コントラスト

いもゆ

前篇

○暗転


「わたしの正義はなんだろう!どう見てもわたしは燃えあがり、燃え尽きる者では無い。だが正義の人は、燃え上がり、燃え尽きる者だ!」ニーチェ『ツァラトゥストラはかく語りき』より


○公社ビルの中(夜明け)

   オリーブ(17)、床に座って冷たい紅茶を啜る。

   アクアとオリーブの写真を目にして息を付く。

オリーブ「この街は…奇妙ね、何もかも…」

   携帯電話が鳴り電話を取る。

オリーブ「(無機質に)はい」

ウオータ(63)「オリーブ、ストリートの幹部を殺せ。詳細は送る。以上だ」

オリーブ「了解です。ウオータ副警備長」


○スピーゲルの壁

   オリーブが壁を越える。


○北ブロック、6階立てヤク栽培マンション郡のマンションの一つ、屋上。

   オリーブ、スナイパーライフルを組み上げる。スコープの度を調整し、対象の住まう向かいのマンションへ銃口を向ける。

オリーブ「…あれ、(驚いた声で)居ない!?」

   ストリート・バックのギャングたちの足音が背後から聞こえてくる。

オリーブ「クソ…!」

   スナイパーライフルを背中に背負い、ロープを使いマンションを飛び降りて3階に降りる。

   拳銃を持ち、部屋を通って廊下を走る。

オリーブ「ハァ…ハァ…情報が漏れたの!?いや、そんなまさか…それとも…」

   階段を下り2階に出る

オリーブ「ウオータが…私を謀ったのか!?」

   外に出るも待ち伏せしていた3人のチンピラ共に追いかけられる。オリーブ、転んだことで追い詰められる。

オリーブ「お前ら何故私を!」

チンピラ1「かわいそうにな、裏切られてよぉ!」

チンピラ2「この町スピーゲルを牛耳るストリート・バックの幹部を公社のお澄ましお嬢さんが狙おうだなんてな」

チンピラ3「バカ勇気が仇となったわけだ!コレまでお前達に殴られた分の三倍は殴り返してやるぜ、鉛玉でな!」

   チンピラらが銃をオリーブに向ける。

オリーブ「(呆れた様に早口で)お前達が先に蹂躙してきたクセに…!」

チンピラ達、揃ってイラつく。

チンピラ2「なんだと!」

   直後、3人のチンピラが後ろからサラドに撃たれる。

   リボルバーの再装填しながら歩いてくるサラド

サラド(31)「子曰く、巧言令色鮮し仁(こうげんれいしょくすくなしじん)ってね」

オリーブ「…だ…誰?」

   オリーブ、起き上がる

サラド「(皮肉っぽく)私?誰だろうね?多分貴女のお友達」


○タイトルロゴ


○マンションの屋上

   ココナ、瓦礫に座ってタバコを吹かしている。

   タバコを捨てて立ち上がりため息を漏らす。

ココナ「サラドったら…」

   あるき出す。


○ストリート・フィルのシマ。寂れた商店街。(朝)

