ⅩⅩⅥ 輸送船の罠(3)

「ハハハハハ…! かかったな海賊ども! 貴様らの命運も今日までと知れ!」


 そうした中、そんな男の叫び声が眼前のガレオン船の方から聞こえてくる……と、次の瞬間、ドォォォォーン…! と空気を震わす轟音が海上に鳴り響き、重武装ガレオン七隻による一斉砲撃が始まった。


 ドォォォーン…! ドォォォォーン…! と立て続けに響き渡るカノン砲の音……周囲のガレオンはすべて弦側をこちらへ向け、そこにずらりと並ぶ無数の砲門から間髪入れずに砲撃を繰り返してくる。


「うわあっ…!」


「ひいぃっ…!」


 甲板上には、その止まぬ轟音と衝撃に悲鳴をあげる一味の者も現れ始める……。


 雷鳴が如き爆発音が木霊する度に、辛くも外れた砲弾が着水して巨大な水柱がレヴィアタン号の周囲に吹き上がり、時に命中してはその船体を大きく激しく振動させる……僕の施したペンタクルの魔術武装でなんとかしのいではいるが、さすがにいつまでも防ぎ切れるものではない。


「チッ…! やりやがったな……野郎ども撤退だ! 急速反転! こっちも砲撃しつつ、やつらの隙間を縫って脱出するぞ!」


 この不測の事態に、躊躇う間もなくキッドマンがそう判断を下し、今しがたやって来たトリニティーガーのある方角を指し示しながら檄を飛ばす。


 ……やられた……僕らは、まんまとエルドラニアに嵌められたのだ……。


 昨今、度重なる僕ら海賊による自国船の襲撃被害に、エルドラニアも駐留艦隊を始めとした兵力を逐次投入して、その取り締まりを日々強化していっている……最初から罠に嵌めるつもりだったのか? それとも、用心のための仕掛けに僕らが自ら飛び込んでしまっただけなのかはわからないが、ともかくも僕らはまんまとやられたのである。


 この、突如として現れたガレオンの艦隊……おそらくはそれまで、魔法修士が魔術でその姿を見えなくさせていたのだろう。


 思い起こせば、昔、スファラーニャを脱出する際にも使ったように、僕がいつもお世話になっている探索者の総統フォラスもそうだし、他にも依頼者を透明にする――実際には姿が見えないように認識させる力を付与してくれる悪魔が幾柱かいるので、たぶん、そうした悪魔の力を使ったに違いない。


 しかし、これほどの大型船を…しかも七隻同時に消してみせるとは……やはり、そうとうに手練てだれの魔法修士である。


「手の空いてるやつは砲手につけ! 珍しく今日は砲撃戦だ! 弾が尽きてもかまわねえ! 撃って撃って撃ちまくりやがれ!」


 まんまと罠に嵌り、袋のネズミと化したことに呆然と立ち尽くしてしまう僕を他所よそに、キッドマンは皆を鼓舞すると、反転したレヴィアタン号も砲撃を開始しながら、ガレオンとガレオンの間に開いた、包囲網の隙間目がけて突進してゆく……。


「剣で戦えぬのは口惜しいが、この期に及んでは致し方なし! 砲弾にも神の力は宿ろうぞ!」


 レヴィアタン号とて、相手のガレオンに負けず劣らず船縁にカノン砲を何門も装備している……右舷も左舷も、そのすべてに普段は敵船に乗り込んで白兵戦を行うサー・ウィリー達までもが取りつき、包囲する敵船相手に撃ち返して牽制をする。


 性能の差もあるが、カノン砲の有効射程距離はだいたい6バラ(約52m)、相手の弾が届くなら、こちらの弾も同じく当たるはずだ。ゆえに、こちらも負けじと撃ち返していれば、無闇に接近することを向こうも躊躇するはずである。


それに全部ではないが、通常の弾に加えて僕が力天使の公爵バルバトスの魔力を宿した命中率の高い砲弾もあるので、その点に関してはこちらの方が有利だ。


ただし、それも対抗魔術で無効化されていなければの話であるが……。


「これでも食いやがれ! ガハハハ…!」


 また、キッドマンも船首に設けられた〝追撃砲〟と呼ばれる進行方向へ撃つカノン砲を自らぶっ放ち、突破口と定めたガレオンとガレオンの隙間を確保するために牽制を行っている。


