ⅩⅩⅨ 旅立ちの支度(2)

「――それじゃあ、キッドマン、いよいよ船出といくよ……よーし野郎ども! 準備はいいかあーっ!? 出発進行―っ!」


 新たなレヴィアタン号の操舵輪の前に立った僕は、手にしたキッドマンの〝眼帯〟に語りかけた後、彼を真似て仮の・・乗組員達に号令を下す……。


 この眼帯は、さすがに一つぐらい形見分けにもらっといてもいいかな…と手元に残したものだ。それ以外の衣服や帽子、カットラス、短銃なんかはすべて一緒に海へ沈めてしまったから、ほんとにこれが唯一の形見である。


 彼の遺体は他の亡くなったみんな同様、この岬へ逃げてきた直後に〝水葬〟にして弔った。僕一人でみんなを埋葬するのはちょっと無理だったし、〝海に生きた〟海賊達ならば水葬にした方がお似合いかな? と思ったのだ。


 全員の水葬を滞りなく終えた後、「あれ、でも、これってけっきょくサメの餌になるような……」という考えがふと頭を過ったが、ま、気にしないことにしよう。


「すべての帆を張れーっ! このまま全速前進ーん!」


 操舵輪を小刻みに操りながら、さらに僕は船長らしく、仮の・・一味の者達へ再び檄を飛ばす。


 ああ、一応、船長となったので、服装もそれなりのものへ変えようと思い、セーラ姐さんのおともでよく行った、仕立て屋もしている島随一の宝飾店〝グレゴリ〟で黒いジュストコール(※ジャケット)にフードを付けた特別仕様のものを作ってもらい、また、以前かぶつていた〝ウィッチハット〟を三角帽トリコーン風に改造して愛用することにした。これなら魔術の儀式でもそのまま使えるし、ちょっとは海賊のお頭っぽく見えるだろう。


 それから、合わせて儀式用の短剣ダガーも海賊風にしてみようと思い立ち、生前、サー・ウィリーが贔屓ひいきにしてた鍛冶屋〝スミス&ウィルキンソン〟に依頼すると、把手とってにカップ状のナックルガードが付いた、カットラスみたいな見た目に改造してもらった。ちなみに中身は短剣だけど鞘だけはカットラス並に長いという、腰に下げていればそれなりに見える、重たい剣の使いこなせないヘタレな僕にぴったりな仕様にもなっていたりする。


 そんな、形から入るタイプの僕を船長に、トリニティーガーを発った新生レヴィアタン号は、船乗りとしての腕は確かなゴロツキ達の働きと、僕の召喚したヴェパルなど海や天候を司る悪魔達の加護もあり、処女航海にしてはたいへん順調に大海を渡り切ると、無事、エウロパへと到着した……。


「――うーん……思えば戻るのは四年ぶりか。この感じ、懐かしいな……」


 久方ぶりに帰ってきた旧大陸は、さんさんと降り注ぐ柔らかな日差しも、船上を吹き抜ける穏やかな海風も、やはり新天地のものとは違い、無性に懐かしい感じがする。


 だが、反面、今、目の前に広がる大きな港町の風景は、まったく僕には馴染みのないものだ。


「ここがガウディールか……さすがは大帝国一の港、ずいぶんと栄えてるようだ……」


 僕が目的地に定め、寄港したのはエルドラニア王国最大の港町ガウディールだった。


 祖国スファラーニャを滅ぼされてこの方、王家の血を継ぐ生き残りとして命を狙われる可能性もあったし、新天地へ渡る以前からずっと避けていたので、エルドラニア王国領内へ入るのからしてこれが初めてである。なのに寄港地をここに選んだのは、やはり新天地と旧大陸を結ぶ航路のエウロパ側の窓口に位置しており、エルドラニアも国を挙げて開発に力を注いでいるため、桟橋などの港湾施設もよく整備されていて何かと便利だからだ。今となっては命を狙われることももうないだろうし、そんな警戒する必要もなかろう。


 それでも、海賊船とわかればそれはそれでマズいので、波止場の一番隅っこの方のあまり使われずに目立たない場所にレヴィアタン号を泊めると、悪魔フォラスの透明になる力で魔術をかけ、加えて同じく透明になる効能を持った『ソロモン王の鍵』にある太陽第六のペンタクルをも貼りつけて二重、三重の備えをした。


 たとえ悪魔の力といえども時間の経過とともに弱まっていくものだが、ここまでしとけば、まあ一年くらいは大丈夫だろう。


 また、船を動かすのに協力してくれていた仮の・・乗組員の皆さんは、主天使の王パイモンによる〝絶対服従〟の魔術を解き、後は各々自由にするよう、この地で全員解散とした。


 トリニティーガーで人員を集める際、「旧大陸へ戻りたい、もしくは行ってみたい」という海賊やゴロツキに限った理由はまさにここにある。その意思がないのに、遥か西の大海の反対側にまで連れて来ておいて、そのまま放置というのはゴロツキといえどもかわいそうだろう。


 では、なぜそのまま彼らを正式な一味の仲間にしなかったかといえば、僕のやろうとしている海賊が極めて特殊だからだ。


 僕の作ろうとしているのは普通に金銀財宝を奪う海賊ではなく、〝魔導書のみを専門に狙う海賊〟である。なので、ただ欲望に忠実なまっとうな海賊では用をなさないし、そもそも方向性が合わないだろう。


 少なくとも、僕と同じ〝魔導書の禁書政策に反抗する〟という意思を共有する者でなくては……。


 それに、武術だったり火器の取り扱いだったり、もちろん海賊稼業を行うにあたっての能力も重要だ…て、そっち方面がまるでダメなおまえが言うなって感じだが、航海術や魔術、船医の役目は僕が受け持つんで、その他の実働部隊としての力も欲しいところである。


 まあ、そんなわけで一味に加える者は自然と限られてくるため、今後は少数精鋭でいくことに決め、それ用にレヴィアタン号の操船システムも改良したというわけだ。


 じつを言うと、わざわざ僕がエウロパくんだりまでやってきた理由もまさにそこにあったりする。つまり、これよりエウロパ世界の各地を巡って、新たな一味の団員をスカウトするのがこの旅の一つの目的である。


 比較的自由な気風のある新天地よりも、プロフェシア教会の影響力が強く、教会や各国王権による禁書政策がいまだ厳格なエウロパの方が、僕と同じような境遇にあり、僕の考えに共感してくれる者も見つかるんじゃないかと思ったのだ。


 それからもう一つ、国や教会の図書館の奥深くに秘蔵されず、いまだ在野に眠っている希少な魔導書をついでに集めて廻るというのも、今回の旅の主な目的である。


 エルドラニアが新天地へ運んで来るのを奪うより前に、そうして手に入るものもあるかもしれない……それをもとに写本を作って広く世に配布すれば、多少なりと禁書政策に抗することができる。そうやって、徐々にこの悪法による体制の崩壊を目指していくのだ。


「さてと。昔のように旅の医者として、まずはエルドラニア領内でも廻ってみることといたしますか……」


 そして、イサークと旅していた頃みたいにウィッチハットと黒マントの姿に着替えると、僕はガウディールの港を後に、再び独り放浪の旅を始めた――。

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