第二十九揺 スカイフロント第一区


 だだっ広い部屋に、キーボードを打つ電子音が響く。

 一つの電子音がしたかと思えば、次には三つほどの音が立て続けにくる。少しの隙間も無い音の繋がりは、まるで降りしきる雨音の様だった。

 キーボードを打つ女の顔は鉄の仮面かと思う程に仏頂面で、およそ感情など感じさせないものだ。高性能のコンピュータ顔負けの無感情っぷりで、女は減っては増える膨大なタスクを迅速にこなしていた。


 部屋の電子扉が開錠される音が聞こえたところで、女は手を止め、入ってきた人物へと目を向ける。

 全身に刺青を入れた、2メートルはあろうかという大柄の男だ。男はスキンヘッドの頭に鉢金に見える装備を付けて、肩に背負った愛銃を担ぎ直して入室する。


「失礼するぜっと。…おいおい、まだ仕事やってんのか?そんなシケた面しちゃってさ、綺麗な顔が台無」

「要件を早く言え」

「…せっかちな女は嫌われるって知らないのかね」


 そう言って男が肩をすくめると、呼応するように愛銃も擦れの金属音を鳴らした。

 すっ、と力の抜けた雑な敬礼をしながら、男は雇用主に業務連絡をする。


「ブラッドハウンド傭兵団、総員戦闘配置についた。まんまと迷い込んでくるであろう叛乱軍の奴らを蹴散らす準備はできてる。精々、前払いの報酬分は働かせてもらうとするぜ」

「そうか。特別報酬もある、頼んだぞ」

「まじかよ!太っ腹だな、期待してるぜ?」


 ひゅぅ、と上機嫌そうに口笛を一つ鳴らし、男は踵を返して部屋を出て行った。


「……あぁ。


 ―――あくまで、金を出せば働く道具。

 そう割り切った女は、男の去った後の自動扉を軽く睨んだ。


「…そろそろか」


 カチ、と机にあるスイッチを女が押すと、背後にあった壁が途端に透明になり、照明が落ちる。

 一面ガラス張りの最高階の一室から地上の風景の見渡し、女は嘆息した。

 眼下で煌めくのは、立ち並ぶ数々のビルから溢れ出る照明の光や屋上に設置されているサインランプだ。女のいる一際高いビルを中心にして、放射状に建物が並んでいる。ビルから出入りする自動車やトラックのヘッドライトなども相まって、夜の帷の落ちた人工島は美しくライトアップされていた。


 政府の情報の中枢たる、情報統制局。

 その所在は、東京湾の埋立地の上にある第六人工島、『スカイフロント』の中心部だ。

 スカイフロントは人工島の中で最も規模が大きい。周囲を高い壁に囲まれた、政府完全所有の人工島として設計された設備だ。警備システムも最新技術を多く取り入れており、空中からは無数のドローンが監視を行なっている。

 部外者が侵入するのは至難の業。

 素人に毛が生えた程度のハッカーでは100%潜入できない絶対領域。

 それが、国家レベルの機密情報を保持している第一級機密情報管理区――『スカイフロント』だ。


「さぁ――来い、叛乱軍。お前達の実力を確かめてやる」




 ***




「…ふぁーあ」


 スカイフロント第一区画の出入り口ゲートに、気の抜けた欠伸が響き渡った。


「ちょっと、先輩!そんな、やる気のない…!あぁもぅ、もっと気を引き締めてください!」


 大きなあくびをした中年の上司をとがめるのは、そばにいた一人の若い男性の警備員だ。使命感の強い部下に対し、上司の男は億劫そうにため息をつく。


「うるせーなー、新人はこれだから…。そんなピリピリしたところで意味なんかねーよ。どうせ侵入者なんて来ないんだ…事実、過去十年以上ここが侵入を許したことはねーだろ?」

「そ、それはそうですけど…」


 彼ら警備員二人がいるのは、スカイフロント第一区画のゲート前だ。重厚な壁に囲まれた情報中枢を守る門番として、彼らは二人だけでそこを警備していた。


 スカイフロントは中心部とその周囲を4分割した、計5区画からなっている人工島だ。

 凛のいる中心部のタワーがあるのが第一区画にあたり、故に情報の中枢である第一区画の出入り口ゲートは最も出入りの取り締まりが厳しく、たいていの侵入者はここで潜入がばれて連行されてしまう。