「クソっ! 気づきやがったか! 取舵いっぱぁぁぁーい! 目標変更だあ! 左側のガレオンの脇へ回り込めぇぇぇーっ! 」


 しかし、敵もさるものでこちらの思惑に気がつくと、船を動かして目指していた隙間を閉ざしにかかる。


「取舵いっぱーい! キッドマン、的確なルートを示めせねば、今度こそ船長の座はもらうからな!」


 やむなく進路を変えさせるキッドマンの指示に、いつもの如く叛意をあからさまにチラつかせながらも、新たな突破口目指してロンパルドさんが大きく舵を切った。


「うわぁっ…!」


「また直撃したぞ! ダメだ! これじゃあ長くはたねえ!」


 一方、その間にも前後左右から降り注ぐ砲弾の雨は止まず、またも着弾した一発が背後にいた手下もろとも船縁の一部を粉々に吹き飛ばす……いくら魔術強化を施していても、こう何発も食らったのでは最早、撃沈まで時間の問題である。


 その上、やつらは包囲の輪を徐々に狭めながら、こちらの動きに合わせて自在にそれぞれの船の位置を移動させ、付かず離れず、絶妙な距離を保ちながら僕らの体力を徐々に奪ってゆく……。


 この高度に統制のとれた動き……これはもう輸送船の船団などではなく、最早、立派な一個艦隊である。


「全員かまえーっ! 放てぇぇぇーっ!」


 さらには砲撃に加え、包囲網を狭めたことでマスケット銃も有効射程に入ると、船縁へ横一列に並んだ相手方の水夫達が、号令一下、手にした銃を一斉に撃ちかけてくる。


「うがっあ…!」


「ぐおっ…!」


 パン! パン…! と乾いた銃声と白い煙が上がった直後、砲手についていた一味の者が幾人か血を吹き出して甲板の上へ倒れ込む。


「誰か砲手を代わるべ! 猟師に銃で挑むとは身の程知らずだべ!」


 それを見てリバーさんはカノン砲を離れると、腰のホルダーから短銃を引き抜いて早々二丁拳銃で撃ち返し始める。


「短銃じゃ届かねえべ。誰か! マスケット銃を持ってくるべ! それと銃が得意なやつは一緒に狙撃へ回るべ!」


 その言葉の割には短銃でもちゃんと水夫二人を撃ち取りながら、さらに一味の者達へも指示を飛ばし、リバーさんは幾人かとともに銃撃戦の方へと転向する。


「うくっ……ちきしょう! これじゃあ蜂の巣にされちまうよ!」


 だが、やはり多勢に無勢。リバーさん同様、マスケット銃を手に射撃へ回ったセーラ姐さんが嘆く通り、四方八方から雨霰の如く降り注ぐ砲弾と銃弾に、レヴィアタン号の船体は徐々に損傷を大きくしてゆき、一味の者達も次々と犠牲者を増やしてゆく……。


「おい! また進路を塞がれたぞ! どうするキッドマン!? これでは埒があかん!」


 他方、自在に船団を動かす輸送船側の戦術に、いつまでも囲みを突破することができず、操舵輪を回しながらロンパルドさんもボヤく。


「私の計算が確かならば、時を置かずして船は半壊して沈没。我らは全員海の藻屑だ!」


 そこへ追い討ちをかけるかの如く、カノン砲の影に身を隠し、何やら紙とペンを出して計算式を書いていたエドガーさんがその絶望的な計算結果を告げる……彼の計算ならば、その答えはきっと確かなのだろう。


「ケっ! このままエルドラニアの船に沈められちゃあキッドマン一味の名折れだぜ! こうなりゃあ最後の手段・・・・・を使うまでだ……おい! マルク! 何をボケっと突っ立ってやがる! おめえはおめえの仕事をちゃんとしろい!」


 そんな中、不意にキッドマンが船首のカノン砲を離れてこちらへやってくると、いまだ呆然と何もできずにいた僕に突然、声をかける。


「……あ! は、はい! す、すみません! 今すぐに……」


「マルク、こいつは魔術師のおめえにしかできねえ仕事だ。この船とキッドマン一味の命運は、今やおめえの腕一つにかかってる。ここはいっちょ、よろしく頼むぜ?」


 その声で我に返り、慌てて返事をしてあたふたと動き出そうとする僕に対し、キッドマンはやけに神妙な面持ちで、真っ直ぐに僕の目を見つめながらそう口にした。

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