第三十揺 不撓不屈の兵士達


 反政府組織というのは、世界に多く存在する。


 秩序回復した世界とはいえ、それは完全ではない。悪の巣窟と化し、手遅れになったために秩序回復を放棄された地域だって確かに存在するし、一見平和そうな町の裏側で身の毛もよだつような犯罪が行われているなんてザラだ。故に、世界では反政府組織なんて珍しいものでも何でもない。

 だが、『組織としての強さ』なら、叛乱軍リベリオンは間違いなく、世界でも上位に位置するであろう。

 その強さの秘訣は、人員の『質』と『量』に一因があると言える。つまり、叛乱軍がそこらの反政府組織と一線を画す理由に十分な程、極めて有能な人間が揃っているのである。

『科学界の権威』『奇跡の双璧』『医療界の英雄』『機工の達人』『武の原石』『至高の知能犯』『最強の兵士』―――いずれも、知る人ぞ知る超人であり、叛乱軍の日本支部に在籍する人間だ。本部のアメリカでなく、日本だけでもこれなのが、叛乱軍の末恐ろしいところである。

 そして、その人員の数もまた脅威だ。叛乱軍は大義に悪夢ナイトメア症候群シンドロームの撲滅を掲げているため、目的意識がはっきりしていると同時、その意志に同意する人間が多い。そのため、豊富な人材が手に入るのである。

 犯罪組織といえど、やっていることは世界の人々を病から救う行為だ。悪夢ナイトメア症候群シンドロームを政府が誘発している可能性があることが世間に広まれば、秩序崩壊するのが目に見えているため、その行動目的を発表することは出来ない。が、大義は明らかに叛乱軍にある。情報漏洩を防ぐため、かなり人員は絞っているのだが、それでも世界有数の組織力を持つのが『叛乱軍』という組織であった。

 その存在は、裏世界の人間なら知っている者も多い。


『ブラッドハウンド傭兵団』を束ねる大男、バナード・イーデン・ボイデル。彼もまた、その名は聞き及んでいた。


(叛乱軍…やばいの揃いとは聞いちゃいるが、果たして…)


 予め雇用主の凛から戦う相手を知らされていたとはいえ、その実態はよく知らない。ただ、このスカイフロントに少数で潜入しにくるので迎撃してほしいと依頼されただけで、詳しいところを知らせない代わりに報酬を倍増させるという契約の下、バナードはこの任務に就いている。


(しっかし、やっぱ妙だな…くる相手が少数となりゃ、お得意の警備ロボットでも増やして当たらせた方が安く済んだろ。俺達を雇った金がありゃ、ワンフロアを埋め尽くすぐらいの警備ロボットでも使えたはず…それなのに、俺達を雇った理由はなんだ?)


 依頼主、石見凛の真意を図ろうと思案するバナード。己がスキンヘッドの頭頂部に刻まれた三本の大きな爪傷をポリポリと搔いていると、背中から声がかかった。


「おいおいバナード、また考えゴトか?そんな頭回してたら脳がオーバーヒートしちまうぜ?デコでコーヒーでも沸かす気なら話は別だけどよ!」

「ギャハハ!そいつはいいね!ブルーマウンテンにも劣らねぇ絶品だろ!」

「……なんでもいいけどよ。まだ叛乱軍のカモどもは来ねぇのか?そろそろ退屈で死にそうだ」


 サムいアメリカンジョークが背後からかかり、バナードがうんざりといった感じで振り返る。

 そこに立っていたのは、三人の腕の立つ傭兵達だ。

 猫背で痩せぎすの中東風の男、ガタイのいい色黒の女性、側頭部に蜘蛛の刺青をした白人の男。傭兵団の中でも高い地位にいるのであろう雰囲気を持った三人はそれぞれ武装をし、壁に寄りかかるバナードへと下品な笑いを浮かべる。


