ⅩⅩⅦ 起死回生の悪魔
ⅩⅩⅦ 起死回生の悪魔
「おめえ、前に〝どんな不利な状況も打開する〟力を与えてくれる悪魔がいるって言ってたよな?」
キッドマンは懐に手を突っ込んでごそごそとやりながら、続けて僕にそう尋ねてきた。
「あ、はい。マルコシアスのことですね…て、まさか、その力でこの窮地を脱するつもりですか!? 無理ですよ! 確かにマルコシアスにはそうした力がありますが、自然の摂理に逆らうことはいくら悪魔の力を以ってしてもかなり難しいんです! 強引にそれをしようとすれば、どれだけの対価が必要になることか……」
その質問に何気なく答えた僕であるが、直後にその意図を察すると、あまりにも現実離れしたその方法に激しく反論をする。
「んなこたあ百も承知よ。おめえを何年、魔術師として抱えてると思ってんだ? だからほれ、ちゃんとその対価を用意してあらあ」
だが、長々とお説教を食らう子どものようにその顔をしかめると、そう言ってキッドマンは羊皮紙を丸めた筒を懐から取り出して見せる。
その古びた羊皮紙の筒には赤いリボンがかけられ、結び目には蝋で封印までがなされている。
「対価? ……なんですかそれ?」
「こいつはな、まだ誰にも教えたことのねえ、俺の貯め込んだ莫大な財宝の隠し場所が描かれた秘密の宝の地図よ。余裕で城の一つや二つ買えるぐれえのお宝だぜ?」
怪訝な顔で僕がその筒を見つめて訊くと、キッドマンは自慢げにそう嘯いてみせた。
「だが、背に腹は変えられねえ。こいつを対価にして悪魔さまに願いをかなえてもらおうっていう寸法だ。なあに贅沢は言わねえよ。別にやつらを打ち負かせなくても、お宝をいただけなくてもかまわねえ。ただ逃げられりゃあそれでいい。んなら、お釣りがくるぐれえに充分な代物だろ?」
お城が買えるくらいの財宝か……そんなにキッドマンが貯め込んでいるとは知らなかったが、それを対価にすれば、確かにこの場から脱出することくらいはできるかもしれない……。
「なるほど……わかりました。他にいい考えも浮かびませんし、一か八かやってみます!」
うまくいくかどうかは五分五分だけど、今は少しでも可能性のある方法にかけてみるしかない……思わぬキッドマンの妙案に僕は頷くと、その宝の地図を受け取ろうと手を伸ばした。
「おっと。ただし、ぜってえ、おめえも中を見んじゃねえぞ? こっそり横取りされちゃあたまんねえからな」
しかし、地図を握ろうとした矢先にキッドマンはその手を引っ込め、渋い顔でそんな忠告を付け加える。
「しませんよ、そんなこと。んもう、信用ないなあ……」
「ガハハハ…! 生き馬の目を抜くのが海賊ってもんだからな。念のためだ。んじゃ、頼んだぜ? もう一度言うが、俺達一味の命運はおめえの腕にかかってる。このキッドマンさま一世一代の大盤振る舞いだ! こいつをバーン! とそのマルコなんとかに突きつけて、ぜってえにこっちの頼みを聞き入れさせろ」
疑ぐる彼にあからさまに嫌な顔をして文句をつけると、再びキッドマンは筒状の地図を差し出し、改めてそう僕に命じた。
「はい! 任せてください…とまでは断言できませんが、精一杯、できる限りやってみます!」
今度こそ、その起死回生の鍵を握る悪魔との交渉材料をしかと受け取ると、僕はキッドマンにそう決意を述べた――。
「――さあて、今日こそほんとに時間ないから、いきなり〝極めて強力な召喚
急いで船底の船倉にある儀式部屋へと降りた僕は、〝ソロモン王の魔法円〟の上に立つと早々に悪魔召喚の儀式を始める。
先刻、ヴェパルを召喚した時にも使ってるので、蝋燭には火が灯っているし、すでに香が焚き込めらて、部屋はもう
また、いつでも魔術が使えるよう、フード付きジレの右胸と左裾には金の
「霊よ、我は汝を召喚する! 神の呼び名の中でも最も力あるエルの名によって! 我は汝に強く命じ、絶え間なく強制する! アドナイ、ツァバオト、エロイム…様々な神の名によって! ソロモン王が72柱の悪魔の内序列35番・座天使の公爵マルコシアス!」
右手には
本来は
「出現せよ! 炎の被造物達よ! さもなくば、汝は永遠に呪われ、罵られ、苛まれるものと知れ!」