   オリーブ、寂れた商店街のコンクリートの上で目覚める

オリーブ「ん…」

   隣に座っていたパームがオリーブの目覚めに気がつく。

パーム「マットレスが恋しいか?公社のワンワンがよ」

   オリーブ、立ち上がり、空を見上げる。

オリーブ「ここは?」

パーム「ここ?ここか?(バカにしたように)地獄じゃねえかなぁ」

オリーブ「確かに、血の池地獄ぐらいはありそうね」

   つっけんどんな様子でオリーブが言う。

   パームが鼻で笑う。

パーム「ふん、言うじゃねえか。…ここはストリート・フィルのシマさ。お前が銃口を向けたストリート・バックとは敵対関係だな」

   オリーブ、パームの方に向き直る

オリーブ「ストリート・フィル?ストリートに分派が居るだなんて聞いたこと無い」

サラド「フィルはバックの影に上手く隠れているからね」

   サラドが路地裏から出てくる。

サラド「よく眠れたみたいね」

   オリーブ、パーム、サラドの方を向く。

オリーブ「貴女は…」

   サラドは二人に歩み寄る。

サラド「私はサラド。お散歩中のサラドよ」

   オリーブがサラドに歩み寄る。

オリーブ「サラド…さん。助けてくれてありがとう」

   サラドは控えめに笑う。

サラド「一日一善、昨日は十善ぐらい積んだから一週間ぐらいはサボれるわ」

パーム「お前が善人ぶるだなんて、明日は雨か?」

サラド「雨は好きよ。シャワーが要らないから」

オリーブ「…貴女たちストリート・フィル…公社からそんな勢力聞いていないのに」

パーム「そんな事も知らねえのか?」

オリーブ「そもそも私がこの街に来たのはほんの最近よ」

サラド「うーん」

   サラドが考えるフリをする。

パーム「へっ、わざとらしいぜ」

サラド「お散歩、どうかしら」

オリーブ「(不意を付かれた様に)え?」

サラド「歩きながら話しましょう?」

オリーブ「え、ええ、…そうしましょう」


○居住マンション群、地上

   サラドが先に歩きオリーブはそれに付いていく。

サラド「朝は空気が美味しいね」

オリーブ「空気は何処でも美味しいですよ」

   サラドが立ち止まりオリーブの方を向く。オリーブも立ち止まる。気まずい空気が流れる。

サラド「…この近くにあるケバブの店、美味しいよ」

オリーブ「え、あ、そうなんですね?」

サラド「食べる?」

オリーブ「いえ…今はあまり食欲が無くて」

サラド「奇遇ね、私もよ」

   サラドがあるき出す。

オリーブ「分からない人だなぁ…」


○同、屋上。

   屋上をオリーブ、サラドが二人で歩く。

   マンション屋上には八百屋や魚が売られている屋台が並んでいる。

   遠くには公社のビルとバックのシマであるヤクを栽培しているマンション群とそれらを区切るマンションより高い壁が見える。

オリーブ「居住マンションの屋上に市場が?」

サラド「この街スピーゲルは鉱山労働者の居住区が発展して出来た街だからね。普段地下ごもりでお仕事だから、広い空を求めた結果意識してかしないでか…ってトコだろうね」

   街の方へ向き、サラドが柵にもたれ掛かる。オリーブも立ち止まる。

サラド「まぁ、その鉱山労働者も資源の枯渇でみーんなクビになっちゃったけどね」

オリーブ「クビ…」

サラド「公社じゃ、この街の歴史をどう聞かされているのかな」

   柵にもたれながらオリーブの方を向く。オリーブは近くにあるタイヤに腰を付く。

オリーブ「…労働者の集団辞職に伴ってスピーゲルの治安は急速に悪化…それで「ストリート」と呼ばれる貴女達ギャングが産まれて街中をめちゃくちゃにした、その驚異から守る為に公社が南北を隔てる壁を作った」

サラド「うん、百点。でもこっちでは二百点満点なの」

オリーブ「それはどういう」

サラド「壁を作ったのはストリートなのよ」

オリーブ「あんな立派な壁、ぽっと出のギャングどもが作れないわ」

サラド「最初はトタン板程度の壁だったのだけどね。その後公社が壁を補強した」

   オリーブ、溜息をついて興味を無くすようなそぶりをする。

オリーブ「ほとほと眉唾な話ですけど」

サラド「信じられない?」

オリーブ「当然ですよ。」

   サラド、オリーブに向いてクスッと笑う。

サラド「私もよ」


○同、チャイ店

   二人共カップのチャイを飲んでいる。

オリーブ「親通いの話なのね」

サラド「50年前ぐらいの事だからね」

   オリーブが一口飲む。

オリーブ「まぁつまり…話が本当だとしたら私はスピーゲルをめちゃくちゃにした公社、敵(かたき)のイヌって事?」

   サラドが一口大きく飲む。

サラド「甘いなぁ」


○マンションの階段

   二人共階段を下っている。

サラド「もう半世紀前の話、敵だとか何だとかもう皆気にしてないの」

オリーブ「そう?意外…」


○人気の無い小さな通り

サラド「壁を作ったちょっと後、ストリートの頭と公社のネゴシエーターが秘密会談を行って相互不干渉の協定を結んでから公社からの侵略は無くなったからね」

オリーブ「公社が応じた?珍しい…」

サラド「うん、そうだね」

   路地を抜けるとヤク栽培マンションが見える。二人共立ち止まる。

オリーブ「ここは…?」

サラド「ストリートフィルが所有している数少ないヤクを栽培しているマンションの一つ。そして貴女の隠れ家」

オリーブ「隠れ家…」

サラド「さっきの話は北区の人間達やストリートフィル、私達側のお話だけど貴女が昨日窓を鉛でノックしようとした部屋の主はストリートバックの幹部。バックの主なる資金元は公社が鉱山労働者の為に建てた居住マンションで栽培されてるヤクなんだけど、それを捌いて金にする超重役ね」