「あー?うっせぇよ、お前らみてーにマリファナ吸ってんじゃねぇんだ。ヤクにまみれた脳とは出来が違ぇ。考えることがちげーの、オーケー?戦うことしか頭にねー馬鹿どもは黙って配置についてろ」

「ぎゃはは!ひでー!」


 散々に貶されたにも関わらず、馬鹿の一つ覚えのように笑い続ける痩せぎすの男を見て、ふー、とため息をつくバナード。彼らも戦闘に長けた人間だとはいえ、思慮が浅い人間ばかりなのも確かだ。戦闘前には気持ちを高揚させる目的でマリファナを存分に吸いまくる、という精神の持ち主だけあって、中々に頭のネジがぶっ飛んでいる。

 とはいえ、バナードの命令には素直に従う忠犬だ。命令違反をしないという意味で言えば、かなり有用であると言えよう。自分で考える脳を持たないのは残念なところでもあるのだが。


「さーて、そろそろ戦闘配置から1時間が経つが…まだ奴らは来ねぇのか」


 凛から襲来を予告されたのが二時間前、戦闘配置に急遽ついたのが一時間前だ。それからは何の動きもなく、ブラッドハウンドの傭兵隊達も痺れを切らしつつあった。それはバナードとて同じであったが。



『―――10階より上にいる人間、聞こえているか?情報統制局局長、石見凛だ』



「! 来たな!」


 こうして凛がわざわざ放送をかけたということは、恐らく叛乱軍の人間が侵入してきたのを感知したのだろう。ニヤリ、と醜悪に笑い、今から始まる一方的な殺戮ショーへと想いを馳せるバナード。


 仕込みは万全だ。最新型の武器、配置される警備ロボット――そして凛のサポート。

 ここはスカイフロント、つまり凛の独壇場だ。あれほどのハッカーが攻撃を仕掛ければ電子戦において叛乱軍に勝ち目はないだろうし、暫く耐久すれば叛乱軍の侵入に気づいて編成された外部からの応援が来る。少数で攻めてくる彼らは人員も少なければ、使える武器も少なく、そして時間もない。

 勝利は必然。それを考えれば、なんとたやすい仕事———


(———ちょっと、待て。おかしいだろ)


 舌なめずりをしかけたバナードは、脳裏によぎった違和感に気付く。



(なんで、?)



 現在、戦闘配置についているのはブラッドハウンド傭兵団に属する人間だけ。

 それ以外の戦闘員は一人も見かけていない。明らかに妙だ。


「あの女の直属の部下はどこにいる…?戦闘員を一人も防衛によこさなかったのは何でだ?」


 思えば、おかしなことは他にもあった。


 叛乱軍の襲撃のタイミングが分かっているなら、そのタイミングで予め武装した政府側の人間で警備を固めておけばいいだろう。

 もしスカイフロントに誘い込んで袋叩きにするつもりなら、それこそブラッドハウンドと警備ロボットだけでは足りないのではないだろうか。


 どうせ襲撃に来る叛乱軍についての情報も掴んでいるくせに何も伝えてこないあたり、不明点が多すぎる気が―――



『叛乱軍の諸君。君達が何の目的でこの魔境へと攻め入ったのか…私には、とうに見当がついている。故に、私は提案しよう』



 天井部に取り付けられたスピーカーから聞こえてくる凛々しい女性の声は、その次の言葉で聞くもの全てに衝撃をもたらす。






『景品は私の命…そして、賭けるのは君達の命。さぁ、ゲームを始めよう』






 ***




「では、作戦の事前の確認に入る。我々が今から突入するのは、このスカイフロント第一区の中央に聳え立っている一際大きなビル…特に呼び名はないらしいが、今回は中央管制塔とでも言っておこうか」


 貨物トラックに積まれたコンテナ、その中に集まった叛乱軍屈指の武闘派隊員達は、暗がりの中でオズウェルの言葉に静かに耳を傾けた。

 ロアナの健闘によってスカイフロント第一区へと潜入成功し、変装を解いたロアナと合流したのが先刻のこと。現在は中央管制塔の地下駐車場にて叛乱軍のメンバーを載せたトラックは停止している状況だ。他にも停車しているトラックが多くあるため、上手いことトラック群の中へと紛れられていた。