 あらゆる審査を潜り抜け、最後に辿り着くのがこのゲートだ。最後は直接人間が検査をするわけなのである。


「ていうか、前から思ってたんですけど…ここ、侵入者対策に結構重要な場所ですよね?なんでいつも二人しかいないんですか?」


 第一ゲートの前にある検問所、侵入を許さないための最終防衛ラインにしては人員が少なすぎやしないかと疑問に思う新入の警備員に、上司の男はけだるそうに答える。


「あー、そりゃあれだ。必要ないんだよ」

「必要ない?警備に人は必要でしょう?」

「…お前、若いのに価値観は古いんだな」


 心外だとでも言わんばかりにムッとした顔をする部下の男に、上司の男は顔も見ずに答える。


「人間は24時間連続で働くことはできない。休憩とんなきゃ、半日だって厳しいだろうさ。一方、機械は24時間文句もなく働き続けるし、電気さえありゃ動く。臨機応変に対応できないのは玉に瑕だが…俺達の仕事はあくまで警備員。入ってくる奴の規則だけ取り締まりゃいいんだから、複雑化した作業は必要ない。なら、サボりもしないし文句も言わないロボットを使った方が人件費は抑えられるし、扱いが楽だ。…人間の警備員が殆どいないのは、まぁそういうわけだな。

「―――」


技術的特異点シンギュラリティ』、という言葉がある。

 アメリカの発明家であり、当時人工知能研究の世界的な権威であったレイ・カーツワイルが提唱したこの概念は、人工知能が人間の能力を超えた時点、あるいはそれにより人間の生活が大きく変化するという事象を意味している。

 今や人工知能単体のスペックに人間が敵うことは、まず無くなった。人間がコンマ一秒で3×3の掛け算をすることは出来ないし、割算だって同じだ。放射能が溢れる施設内で動き回ることも出来なければ、毒物で汚染された河川の中を泳いでいくこともできない。全てを単体でこなせるわけではないとは言え、人間の能力など人工知能達は当の昔に上回っていた。故に、シンギュラリティの前者部分は既に起こっていると言えるだろう。

 そして後者、『それにより人間の生活が大きく変化するという事象』もまた、現在進行形で起こっているのだ。


「高度化されたロボットは俺達みたいな単純な作業しかしない人間から職を奪っていくのさ。今は保険として人間が気持ち程度に配備されちゃいるが…ま、機械に全部取って代わられる未来も近いってことだ」

「…」


 ―――自分達のような単純なことしかできない人間は、もはや社会に必要ない。

 そう婉曲的に言われたことを察した部下の男は、俯いて口を噤む。その様子を気遣ったのか知らないが、上司の男はわざとらしく大きな声を上げ、ぼやいた。


「あーあ、やってらんねぇよなー。やる気が出ないのも当たり前だ」

「…それは先輩の心の持ち様でしょう」

「あ、ばれた?」


 いたずらっぽく笑う40近くの中年男性に、部下の男は苦笑する。

 そんな雑談をしていると、新たに大型トラックの車両数台がやってきた。閉じられたゲートの前で停車し、運転席の窓が開く。警備員達の検査を受ける手筈になっているので、チェックが必要なのだ。


「機材の運搬でーす。開門お願いしまーす」

「んじゃま、通行証を」


 AI達がこなす検査を潜り抜けてきている時点で、この運搬業者の潔白は証明されているようなものであり、警備員達も検査を行うことになっているとはいえ、その殆どが意味のない確認作業。そのため、課せられるはずの検査はやる必要がない。体裁上、通行証だけ提出をしてもらい、あとは何もせずにスルーさせる。

 それが毎日のルーティン。彼にとって、十年近く繰り返してきた単純作業。何も考えずにこなす、形骸化したタスク。


「はーい、開門しますねー」


 彼の部下も毎日それを見させられているので、注意する気も湧かない。当たり前のように上司が職務放棄するのを受け入れていた。

 開門レバーに手をかけ、最後の砦の扉を開けようとした瞬間。



「―――待て」


「…え?」



 レバーを下ろしかけた部下は、突如静止を命じられて動揺する。

 上司の男は態度を一変させ、トラックの運転席――ではなく、補助席に座る男を見て、眼光を鋭くした。


「…おい、トラックの積み荷を調べろ」

「え?わ、わかりましたけど…どうして急に?いつも通行証だけでパスしてますよね?」

「…深い理由はない。ただ……まぁ、勘ってやつだ」

「は、はぁ……じゃあ、トラックの後ろの扉、開けてもらえますか?」


 腑に落ちない、と言った感じで運転手にトラック後部の扉を開けさせる。運転手がハンドル横のボタンを押すと後部の扉が上に上がっていき、その内部を晒した。部下の男はトラックの中のチェックを行うため、熱源探査機を取り出し、それでスキャンした画像を上司の男に見せる。