オリーブ「そんな大物をどうして私に…(自嘲気味に笑う)いや、だからこそ私にやらせたのね」

   サラドは鼻で小さく笑う。二人はマンションに入る


○マンション廊下

二人は廊下を歩く

サラド「そんな感じで公社はストリートの分裂後、バックをチマチマと針で獣をつつくように幹部を殺してるの。ストリートの増長を防ぐ為にね。だから彼らに限っては公社に対して恨みでべっちょべちょなのよ。貴女がまだスピーゲルに居ると知ったら奴らは血眼で殺しにくるでしょうね。」

エレベーターの前に着く。

オリーブ「私はスピーゲルを出ようと思っていたのだけど…(気まずそうな顔)」

エレベーターが開く。

サラド「おすすめしない。貴女がまだ公社に殺されていないのは表向きとしてストリートと公社との相互不干渉協定があるからよ。」

オリーブ「部隊を出して私を捜索出来ないのね」

サラド「そう、でもスピーゲルを出てしまうと貴女と協定とは関係が無くなる。貴女は一瞬で公社に見つけられ、別なヒットマンに適当な理由で風穴を開けられる」

   サラド、うつむく

サラド「この街は汚れた無菌室なのよ」

オリーブ「で、でもどうして貴女は私をそこまで…?」

サラド「面白そうだから」

   サラド、扉の前で立ち止まる。

オリーブ「え?」

サラド「人生は楽しまないとね」

   サラド、扉を開ける。


○隠れ家

オリーブ「その、なにか対価みたいなモノは無いんですか?」

サラド「うーん、直に分かるよ」

   オリーブ頭を抱え困惑する。

オリーブ「えっと…その…ありがとうございます…?」

   サラド、笑う。

サラド「…名前は?」

オリーブ「オリーブ。」

   サラド、不思議そうな顔をする。

サラド「…ふぅん…じゃあ今夜は靴を履いて寝る事をおすすめするよ」

オリーブ「え?」

サラド「じゃあ、また明日来るから、それまでゴロゴロしてて。」

オリーブ「え?ちょ、ちょっと」

   サラド、退室する。追いかけて部屋の外を見るとサラドはもう居ない。諦めて部屋に戻る。

オリーブ「頭がごちゃごちゃする…」

   扉が衝突に開く。

サラド「あと、」

オリーブ「(驚いた感じで)はい!?」

サラド「敬語は、ナメられるよ?」

扉がゆっくりと閉まる。


○マンション廊下

   サラド、エレベーターを降りると操作パネルを拳銃で破壊する。

   サラド、ため息をつく

サラド「これは、何が起きてもおかしく無いか…」

   パームが歩いてくる。

パーム「何を企んでやがる?」

サラド「…何って?」

パーム「人助けって柄じゃねぇだろ。虎がウサギに餌を分け与えるだなんて、不可解を通り越して滑稽だ。ストリートの分裂騒ぎからまだ5年も経っちゃいないってのによ」

   サラド、腕を組む。

サラド「(一息付く)面白そうだからよ」

パーム「は?」

サラド「彼女…オリーブは、この汚れた無菌室のガラスにヒビを入れてくれるかもしれない。そろそろ私は、この街に飽きそうで怖いんだ」


○公社ビル執務室(夜)

   アクア、窓に向いている。

   机の固定電話が鳴り、アクアが取る。

秘書「アクアさん、ヒットマンのオリーブを発見しました。」

アクア「ありがとう」

秘書「本当に宜しいのですか?北区域での大掛かりな捜索、監視行為、相互不干渉協定に違反する行為ですよ?ストリートに気取られたら危険です」

アクア「クドいですよ。連絡により状況は変わりました。最早彼らに施す礼儀は必要無いでしょう」

秘書「それは…つまり?」

アクア「部隊AS19(アイエスワンナイン)を向かわせてください。」

秘書「表立って攻撃を?相互不干渉協定を反故にするのですか?」

アクア「破棄します。協定とはメリットと義理の兼ね合いであり、我々にとって今やそのどちらも存在しない」

秘書「しかし…AS19とは…」

アクア「それに私…いえ、公社としても状況が変わっています。大丈夫、考えあっての対応です。部隊の出撃を手配して下さい。これは公社スピーゲル支部警備長官としての命令です」

秘書「…了解しました。手配致します」

   電話が切れる

   アクア、再び窓を向く。

アクア「(落ち込んだ声で)多分、間違えてるんだろうな…」


後編へ続く

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