ⅩⅩⅣ 宴の夜

ⅩⅩⅣ 宴の夜

 こうして語っていると、僕が仕事と勉強しかしていない、なんともストイックな修行僧が如き生活をしているように聞こえるかもしれないが、もちろん娯楽や遊興の時間もなかったわけではない。


 海賊の娯楽といえば、やはり頭に浮かぶのは一仕事終えた後の大宴会である。


 宴会は船の上ですることもあったし、よく利用している波止場近くの宿屋〝サン・ティモス〟で行うこともしばしばだった。


「――んじゃ、今回の仕事の成功を祝して、乾杯ぁぁぁ〜い!」


「乾杯ぁぁぁ〜い!」×大勢


 それなりの広さがあるはずなのだが、その宿屋の一階に併設された食堂を埋め尽くす一味の者達が、キッドマンの音頭で一斉にビールの入ったジョキを頭上に掲げる。


 アングラントやグウィルズ、ピクトラント出身者がほとんどの彼らは、ワインよりもビールの方がお好みのようだった。


 その酒の肴は、テーブルの上に並べられた近海の魚やエビ、カニを使った海鮮料理、それに生ハムやソーセージにチーズ、猪を丸焼きにしたものなどが豪快に盛り付けられ、こんがりと焼き上がったバゲットなんかのフランクル系のパンもある。


 遥か海の果てにある無法者の島でも、その食文化はなかなかバカにはできない。


 まあ、この島にハグレ者の移民達が住み始めた頃の当初は、それこそ獲った野生の獣を焼いて食べるくらいのものしかなかったようだけど、その後、各国からの移民が多く集まってくるにつれて自然とその国の料理や保存食の製造方法なんかも伝わるようになり、また、南の海の豊富な食材や旧世界との貿易拡大も追い風となって、おとなりエルドラーニャ島のサント・ミゲルにも負けず劣らずの独特な食文化が花開いた。


 しかし、醸造技術の難しいワインやビールなんかの酒類だけはどうしてもエウロパのものに敵わず、はるばる海を渡って運ばれてくるものに頼っているのが現状だ。


 一応、新天地でも造られてはいるのだが、今のところあまり美味しいものはできていない。ま、ビールに関してはエルドラーニャ島にある修道院で経験ある修道士達が造っていたりするので、ワインよりは多少マシなようである。