「情報秘匿の観点から中を見ないように言われているので直接見ることはできませんが…これ、熱源探査の結果です。中も軽く見回しましたが、どこにも異常はないですね。物体間の不自然な温度差もない…ま、普通のトラックでしたよ。ここまで検査を潜り抜けてきている以上、分かり切ったことではありますが」

「…そうか。いや、ならいいんだ」


 黙って踵を返し、帽子を深く被って控室に戻っていく上官の男。それを唖然と見送ると、部下の男は開門レバーを下ろして、トラックの通行を許可した。

 トラック数台がゲートを通っていくのを確認した後、部下の男は足早に控室へと戻り、上司の男に真意を尋ねる。


「さっきはどうしたんです?らしくもない…いつもならチェックもろくにせずに通しますよね?」


 部下の男が疑問を呈すると、気まずそうにしながら上司の男は呟いた。


「いや……助手席に座ってた若い青年がいたんだが、随分と緊張しててな。しかも、それを隠そうとしているきらいがあった。だから不審に思って調べさせたんだが…ま、杞憂だったな。ただの気まぐれだよ、忘れてくれ」

「…」


 少し寝る、と言い残して男は椅子の上で脱力し、やがていびきをかき始める。それを横目で確認した部下の男は足音を立てないように静かに控室を抜け、第一区内へと繋がる内経路を進んでいった。

 あまり広いとは言えないその廊下で、男は独り言を言い始める。


「―――麻倉和志。広島県出身の43歳。家族構成は母と父、それと歳の離れた妹。未婚の独身男性で、都内に一人暮らしをしている。勤務態度は不真面目、だが無駄に能力が高いために解雇はされずに済んでいる模様。月曜日と金曜日に第一ゲートの警備を担当しており、配置される警備員の中では最もセキュリティが甘いため、この人物が警備を担当している日を作戦決行日とする…って話だったけど」


 誰もいない物静かな廊下で、男は――否、は一人で歩いていた。


「まさか勘付かれるとはね、驚いたよ。アタシが念のために潜伏していなかったら、自分で中をチェックされて終わりだった。まぁ、予防線を張っといてよかったって話だね」


 顔につけた人工皮膚のマスクを引きはがし、口内に仕込んでいた変声器を取り出す。

 被っていたカツラを脱ぎ去り、ブロンドの髪をウィッグから解放すると、そばかすが特徴的な男勝りの女性が姿を現した。


「安心しな。確かにロボットに休暇は必要ないし、処理速度も速いけど…それでも、アタシ達が難なくここまで来れたのは、警備がロボットだったからさ。機械相手ならハッキングを仕掛ければ騙し抜けるけど、人間相手じゃそうはいかない。事実、アンタは機械どもが気づかなかった不審点に気づき、勘で侵入者を発見できたじゃないか。もし、アンタが自分で積み荷を確認してたら…まぁ、結果は違ったんだろうね」


 警備員に扮した叛乱軍の女、『副隊長』ロアナ=マールは、ハッキング技術を駆使し第一関門をあっけなく突破して見せた。そして、機材搬入に紛れて侵入した仲間たちと合流するために歩き続ける。


「誇っていい。取って代わられたりなんかしない―――アンタは、AIよりも価値がある人間さ」


 かくして、叛乱軍は電子の魔物が支配する伏魔殿へと足を踏み入れた。


 そして、人工島の長い夜が始まる。




 ***




「まずは第一関門。石見凛がいるであろう、スカイフロント第一区。ここに侵入するためには、まず第一ゲートを潜り抜けなければならない。周囲は防御壁に囲まれている上、防御壁を登った所にもセンサーがびっしりだ。登るのは現実的じゃない…よって、正攻法で侵入することにする」


 作戦決行前日。

 叛乱軍の幹部を集めて作戦立案室で開かれた最終会議、そこで叛乱軍『隊長』オズウェル・キルガーロンは淡々と作戦の確認を行っていた。


「スカイフロント第一区に勤める人間以外だと、第一区に侵入できる人間は限られる。出入口はたった一つだけ…機材搬入やら必要物資の調達やらをしなければならない時は、この第一ゲートを使うようだ。当然のことだが、同時に厳重な検査体制も敷かれてる。搬入御者一人一人の身分確認と本人確認、危険物の手荷物検査、積み荷のチェックと他にも検査項目が勢揃い。だが幸いなことに検査は殆ど警備ロボットやAIが行う。そこで、ロアナ。これらをハッキングするプログラムを予め作っておいてほしい」