「中央管制塔は政府側の暗黒面にどっぷりな奴もいるが…一方で、『クレイドル』のクの字も知らないような一般人もいる。一般人も勤務しているのは9階まで、10階からは第一級情報機密区域…つまり、『クレイドル』知る人間のみが立ち入ることの出来る区域だ」


 オズウェルが手元の端末を操作すると、青色のホログラムが空中に投影される。


「これは中央管制塔に潜入中の隊員から送られてきた情報を基に作った、中央管制塔のホログラムだ。完璧とは言わないが、かなり精密に作ってある。別行動開始以降はこのホログラムを頼りに作戦を続けてくれ」


 中央管制塔を模したホログラムは、見たところ17階建てらしい。現在、煌達がいるのが地下3階、最上階が17階だ。つまりは10階から上の8階分が完全な政府側の領域である。


「当たり前だが、10階から上は危険度が跳ね上がる。銃の所持が禁止されている日本だが、そこでは銃の所持と無許可の発砲が許可されているからな。職員と出会えば問答無用で頭を撃ち抜きにくる…つまり、殺しにくる。そのつもりでいるように」


――――問答無用で殺しにくる。周りにいる人間の全てが敵。


 改めて確認したその事実に内心で冷や汗をかく煌だったが、周りにいる幹部達にそんな様子はない。

 至って平静。それが当たり前だとでも言わんばかりにオズウェルの話を聞いている。

 それもそうだ。つい一ヶ月半前までただの高校生だった煌に対して、彼らは叛乱軍として命をかけて活動してきた人間である。生命の危険に晒されようが、動揺する必要などありはしない。

 


「常に念頭に置くべきは、今回の目的は襲撃では無いことだ。我々の目的は石見凛と夜野煌を引き合わせ、寝返りの説得を試みること。二人を接触させる方法として多数考案されたプランだが、最初はプランAで行く。つまり、大規模戦闘は予定しないプランだ。予め立案されていた潜入ルートで各部隊行動しろ」

『『『了解』』』

「部隊は従来通り、5つに分ける。非常時の判断は各部隊隊長の指示を仰げ」


 オズウェルが「従来通り」と言ったのは、叛乱軍の実働部隊は元から五つに分けられているからだ。

 叛乱軍の規模は大きい。故に、組織内でも明確な役割分担が行われている。

 武器を持った戦闘や重要機関などへの潜入調査を行う、叛乱軍の手足となる実働部隊、『戦闘班』。

 敵勢力の情報を奪取・調査・整理し、叛乱軍の全体の行動指針を決める判断材料や重要情報を提供する、凄腕のプログラマー・ハッカーが在籍する『解析班』。

 他にも、戦闘時に有用になる化学物質などを研究して実用化を図る『薬科』、叛乱軍隊員の健康管理を行う人間や戦闘後・戦闘中の治療行為を行う衛生兵の所属する『医科』など。他にも物資調達をする部隊や外部取引を行う部隊などもいるが、戦闘が予想される作戦に彼らが同行することは滅多にない。


 なお、戦闘班は5部隊に分けられており、それぞれに分隊長が存在する。


「よし。では分隊長の確認をする。呼ばれた者は応答してくれ」


 オズウェルがそう言い、部隊長の最終確認を始める。


「『叛乱軍日本支部副隊長』兼『第一部隊分隊長』、ロアナ・マール」

「あいよ」


 反応したのは毎度お馴染み、そばかすの特徴的なブロンドの男勝りの女性、ロアナ・マールだ。タバコの煙を食みながら、ハッキングプログラムの最終調整を行っている。


「第一部隊はロアナを中心とした武闘派の解析班の人間を集めた4人編成だ。夜野煌が最初に同行するのは彼女の部隊だから各自覚えておくように」

『『『了解』』』

「続いて第二部隊だ。『第二部隊分隊長』、シュティーネ・ガイスト」

「はぁい」


 名前を呼ばれ、のんびりとした雰囲気の赤毛の女性が手を挙げる。

 シュティーネ・ガイスト。長髪を三つ編みで一つに纏めた彼女は、その先端をゆらゆらと揺らしながら、へらりと笑って周囲を和ませる。そのほんわかとしたイメージからは部隊長だとはとても思えないが、彼女の白兵戦での強さは煌も知るところだ。

