ⅩⅩⅨ 旅立ちの支度

ⅩⅩⅨ 旅立ちの支度(1)

 トンカン、トンカン…と、槌を叩く音が広い洞窟内に木霊している……ここは、僕の新たなアジト――あの、トリニティーガー島の辺鄙な岬に見つけた要塞の下にある岸壁の洞窟だ。


 あの後、沈没寸前のボロボロになったレヴィアタン号を、僕は悪魔マルコシアスに頼んでこの洞窟へ隠してもらった。


 なぜ港へ戻らなったのかといえば、他の海賊達に奪われかねないからだ。


 半壊して浮くのもやっとな船ではあるが、これはかの大海賊ウォルフガング・キッドマンの遺産である。トリニティーガーの海賊にはキッドマンを慕う者も多いのだが、反面、その遺産を奪い、自らの名をあげようなんていう不届き者も多い……いや、むしろ、そんな無法者の集まりこそが〝海賊〟というものだろう。


 思いもよらずエルドラニアの重武装ガレオン船団にコテンパンにやられ、キッドマン一味が壊滅したという話はすぐに島中へ広がるだろう……そして、生き残りが若輩の僕一人だとわかれば、間違いなくレヴィアタン号を力づくで奪いに来る。だから、咄嗟の思いつきで僕はこの洞窟に隠したのだ。


 ああ、ついでなんで言っておくと、あの重武装のガレオンの船団、あれはエルドラニアが海賊対策として思いついた新たな輸送の方法であり、ああして輸送船自体を軍艦にして船団を組ませることで、いわば、艦隊を使って銀などの貴重な新天地からの産物を輸送するというものである。これを〝護送船団方式〟といい、以降、この方式をエルドラニアは常時用いていくようになる。


 僕は身に染みて充分すぎるほどわかっているが、あんな重火力の船団を襲うなど自殺行為も甚だしく、これからはもう、どれほど目が眩むようなお宝を積んでいようとも、そうおいそれと公式なエルドラニアの輸送船を得物にはできなくなるだろう。


 それと、これは後になって知った話だが、あの時、あのガレオン船には〝海運の守護聖人〟と称される超凄腕の魔法修士コラーオ・デ・ミュッラという人物が乗っていたらしい……どうりで僕の魔術は完全無効化されるし、あんな船団をまるまる見えなくするような芸当もできたというわけだ。


 今思えば、あれが僕にとって初めての魔術戦・・・となった。同じ魔術的支援をする者同士がやり合うと、ああいうことになるというわけか……そういえば、スファラーニャが侵攻を受けた際、イサークもあんな感じに戦っていたのだろうか?


 デビュー戦の対戦相手がそんな超ベテランとは少々ハンデありすぎだが、今後、エルドラニアを敵に回すとなれば、ああいった魔術戦も日常茶飯事になってゆくことだろう……僕ももっと腕を磨いておかねば……。


 いずれにしろ、そのような超一流の魔法修士を乗せた、重武装ガレオン七隻による艦隊級の火力を持った大船団だ……そうとも知らずにまんまとその餌に飛びついてしまうとは……あの時点でそんなこと予測不可能だったし、僕としてはこんな言葉ですませるのはたいへん不本意なのであるが、なんとも運が悪かったとしか言いようがない……悔しいが、これも運命さだめというものだったのかもしれない。


 ……ああ、少々脱線してしまった。話をもとに戻そう。


 港に停泊していたもう一隻の一味の船、ガレオン船〝ケダー・マーハイター号〟は、大きすぎて僕の手には余るので、倉庫代わりに載せているお宝ともども、売り払って現金化することにした。


 その際頼ったのが、あのトリニティーガーきっての名門海賊・メジュッカ一味のルシアン・ド・エトワール親分だ。


 キッドマンとは好敵手ライバル同士だったが、お互いにその力量を認め合っている仲でもあり、たぶん協力してくれるものと思ったのだ。すると僕の読み通り、漢気おとこぎ溢れる親分は事情を話すと力を貸してくれて、取り外したカノン砲など、後々使えそうなもの以外は滞りなく売却することができた。