「予め?その場でやった方が手間が掛からないんだけど」

「念のため、最終チェックの場に潜入してほしい。最後だけはチェックを行うのが人間でな。チェックが甘い時間帯を狙うつもりだが、万が一に備えたい。変装した上で潜り込んでくれるとありがたい」


 オズウェルの命令にロアナは深くため息をつき、「こりゃ今夜は寝れないね…」とロアナは自身の多忙さを嘆いた。

 情報統制局の警備プログラムに関しては、殆どに凛の手がかかっている。量産型の警備AIとはいえ、凛の手が少しでもかかった物はハッキング難易度が一段上のレベル帯にシフトされるため、ロアナぐらいの凄腕ハッカーでなければ警備プログラムを完全に出し抜くハッキングプログラムを書くのは難しい。他の作戦でも使うハッキングプログラムの調整もあって、副隊長であるロアナの忙しさは天元突破しかけていた。


「とはいえ、仕事量が仕事量だ。全部をハッキングしろとは言わない。ハッキングがなくても突破できるセキュリティは無しで行こう。武器はトラックの運転席後部にポケットを作って鉛製の壁の中に詰めておけば、それでトラックに対する簡単なX線検査は凌げる。機密性の観点から積み荷の中まで検査されることはないだろうが、熱源探査ぐらいにはハッキング無しで対応しておきたい」

「対応って、どうするんですぅ?」


 机に突っ伏して聞いていた赤毛の女性、『第二部隊分隊長』シュティーネ・ガイストはオズウェルにそう尋ねると、オズウェルは扉の方を見て小さくつぶやいた。


「そろそろ来るはずなんだが…」


 そういった瞬間、扉からノック音がし、やがて一人の男性が入ってくる。


「隊長、お待たせしました」


 電子音と共に現れたのは、長身の黒衣姿の女性。レースのあしらわれた黒ドレスをひらつかせ、オズウェルの下に歩み寄っていく。片手に大きな箱を携えて静かに歩く姿は、清貧な大和撫子のようでもあり、同時にその服と相まって、夫を若くして亡くした未亡人のようにも見えた。


「ようやく出て来たか。ここ二ヵ月実験室から出てこないから無事か心配だったよ」

「あら、ちゃんと電子メールには返答していたでしょう?勝手に死なれたと思われていてのは心外ですわね。この犀花、理想のショタと想いを遂げるまで死ぬことは出来ませんわ」


 クスクス、と口に手を当てて上品に笑う女性。

 妖艶な雰囲気を纏う彼女の気に当てられ、その場にいた男は全員が鼓動を早くし――


「いや待って最後なんて言った?」

「君は直接会うのは初めてだったな。改めて紹介しよう。彼女は安居院あぐい犀花さいか。叛乱軍第七部隊『薬科』の分隊長を務める才女だ」

「あら、才女だなんて恥ずかしい…でもごめんなさい、私のストライクゾーンは13歳までの男児だから、隊長はオーバーエイジなの」

「とまぁ、例によって変態だ。そのつもりで接してくれ」


 頬に手を当てて平然とショタコン発言をしてのける薄目の女性、安居院あぐい犀花さいか

 幹部とくれば変態しかいない叛乱軍の幹部を目の前にし顔を引き攣らせる煌だったが、煌の視線を感じたのか、振り返った犀花はまたも妖艶な笑みを浮かべて煌に近寄った。


「貴方が夜野煌君ですわね。お初にお目にかかります、安居院犀花です。普段は薬の研究に没頭しているから全然外には出てこないけれど…たまに仲良くしてくれたら嬉しいわ。よろしくね」

「え、あぁ…よろしくお願いします…?」


 意外にも礼儀正しく、変態さを一切見せない犀花の姿に一瞬困惑した煌だったが。


「あの…距離が近いんですが…」


 瞬く間に煌の顔の目の間に迫った犀科が、鼻筋の通った美しい顔を近づけ、長い睫毛を上下させる。

 何度も小さく頷きながら煌の顔を舐め回すように見る犀科。その顔が振れる度に香水のシトラスの香りが鼻を突き抜け、煌は顔を赤面させた。


「うん。実にいい。私の許容範囲は13歳までだと高を括っていましたが…これは世界が変わりますわね。雰囲気こそ殺伐としていますが、私好みの美少年です」

「あ、あの…?」

「貴方さえよろしければ、どうです?一度、私の所に―――」


 煌の顔に手を添わせて、頬をやや赤らめて口に曲線を描いた犀花だったが、その言葉は半ばで突如入った横槍に邪魔される。


「やーめておけ、小僧よ。その女は性癖を拗らせたアラフォーの行き遅れ女じゃ。婚期逃がした悲しさをうら若き少年に向けて発散させようとしているだけの情欲を持て余した変態ゆえ、相手にしない方が吉じゃよ」