 あと、近年では大農場で大量生産されているサトウキビを原料にした〝ラム酒〟と呼ばれるものなんかも新天地ではよく飲まれるようになってきている。


「…グビ、グビ、グビ……カーッ! この一杯がたまらねえなあ!」


「おーい! 姉ちゃん、おかわりだーっ!」


 豪勢な料理を肴に、その闇ルートで流れてくるエルドラーニャ島産のビールを一味の海賊達は浴びるように飲みまくっている。


 キッドマン一味に限らず、とにかく海賊達の飲みっぷり食いっぷりはなんとも豪快だ。しかも、そんな宴会をしょっちゅう開きまくっている。


 ま、海賊もピンキリなので、それぞれの懐事情にもよるのだろうが、そんな豪遊ができるのも彼らの旺盛な海賊行為によってもたらされる、莫大な富のなせる業なのであろう。


 トリニティーガー島の海賊は、エルドラーニャ島の庶民なんかよりもむしろ羽振りが良いのである。


 さて、我らがキッドマン一味の面々に話を戻そう。


「――グビ、グビ、グビ…ガハハハ…! 野郎ども、さあ、飲め! 飲めえ!」


 キッドマンは見たまんま、そのイメージ通りにやはり大酒飲みだった。


 いつも髭に泡を付けながら、水みたいにビールを飲みまくっている。


「…コクン……さあ、もっと酔えキッドマン。油断して、酔い潰れたところで寝首をかいてやる……」


 そのとなりで航海士のロンパルドさんは、こちらはビールではなくラム酒をちびちびとやりながら、相も変わらず下剋上のチャンスを虎視眈眈と狙っている。


 だが、毎回自分の方が先に酔って眠ってしまい、その計画は絵に描いた餅に終わるというお約束のパターンだ。


「よーし! オラの獲ったカジキの解体ショーをやるべ!」


 毎度、宴会に花を添えてくれるのが猟師のリバーさんだ。


 きっと、猟師時代から仲間内の宴の時にはそうしていたのだろう。狩りで得た獲物を持参して、野味溢れるお手製の料理を供してくれるのだ。


 最近では漁師の真似事なんかもしているので新鮮な魚料理も加わり、ますます場を盛り上げる、宴会にはなくてはならない逸材となっている。


「こらあ! マルク〜! あんたもちゃんと飲んでる〜!?」


 一番酒癖の悪いのはこの人、セーラ姐さんだ。


 酔い潰れることはないのだが、すぐにベロンベロンに酔っ払い、いちいちクダを巻いてくるのである。


「お姉さんが口移しで飲ましてあげましょうかあ? はい、あーんしなさい、あ〜ん」


「い、いいですよ……ちょ、ちょっと胸当たってます! 離れてください!」


 さらには酔うといつにも増してエロくなり、ひどい〝くっつき魔〟にもなるので至極迷惑だ。


 多感なお年頃の僕にとってはたいへん教育上よろしくない。僕がそっちの道に興味深々なエロガキだったらどうなっていたことか……。


「ハァ……またこんなに飲んで。これでは今回の収益の半分が飛ぶぞ? 来月はもっと緊縮財政にせねば……これからは宴会を会費制にするかな……」


 一方、会計士のエドガーさんはいつも一人酔っ払うことなく、静かに飲みながら支払いのことを気にしている。


 いくら景気のよい海賊といえども、無限にお金の湧いてくる魔法の壺を持っているわけではない。船長からしてどんぶり勘定のキッドマン一味にあって、しっかり者のエドガーさんはやはり一味を支える屋台骨といえるであろう。


 もしこの人がいなければ、とっくにキッドマン一味は経済的破綻をきたし、借金塗れの貧乏海賊になっていたかもしれない……。


 そして、宴会で僕を一番びっくりさせたのは、意外やあの人だったりする。


 それは、まだトリニティーガー島に着いて間もない頃、初めて一味の宴会に参加した時のことだった。


「……ん?」


 幹部クラスしか座れないはずのキッドマンの傍らに、どういうわけか見知らぬ人物が一人いた。


 短い金髪によく澄んだ碧眼の、鼻下に口髭を生やした厳格そうな顔立ちの男性で、グゥイルズやピクトラントでよく見るような草木染めのチュニックを着ている。


 今までに見かけたことのない人だけど、誰かお客さんがちょうど来ていて、せっかくなんで宴会にも参加したんだろうか?


 その見知らぬ人物に、僕は小首を傾げながらそんな風に推測していたのであるが……。


「マルク、そなた飲める口か? というか、その歳からしてこうした酒の場は初めてか?」


 その見知らぬ人物が、ジョッキを手に僕の方へ近づくと、なぜだか親しげに話しかけてくる。


「えっと……どちらさまですか?」


「何を言っておる。拙僧だ。ウィリー・ムアコックだ」


 怪訝に思いながら僕が尋ねと、思いもよらない答えが返ってきた。


「ウィリー…ええっ!? さ、サー・ウィリー!? で、でも、顔が……あ! そうか、いつもは兜を……」


「おお、そういえば甲冑姿以外は見せたことなかったか。宴なのでな。さすがに無粋と思い、こうして気軽な格好をして来ておる」


 思わず驚嘆の声をあげた後、じつはこれまで、彼の素顔を見たことなかったのに僕が気がつくと、サー・ウィリーもすっかり失念していたというようにチュニックの裾を引っ張りながらそう説明をする。


 今まで、食事の時も常にあのバケツ…もとい、兜を被ったままだったからな……そうか。当然といえば当然だが、彼にもこんな人間の顔・・・・があったのか……いつもそれしか見ていなかったので、なんか、あの兜がサー・ウィリーの顔のように頭が認識してしまっていた。


「うーん……なんか、確かに声はサー・ウィリーだけど、やっぱり別人に見えますね。ほんとにサー・ウィリーなんですか?」


「失礼なやつだの。本人がそう申しておるではないか」


 頭では納得して改めて見返してみるんだけど、その金髪口髭のおじさんは、やはり初めて会う人のようにしか思えなかった……。

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