 …修行と称され、この一ヶ月間で何度意識を落とされたか分からない。


「『第三部隊分隊長』、蕪木憲嗣かぶらきのりつぐ

『ほいな』


 機械を通じた音声による返事をしたのは、頭頂部の髪が残念なことになっている初老の男性。モニターの向こう側で骨張った手を振る姿を見せる彼は、年齢もあって戦場で実際に戦うことは無いが、最新型の戦闘用機械やAI、各種武器の使用を主とする第三部隊を率いる立場の人間だ。なお、技術開発部隊の分隊長も兼任している。


「蕪木は通信での作戦参加になる。回線トラブルやジャマーによる通信不可の有事に備え、部隊の中で臨時分隊長を決めておこう。ファブリス、任せられるか?」

「任せてくれ、隊長」

「よし。第三部隊は今回の作戦の中でも機動力の高い戦闘員で構成している。戦闘時には作戦の肝になるだろう。その点を留意しておけ」


 オズウェルの説明通り、第三部隊は分隊長こそ現場にいないのが普通になっているが、憲嗣によって改良に改良を重ねた最新型の武器を備えた部隊であるが故に、戦闘力で言えば、叛乱軍随一の部隊と言えよう。


「次に『第四部隊分隊長』、ルーファス・アイザック・ガーランド」

「えぇ、ここに」

「同じく『第四部隊分隊長』、ロドリゴ・ロチャ・ペリーラ」

『はいよ!画面で失礼するぜ、ボス!』


 第四部隊の隊長として呼ばれたのは、二人の男性。

 ルーファス・アイザック・ガーランド。

 イギリス出身の彼は、まさに英国紳士、といった風貌をしている。鼻下に生えたちょび髭に、左目にかけられた丸型のモノクル。長い手足とやせ型な体型も相まってか、杖とシルクハットさえあれば絵にかいたような紳士の姿をしていると言えよう。

 ロドリゴ・ロチャ・ペリーラ。

 憲嗣と同じく画面越しでの参加となるブラジル出身の彼だが、ルーファスとは打って変わり、低身長の短い手足、黒い肌、おちゃらけた雰囲気など、彼に似ても似つかないような出で立ちだ。

 しかし、彼らは二人一組で隊長を務めるという極めて特殊な立ち位置である。彼らの戦闘スタイルが二人の阿吽の呼吸があってこそのものなので、特例で認められた隊長なのだ。

 また、隊長にのし上がる程のコンビネーションというだけあって、彼らの友情は並大抵のものではなかった。


「おぉ、ロド…暫く君と会えないことが残念だよ…君とは一分一秒でも一緒に居たいんだが…意気☆消沈」

『だ、旦那ァ…もちろん、オイラもさみしいよ…少しの間なら旦那のくれたぬいぐるみで我慢できるから、早く任務を終わらせて帰ってきてくれよぉ…』

「ろ、ロド…あぁ、なんて君は可愛らしいんだ…」

『や、やめてくれよ旦那…みんなが見てるってばぁ…もう…』


 新婚の夫婦か、とでも突っ込みたくなるような雰囲気だが、驚くべきことにこれがデフォである。ピンク色のオーラを醸し出しながら、髭の紳士と色黒の小男は同時に頬を赤らめた。