 さあて、そうして当座の予算を手に入れた僕がまず着手したのが、ほぼポンコツと化したレヴィアタン号の修理ならびに改造と、そして廃墟の要塞のリフォームである。


 キッドマンが残してくれたともいうべきこの莫大な資金があるため、修繕のための材料なんかは余裕で大人買いができる。あと必要なのは実行するための労働力である。


 そのための労働力は、後の計画・・・・も考えて、島で「旧大陸へ戻りたい、もしくは行ってみたい」という海賊やゴロツキを金で雇い、魔導書『ソロモン王の遺言』にある悪魔を召喚すると、その悪魔を彼らに宿して人足にんそくとした。


 なぜそんなことをしたかといえば、僕がまだ若輩者なのでナメられて裏切られないためというのと、いろいろ造るのに優れた〝職人〟が欲しかったからである。


 この、エルドラニアの船から偶然手に入れた『ソロモン王の遺言』という魔導書は、太古の昔、伝説のダーマ人の王ソロモンが、聖地ヒエロ・シャロームの大神殿を築くのに使役した悪魔について記されたものであり、その悪魔を召喚して用いれば、優れた建築やそれにともなう金属加工などの工業技術が得られるというわけである。


 そうして肉体を得た悪魔の職人達を使い、僕はレヴィアタン号を修復するとともに、どうせ造り直すのだから、この際、僕の思いついた強化改造案も実行に移すことにした。


 即ち、ソロモン王の72柱の悪魔序列43番・堕落の侯爵サブノックによる要塞化の力を宿した鱗状の銅板で、レヴィアタン号の船体を覆ってしまおうというものだ。


 これならば、以前よりも格段に砲撃に対する耐久性が強化されることだろう。たとえ先日のような集中砲火を受けたとしても、うまいことやればなんとか逃げおおせられる。


 また、今後は少数精鋭でいきたいので、帆を操る索具も改良して、前よりもかなり少人数で操船ができるようにもした。これには今は亡きロンパルドさんから教わった知識が大いに役立ったので、彼には大変感謝である。


 あと、ケダー・マーハイター号から取り外したカノン砲を増設したり、船首の〝追撃砲〟は回転台座を取り付けて全方位どこへでも撃てるよう利便性を向上させたりもしている。もちろん、プロフェシア教の『聖典』に登場する悪龍〝レヴィアタン〟の船主像フィギュアヘッドに内蔵された、キッドマン一味名物〝口から出る煙幕〟の装置はいまだ健在だ。


 他方、そうしたレヴィアタン号の改修と同時並行で、アジトの整備も着々と進めていった。


 岬の上の放置された要塞を整備するのはもちろんのこと、この岸壁に開いた海に通じる洞窟を港として使えるよう工事をし、さらにトンネルを掘って階段を施設して、洞窟から直接、上の要塞へも行けるように両者を繋げた。


 これで、プライベートな秘密の港を持った、眺望の良い隠れ家的アジトの出来上がりというわけだ。陸路では不便でも、これなら船を使って港街へも短時間で行くことができる。


 ただし、これほどのいい物件、他人ひとに見つかれば横取りされかねないし、留守中、空き巣に狙われる可能性だってあるので、魔導書『ゲーティア』を使ってソロモン王の72柱の悪魔序列57番・豹総統オセを召喚し、その幻覚を見せる力で要塞はもちろん、外部からは岸壁の洞窟も何もない、ただの草生くさむした岬にしか見えないよう魔術を施した。他にも防犯用の魔術をいろいろ仕掛けたし、今やセキュリティもバッチリだ。


 さて、そうこうして船も家も整ったところで、いよいよ僕は計画を実行に移すため、生まれ変わった新生〝レヴィアタン・デル・パライソ号〟に乗って、旧大陸へと旅立つ…というか、久々に戻ることにした。


 そのための操船の人員は、宿していた『ソロモン王の遺言』の悪魔の憑霊を解き、その代り今度は72柱序列9番・主天使の王パイモンの〝絶対服従〟の魔術をかけた皆さんをそれにてた。


 憑霊を解いたのは、あまり長いこと取り憑かせておくのも危険そうだし、次に必要なのは職人ではなく〝船乗り〟だからだ。なのに改めて魔術をかけたのは、やはり相手はゴロツキ。船旅の途中で叛乱を起こされ、船を乗っ取られる可能性もあるからである。


 ともかくも、そんなこんなで新たな海賊船と新たな船員(仮)を整え、遠洋航海に必要な食糧などの物資も積み込んだ僕は、準備万端、旧大陸はエウロパへと向けて西の大海へと出航した。

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