネで似たようなスーパーの店員のバイトにありつけた。そんな初日。新人だと愛想がよく見えるのかお客さんが声をかけてきた。Blendyのインスタントコーヒーの場所を聞かれた。前のところだったら即答だったのに、わからない。天井から下がる案内板を目印に探してはみたが店が広すぎる。経験があるとのことで放置状態だった。インカムもない。お客さんは最初はついてきていたがしだいに遅くなり、最後には「もういいよ面倒臭い」といって私はドキッとした。経験が生きない。私は邪魔な店員でしかない……


店内放送でレジ応援呼ばれた。しかたなしに気持ちを切り替えて行こうとレジに走った。すると前のバイト先では見たことなかった大行列を見た。先頭でお待ちのお客様〜などと誘導するが来ない。前から3番目の女性のお客様にキレられた。「あんたさぁ、どれだけ待たせてると思ってるの?こんなに並んでんのに、ありえない!」と。もう帰りたい……声を震わせながら「申し訳ございません」と言って、先頭で待っていたお客様のカゴを運ぶ。お客様は耳が聞こえないといった様子であった。なるほど。レジはスーパー仕様になっているが似たようなもんである。ちょっとバーコードのない商品に手間取ったが魚の図鑑で見た知識をもとに落ち着いて打てた。お客様も新人だと分かった風でスムーズに会計が進んだ。「ありがとうございました、またお越しくださいませ」と明るい声で言ってみたらニコッと笑って声は聴こえているのかわからないが、気持ちは伝わったようだった。いやしかし、ぎょっとした。例の3番目のお客様が次に控えているではないか。「お待たせして申し訳ございません、お預かりします」当のお客様は無言そして無表情だった。こういうときは慎重にテキパキやったほうが良いと考えた。しかし事態は良くない方向にむいている。レジのレスポンスが悪くなってきた。バーコードを読んでピッと音がした後、商品名が出てくるのに1秒ほどかかるようになってしまった。お客様は呟いた「テンポわる!」。「人によってテンポが変わる訳?客によって態度かえてるの?」ズバズバ言ってくる。「そんなつもりはございませんが、おまたせして申し訳ございません……」

5分ほどかかって、ようやく全商品の登録が完了した。そして小計ボタンを押して、レシートが出てこない。「いい加減にしてくれる?」と止まない様子。「本当に、申し訳ございません……」

研修中の札の上に名札がある。そちらをじっと見る。名前を控えたとでも言いたいのか。もういいと言ってレシートは受け取らず、お客様アンケートコーナーに直行していった。


後ろに並ぶお客様も次々に別のレジへと並び換える。自分の無力さを感じる。何も言い返せない。申し訳ございません……。


私は目眩がしてその場に座り込んでしまった。そのまま飛んだ。


連勤の後の夢はいつもこんな。目が覚めてホッとする。大体店が潰れて、転職先で上手くやれない感じの夢を見る。

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夢記録 ゆうひ @pcscmania

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