 友達というよりホモダチ。パートナーというより伴侶。仲間というより半身。

 互いの心を完全に通わせた二人組、ルーファス&ロドリゴ。第四部隊の隊長である。


 人目もはばからずイチャイチャする二人を真顔で暫く見つめた後、無視をしてそのまま点呼を続けるオズウェル。


「『第五部隊分隊長』、エロイ・バレラ」

「いるよー」

「第六部隊『医科』こと医療班の隊長を務める彼だが、今回も特設第五部隊の隊長として作戦に参加してもらう。第五部隊は遊撃部隊だ。所定の位置につかせない代わりに、他の部隊の援護をしながら医療行為にもあたってくれ」


 エロイは医療を専門とする人間だが、その戦闘技術も捨てたものではない。戦闘部隊と医療部隊の分隊長を兼任しているという事実からも、彼の統率力と戦闘の腕前がかなりのものであるということが分かるだろう。


「スカイフロントに潜入する段階、フェーズ1は無事終了した。続いて第2フェーズ、隠密行動により中央管制塔10階に侵入し煌を石見凛のもとまで送り届ける作戦に入る。部隊は二つに分けよう。煌を連れた第一部隊は物資の搬入口からハッキングを利用して侵入してくれ。第二部隊から第五部隊までは別ルート、エレベーターシャフトから侵入をし、エレベーターで行ける10階まで移動する。各部隊、ハッキングの準備をしておけ」


 それを合図と受け取ったのか、解析班に属する隊員達がロアナと同様にプログラムを起動させ、武器を持った隊員が動作の最終確認をする。


「改めて確認しておく。中央管制塔の10階より上のフロアの確認だ。工作員のリークによれば、10階と11階はアーキタイプに接続するための装置とそこに接続している職員がいる。ここでの戦闘は控えた方がいいだろう」

「と、いうと?」

「アーキタイプに接続している、ということは曲がりなりにもクレイドルに接続しているということだと思う。10、11階で暴れて配線を壊し、アーキタイプが崩壊でもしてみろ。そこに秘匿されていた情報も完全にお蔵入りだ。それに、ただでさえ実態の知られていない空間だからな。癪だが、変に触れない方が安全ではある」

「そういうわけで、爆薬の使用も禁止だよ。施設を破壊しないためってのもあるけど、爆音なんか出してたら9階から下にいる一般人に聞かれる。防音はしているかもだが、流石に振動は隠せない。一般人に戦闘していることが知られたら通報されるかもしれない…当たり前だが、アタシ達は通報がもとで外部組織から制圧部隊をよこされた瞬間、万事休すさ。そもそもの目的が戦闘じゃない上に、できても電撃戦の部隊構成だからね。外から無尽蔵にやってこられちゃたまったもんじゃない」


 今回の部隊編成は、各部隊が4人か5人で構成されている。大人数では潜入任務には向かないというので、最低限の戦闘力を発揮できる人数で構成されているのだ。

 故に、大規模戦闘になった瞬間に叛乱軍は不利。特殊部隊を寄こされたら完全に敗北する。

 こんな状態で攻め込まなければいけないぐらい、叛乱軍というのは現状、非常に劣勢な立場なのだ。


「12階から15階までは用途によってそれぞれといった感じだな。特筆すべき点もないが、戦闘員を配置しているのならこのフロアだろう。そして16階だが、スカイフロントのシステムを管理しているコンピューターを設置した情報管理室がある。スーパーコンピューター並みの演算力を備えた中央記憶装置を配備している、スカイフロントの心臓といえる部分だ。石見凛がハッキングで使うCPUもおそらくこれを利用するだろうな」


 凛の使うプログラムだが、彼女の手腕でどれだけ容量を軽くしても量が量だ。凛の生み出した莫大なデータの処理に耐えうるコンピューターとなれば、スパコン並みの性能が必要となるというわけである。


「さて、これで事前確認は終了だ。提示した作戦プランは全員頭に入っているだろうから、確認はしない。疑問点があれば部隊長に聞け」


「最後に」とオズウェルはブリーフィングの締めくくりを行う。各々の作業をしていた隊員も自然に手を止め、オズウェルの方へと体を向けた。


「今回の作戦は…正直言って博打だ。作戦失敗の際には逃走手段にも期待できない。ヘリが回収しに来る予定だが、石見凛相手に逃げられるような隙を作れるとも思えん。『作戦失敗=全滅』だと思え」