さらに待っている時間も惜しいとばかりに右手の〝
すると、その作法を無視した乱暴な召喚にも、その強烈な呪文の力ゆえにか〝深緑の円を内包する三角形〟に目に見えて変化が現れ始めた。
突如、その三角形の上に大きな火柱が吹きあがり、その中から蛇の尾とグリフォンの翼を持った巨大な雌狼が、その翼を大きく羽ばたかせながら出現する……。
だが、次の瞬間、狼の口からも炎を吐き出して周囲をその眩さに包み込み、その眩さが落ち着きを見せ始めたかと思いきや、雌狼は頭に太陽の冠を戴いた、美しい女性闘士の姿へと変化していた。
灰色の長い髪と
「いきなり〝炎の召喚呪〟と〝
その女性闘士――座天使の公爵マルコシアスが、手にした〝燃える氷柱の剣〟の切先をこちらへと突きつけ、冷静な口調ながらもひどく不機嫌な様子でそう批判した。
「すまない、マルコシアス。非礼は謝るよ。でも、洒落にならないくらい緊急事態なんでね。今、僕らは命の危機に瀕してるんだ。どうか、助けてほしい」
そんな悪魔に僕はまず素直に謝罪をすると、
「敵に四方を取り囲まれたこの危機的状況から、僕らを逃してくれるだけでそれでいい。もちろん、ただでとは言わない。これを対価としてお渡しするよ」
そして、右手の
「なるほど。そういう事情でしたか。ならば無作法は不問に付しましょう……」
すると、公明正大な性格で知られるその女闘士の悪魔は、僕らの置かれている状況を超常的な能力ですぐさま把握し、とりあえずは許してくれると宝の地図を受け取った。
「お城が買えるほどのかなりのお宝だよ? 逃すだけなら、これでもう充分だろう?」
手にした羊皮紙の筒の封蝋を解き、それを広げて目を通すマルコシアスに、僕は品物を売り付ける商人にでもなったかのように、もうひと押しと言葉をかける。
「ふうむ……本当に
ひととおり地図を眺め終えた悪魔は狼の眼で僕を見つめると、さらっと怖いことを言って確認をとってくる。
「も、もちろんだよ。魔術師に二言はない。だから、早いとこ頼むよ。一刻を争う状況なんだ」
据わった
嘘が嫌いだと云われるマルコシアス。もし約束を破れば冗談じゃなく殺されるだろう……ま、キッドマンのお宝なんで僕は別にかまわないけど、もし彼が「やっぱ悪魔にやるのはもったいねえ…」とか後で強欲なこと言い出したらキツく忠告をせねば。
「わかりました。では、その願い聞き届けましょう。ただし、
僕の返事を聞いたマルコシアスは、改めてそう念を押した後、再びグリフォンの翼を持つ雌狼へと姿を変え、一言、ワオォォォーン…! と遠吠えを響かせると、翼を羽ばたかせながら透明になって消え去る。
「ありがとう! 恩にきるよ! 急いでるんで送り返す儀式は省略するよ? それじゃあ、また!」
特にこれと言った変化は感じられないが、たぶん、これでもうマルコシアスは〝どんな不利な状況も打開する〟力を与えてくれたことだろう……。
みんなの様子が気になった僕は、儀式も早々に切り上げると、梯子を登って甲板の上へと急ぐ。
「……あれ? 開かないぞ? くぅっ……おかしいな? ビクともしない……」
だが、梯子を登りきった所の天井にある、甲板へ出るための扉がなぜか開かない……力いっぱいに押しても叩いても、まるで動こうとしないのだ。
これまで、こんなことは一度もなかった……建て付けが悪いとか、そういった原因のものではないだろう。
「おかしい……これは何かの力が働いているものとしか……まさか! あの宝の地図って……」
そこでふと、マルコシアスが気になることを口にしていたのを僕は思い出した。
確か、あの女闘士の悪魔は〝
なぜ、そんな確認をわざわざとった? あの時は莫大な財宝だからだと単純に思ってたけど……本当にあの羊皮紙には宝の地図が描かれていたのか? キッドマンがそう言っていただけで、僕は中身を見てはいない……。
もし、あれが宝の地図なんかじゃなく、何か
今までとはまた違う、もっとものすごく嫌な予感がする……僕は慌てて梯子を駆け下りると、今しがた出てきたばかりの儀式部屋へと取って返した。
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