 ほほほ、と笑う白髪の翁―――『第三部隊分隊長』蕪木憲嗣かぶらきのりつぐは、目をぎらつかせた犀花によって空気が冷ついたのに気づかない。


 ほほほ、と笑い続ける憲嗣の口に一本の薬瓶がまで、大した時間はかからなかった。


「ほべぇっっっ!?」

「「「の、のりつぐ―――っ!?」」」


 口腔内に薬瓶をぶち込まれ、白髪の老人は吹っ飛んだ。勢いそのままに椅子から転げ落ち、口から割れた薬瓶とその中に入っていた謎の液体、そして泡を吐き出しながら、白目を剝いて気絶する。凄惨な現場に駆け寄ったシュティーネが憲嗣の体を持ち上げ、首元に手を当てた。


 そして、愕然としながら衝撃発言をする。


「し、死んでる……っ!?」


 途端、ざわつく作戦立案室。


「な、なんだって…?!」

「残念な話ですな…」

「ノリツグが死んだ!この人でなし!」

「蕪木…まぁ、いい奴だったよ」


 ここぞとばかりに思い思いのネタをぶっこんでくる幹部達だったが、青ざめた顔でシュティーネが続ける。


「い、いや…ネタじゃなくてぇ…マジで死んでるんですぅ…」

『『『…え?』』』


 完全に固まった空気。一人だけほくそ笑む黒服女性。眉間を抑えてため息をつく纏め役。


「あー…その薬が今回の侵入でキモになる」

「この毒薬が?!」

「本当に死んでいるわけじゃない。それは犀花に頼んで作ってもらった、一時的に人間を仮死状態にする薬でな。仮死状態になって一、二時間程度で息を吹き返す手筈になっている」

「……老い先短い人生でしょう?別に、今死んでしまっても何の問題もないと思うけど」

「やめろ…頼むから生き返るって言ってくれ…!」


 悲鳴のような声で犀花を見るオズウェル。胃がキリキリいっているのが幻聴で聞こえた気がした。


「えー…まぁ、そういうことだ。トラックに乗った際、全員がこの薬を服用する。一時的に仮死状態になるため、体温は自動的に下がる。これで金属探知にかからないまま熱源探査を潜り抜けられるはずだ。最年少の夜野煌は、後遺症を考えて変装で潜り込ませる。IDや個人情報も偽の物を用意しておこう」


 ゴホン、と咳ばらいをし、オズウェルは侵入作戦の第一フェーズを説明し終える。


「以降の作戦確認は…憲嗣が復活してから開始しよう。とりあえず、現段階での作戦説明はここまでだ。各員、それぞれの業務に戻れ」




 あの説明の通り、叛乱軍の少数精鋭メンバーはオズウェルの作戦通りに誰にも気づかれないまま侵入を成功させ、そして時は現在に戻る。


「ふぅ…これで、一件☆落着ですな」


 隣で運転手に扮している叛乱軍の幹部の一人が、少しだけ胸を撫で下ろしてそう言った。


「すみません、多分、気づかれかけたのは俺の責任です。さっき、あの警備人と目が合った。ロアナが助けてくれなかったら―――」

「いえ、それに関しては君が責任を感じることはありません。あの警備員の勘の鋭さを度外視していた我々の失態ですとも」


 先ほどの運転手の口調からは打って変わった紳士な口調を崩さないまま、隣に座る男性は煌のフォローをする。


「それより、見てください。ついに、辿り着きましたよ」

「…!」


 第一ゲートを潜り抜け、地下道の道路をトラックで走ること数分。

 地下道の出口から零れ出る光へと向かい、やがて魔宮がその姿を現す。


 立ち並ぶ高いビル群。電灯の光によって暗いところがないほどに照らされたビル街の通り。行き交うスーツ姿の人々に、巡回するドローンと警備ロボットの数々。


 ―――そして中央に聳え立つ、ひと際大きな高層ビル。


 スカイフロント第一区、潜入完了。

 現時刻、一九〇〇。

 機密情報の集まる不夜の街にて、叛乱軍作戦開始。

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