 そのオズウェルの言により、空気が引き締まるのを肌で感じた。

 一か八かの大仕掛けに、叛乱軍の誇る幹部戦力が集められている。失敗すれば叛乱軍の力はガタ落ち、再起もかなり厳しいものとなるだろう。

 仮にも反政府組織の一大勢力が立案する作戦ではない。無理がありすぎる、欠点だらけの作戦ではあった。


「―――だが、無謀じゃない」


 しかし、暗雲に包まれている現状に希望の光を一筋差すように。

 オズウェルは、ある可能性を示す。


「作戦通り、…そして各員が十全に力を発揮すれば、勝ち目はある。全てが奇跡的に上手く行けば、我々はこの賭けに勝利し、そして叛乱軍は大きな一歩を踏み出すことになるだろう」


 敵方の情報の機密庫に立ち入り、その核たるものを引き摺り出す。

 停滞した状況を打破し、戦況をひっくり返すための起死回生の一手。


―――石見凛を寝返らせ、悪夢ナイトメア症候群シンドロームの情報を奪取する。


「命を賭して任務を遂行しろ。我々の価値は、この一戦によって定められる」


 退路は阻まれた。進むべき道は限りなく細く、頼りない。

 命の保障は微塵も存在せず、征く道筋は途方もない。


 叛乱軍とて過去に類を見ない程に無謀な作戦でありながら、しかし。

 その場に絶望する者は一人もいなかった。


 そこにいるのは、戦士だ。

 生命の火を焚き、その背に身を潰すような想いを乗せて、反旗を翻した勇敢なる蛮勇の者達。

 己が命を懸け、若者の未来を願い、燃え滾る闘志を以って死地へと踏み出す不撓不屈ふとうふくつ兵士つわもの達。


 不退転の意志を胸に刻み。


 絶望すらも喰らい尽くして。



 そして、彼らは未来あしたこいねがった。





「征くぞ、叛乱軍。不条理を覆す時だ」





 未来を切り開く為。

 降りかかる厄災から大切な誰かを守る為。

 今後の世界で生まれるであろう悲劇を起こさぬ為。

 彼らは今宵、絶望で満たされた伏魔殿へと挑む。


 彼等の名は、叛乱軍。


 誰かの為に闘い、誰かの為に死ぬ、叛逆者だ。





 ***




『こちら、α。ポイント5-Bに到着。エレベーターシャフトより中央管制塔5階に侵入成功。現状、作戦実行に支障はない。これよりポイント5-Sを目指す。先程別行動を開始した別部隊も同様だ。オーバー』

「こちら、β。ポイント5-Eだ。潜入成功。やけに簡単だった。第一区に侵入するプログラムを書いた時の方が遥かにハードだったよ。オーバー」


 耳に装着した小型トランシーバーから聞こえた声に応答するのはロアナだ。交信相手であるオズウェルからのメッセージから、第二部隊から第五部隊が10階のフロアに侵入できたことが分かった。

 現在、物資の搬入口から侵入したロアナ達だが、そこにある人影は一つだけだ。変装した一人の女性、つまりロアナのみである。普通の運送業者の人間に見える格好で、人ひとり入れそうな大きなアタッシュケースを台車に乗せて運んでいる。運送業者のキャップを目深に被りながら、口の動きを隠して喋るロアナ。


『…どう思う』

「間違いなく。罠だよ」

『そうか。


 9階までの大理石を基調とした高級感のあるオフィスとは正反対に、10階は金属壁を基本とする無骨なテクスチャだ。外見無視の機能性のみを追い求めた印象を受けるが、意図的なものだろうか。

 やけに人通りの少ない通路を、無機質な靴音と台車の車輪の音が木霊する。モーター音や換気扇の音はかすかに聞こえるが、やはり閑散としていた。


「…静かすぎる」


 訝しげに眉を顰めながら変装したロアナが暫く台車を転がしていると、ゲートを通り抜けた先の広い空間へと出た。


 そこは、11階までの吹き抜けとなった大きなホールだ。ホールとは言っているが、その中央には圧倒的な存在感を誇るモノが鎮座している。


 黒々とした機体に無数のラインを走らせた高さ10メートルはあろうかという巨大な機械。随所から内包した複雑な機械回路を覗かせる、見るからに異様な物体だ。重々しい機械音と物々しい雰囲気を醸し出すソレは、その大きさも相まって機械の怪物のようにも見えた。形としては、奇形化した大樹に見えなくもないか。


 また、その周辺には等間隔で3メートル大のポッドが所狭しと並んでいる。内部は金の培養液のようなもので満たされており、絶えず泡が下部から上部へと流動しているようだ。ポッドに繋がっているのであろう床に敷き詰められている数多の太いコード、それが集束しているのが中央の巨大な機械なのだろう。


 並び立つポッド、その中にいるのは、もちろん人間。恐らくスカイフロントで勤務する政府側の職員だろう。業務をアーキタイプ側でやっているのだろうか。


(…これが、アーキタイプに接続する装置…?物騒だね…)


 相変わらずポッドに入っている人間以外の人間はあまり見当たらないが、一応警戒を強める意味でキャップを深く被るロアナ。

 監視カメラも勿論あるだろうが、進行ルート上の監視カメラはハッキング済みだ。監視ドローンも各所に飛んでいるが、射角に入らなければどうということはない。巡回する職員が少ないので接敵の心配も薄い上に、ロアナは変装しているので通りすがっても簡単にはバレないだろう。実際、今まですれ違った人間にはバレていない。


「とはいえ、向こうは殺意むき出しの戦闘服だからね。…まぁ、支障がないってんなら大丈夫だろうけど」





 ヴン。ヴン。

 微かな稼働音と共に、天井につけられた監視カメラが内蔵したレンズを動かし、侵入者の姿を捉えんとする。

 しかし、監視カメラにはギリギリ映らない死角から無音で放たれた一発の銃弾には流石に気づけなかったらしい。

 銃弾、と言っても、実弾ではない。粘着性の導体によって作られた特別製の弾丸は、その先端に極小のデバイスをつけている。ハッキング対象となる機械を破壊をしないようにするため弾速こそ落ちるが、監視カメラの死角を狙うには十分。監視カメラに当たると同時、その機体に接着した弾丸は小規模の電磁パルスを発生させ、一時的に監視カメラの機能をダウンさせた。

 技術開発部隊の隊長も務める『第三部隊分隊長』蕪木憲嗣によって開発された、弾丸型ハッキングデバイス。

 サイレンサーを付けた小銃からそれを放ったオズウェルは、監視カメラのハッキングを目視で確認した後、ハンドサインで後続の隊員達に移動の合図を送る。合図で再び動き出した隊員達は、足音一つ立てずに麻痺した監視カメラの下を潜り抜け、着実に歩を進めていった。


 今は既に10階への侵入を果たしているが、先刻までの第二部隊から第四部隊までの動きはこうだ。

 エレベーターシャフトに侵入した後、エレベーターの天井部に載った状態でハッキングを使い、停まる階数を操作。エレベーターで直通しているのが10階までなため、9階と10階の間でエレベーターを止め、同じくハッキングで開けた扉から10階へと侵入。隊員全員が10階へと到達した後、エレベーターのハッキングを解除して通常通り稼働させる。

 流石に20人近くで行動するのはリスクが高いため、4部隊に分かれて行動しているのが現在。騒ぎになっていないあたり、誰も監視カメラに見つかるヘマはしていないと見ていいだろう。


(…!)


 ここまで誰とも遭遇することなく進んでいたオズウェルのいる部隊だったが、曲がり角の先に接敵は免れないであろう二人組の警備員を見つける。二人はオズウェル達に気付く様子はなく、背中を向ける形で歩いていた。

 すぐさま曲がり角の壁に寄りかかる形でしゃがみ、再びハンドサイン。無言で示された隊長からの合図に隊員達は頷き、各自が準備に入る。


 動いたのは、叛乱軍の二人。オズウェルとシュティーネだ。

 一切の気配を消し、風すら起こさずに背後から接近。床スレスレの低姿勢で背後に回ったオズウェルと、高く跳躍して上から迫ったシュティーネ。

 警備員二人が気づいた時にはすでに遅い。目にもとまらぬ速さで首に回された腕が正確に頸動脈を圧迫し、気管を絞められた二人は碌な声も出せずに意識を手放していく。

 裸締め。別名スリーパーホールド。

 背後から回した二の腕で喉を窒息させ、脳を低酸素状態にすることで相手を気絶させる。締め技の中でも代表的とされる技で、比較的短時間で相手の意識を落とせるのだ。

 その秒数、最短3秒。

 そして叛乱軍の誇る兵士達は無論、最短で仕事をこなした。


「a…」


 擦れた断末魔を最後に、警備員二人の意識は落ちる。

 ぐったりと脱力した二人に追い打ちをかけるように、駆け寄った叛乱軍の一人が両手に握った小型注射器を首に打った。

 中身は『薬科』安居院犀花が開発した即効性の睡眠薬だ。一度服用すれば最後、12時間は何をされても目覚めない。効果は憲嗣で実証済みとのこと。

 なんやかんやで実験台にされている第三部隊分隊長。気づけばいつも実験台にされており、何度静止しても犀花はコッソリ薬を盛るのをやめようとしない。いつ副作用で永眠するか分からないので、オズウェルは胃を痛め続けているのである。「寿命的に死ぬのが早そうで、なおかつ死んでも罪悪感を覚えない人間を選ぶのがミソですわ」とは本人談。


 落とした二人を縛り、近くにあった部屋へと引きずり込む。なお、かかっていた電子キーは隊員の一人がハッキングで開けた。

 今回の任務はスニーキングミッションだ。無駄な殺生を控えるというのもあるが、死体の方が後処理が面倒だったりする。銃を使うのはもっての外、血が飛ぶと手間が増える。故に、意識を落として隠蔽する方が楽なのだ。


「それにしてもぉ…こいつら、日本人じゃないね」

「あぁ。骨格的にも外国人…しかも鍛えてる。ここの職員じゃない」

「…もしかしてぇ、あの子の予測…本当に当たってるぅ?」

「当たってなければ困る。それに、この警備の薄さ…確率は高い」

「だよねぇ」


 今回の作戦だが、『ある予測』を骨組みにして立てられている。

 その予測がどれほど当たっているかで任務の難易度が変わる上に、同時に遂行する作戦も変わるのだが…。


 暫く顎に手を当てて思案に耽っていたオズウェルだったが、考えているだけでもしょうがないと結論付け、一旦各部隊の現状の確認をするためにトランシーバーの通信をオンにする。


「αより戦闘員各員へ通達。各自、現状報告を―――」







『10階より上にいる人間、聞こえているか?』








 突如として各階に鳴り響いた、スピーカー越しの音声。


 ――――それは、殺し合いゲームの開始を告げる魔物の声だった。






***************

お久しぶりです、ぽんずです。

前回更新から一か月以上経っている事実に戦慄しております。ゴメンナサイ。

最近になって読んでくださる方がまた増えてきていまして、作者としてもありがたい限りです。それなのに更新をしない、この調味料ときたら…。

更新頻度も出来るだけ上げていきたい…と、先月と同じことを言ってみたり。いやほんと救えないなこの調味料。


p.s.皆様の感想、ものすごく執筆の活力になっています。感想で毎回にやけてます。気持ち悪いですね。でも感想お待ちしてます。

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