ⅩⅩⅢ 海賊の暮らし(2)

 しかし、そのキッドマンにしても、いざ戦闘ともなれば悪鬼羅刹が如き無慈悲な怪物の姿へと変貌する……。


「――マルク! マイケルがやられた! 早く手当てを頼む!」


「はい! 今行きます!」


 それは、襲撃したガレオン船内で大乱戦となり、レヴィアタン号で待機していた僕も仲間の要請で相手の船へ乗り込んだ時のことだった。


「よいしょっ…と……ひっ!」


「ガハハハハハ…! オラ! オラ! オラ! オラぁぁぁ〜っ…!」


 斜めに渡した橋代りの板を登り切り、背の高いガレオンの船縁から甲板に降り立つと、ちょうど目の前を暴れ回るキッドマンがものすごい勢いで通り過ぎてゆく。


 彼は右手にカットラス、左手に短銃を握りしめ、その二つの得物をブンブン振り回しながら、歯向かう水夫をバッタバッタと殴り倒して突き進んでゆく……短銃はすでに発砲した後なのか? 最早、ただの鈍器と化しているが、それでも一撃で相手を沈黙させている。


 顔には愉悦の笑みを浮かべ、高らかに笑い声をあげてはいるが、反面、その戦いぶりはまさに猛獣そのもの、あるいは暴れ牛だ……彼の戦い振りを見るのはこの時が初めてだったけど、この新天地でキッドマンが名だたる大海賊となったことも、実際、その姿を目の当たりにするとよくわかるような気がした。


 そういえば、一度叛乱を起こしたロンパルドさんを今も航海士として傍に置いておくのは、彼がバカ正直に叛意を口にしてしまうので、何か企んだとしてもすぐに計画がバレるからだと僕は勝手に思っていたが、じつは再び反乱を起こされたところで、また屈服させる絶対の自信がキッドマンにはあるからなのかもしれない……。


 ああ、ちなみにこの剣と銃を同時に持って戦う彼のスタイルは巷でも有名らしく、キッドマン一味の海賊旗もそれを自分達の象徴シンボルとして、〝髑髏の下に交差したカットラスと短銃を描く〟というものになっていたりする。


 それがキッドマン一味の海賊旗であると知る者は、マストの先に悠然と翻る、その旗を一目見るなり震えあがるというわけである。


 ま、そんなキッドマン一味の旗の下、そうして斬った張ったの刃傷沙汰や船医の仕事にもだんだんと慣れていったのであるが、そうした自分の務めを滞りなく行うためにも、僕自身、まだまだ学問に励んで知識を増やす必要がある。


 戦闘による怪我ばかりでなく、この新天地特有の熱病や他の病気なんかにも対応しなければいけないし……。


 だから、仕事がなく、暇のある時には優秀な先生・・・・・に教えを請うことにしていたりもする。


「――南洋の熱病か。それならば解熱の薬草を用いるのはもちろんだが、原因となっている微細な病魔・・・・・・を滅殺するための薬効というものも必要となる。この地で採れる、その手の成分を含んだ薬草を教えておいてやろう」


 深夜、レヴィアタン号の船倉に設けられた儀式用の部屋で、〝深緑の円を内包する三角形〟の上に浮かんだ長い髭を持つ白髪の老人が、僕の質問に対して懇切丁寧、答えてくれている。


「ありがとう。ついでにその群生地も教えてもらえると助かるな。継続的に薬の原料を確保できるようにしておかなくちゃいけないからね」


 その半透明をした幽霊が如き白い翁――ソロモン王の72柱の悪魔序列31番・探索者の総統フォラスに、僕は礼を述べるとさらなる質問を口にした。


 自分の知識を高めるため、そうして昔のようにイサークと親しかった悪魔フォラスや、天文学に長けた序列36番・鴉公子ストラス、科学や過去・現在・未来について教えてくれる序列33番・家令公子ガアプなんかを召喚して、各分野の講義を受けているのだ。


 いちいち召喚儀式を行わなければならないという手間はあるが、彼ら悪魔はそこらの人間なんかよりもよっぽど豊富な知識を有している。なんのツテもない新天地で、アカデミックな世界とは無縁の海賊なんかをやっている今の僕にとって、これ以上に最適な先生はいないであろう。


 それにこの悪魔を呼び出す勉強方法は副次的に、自然と召喚魔術の技術を磨くことにもなった。さらに襲撃時の実践とも相まって、僕の魔術の腕も日々めきめきと上達していったのである。


 そうして、船医としても魔術師としても、なんとかやっていけるようになった僕であるが、いつまでたっても上達しないものが一つあった……あ、いや、剣や銃の腕はもう桁違いにヘタレなので、それは別としてもう一つである。


 それは、料理だ……。


「――マルク、おめえ医者ならハーブとか香辛料とかにも詳しいだろ? ちょっと料理番もやってみねえか? その分、給金は上げるからよ」


「東方の大国・シンには〝医食同源〟という言葉もあると聞く。健康は日々の食事から。食生活を改善すれば、皆の仕事ぶりもますます向上するだろう」


 ある時、キッドマンと会計士のエドガーさんに船長室へ呼び出された僕は、そんな新たな職務を言い渡された。


 確かに、どちらも口から入るものなんだから、料理も言ってみれば一種の薬である。船乗りの持病ともいえる、栄養不足による〝脚気かっけ〟というのもあるし、常日頃から身体にいいものを食べておけば、そうした病も防げるかもしれない。


「わかりました。なんとかやってみます!」


 別に得意というわけでもないが、イサークとの二人暮らしではよく僕も食事の用意をしていたので、料理も一通りのことぐらいならば苦もなくできる。


 船医としての責任感とうのもあって、僕は料理番を引き受けると、意気込んでその日の夕食を作ってみたのであるが……。


「――ブーっ! 誰だ!? こんなクソ不味まじいスープ作ったやつは!?」


 簡易テーブルを引っ張り出し、いつもみんなで食事をとっているレヴィアタン号の甲板の上で、僕のスープを口にした全員が一口含むなり派手に吹き出して文句をつけた。


「あ、はい。僕ですけど……」


「おい、ちょっと飲んでみろ? なんでこんなに苦いのだ?」


 おそるおそる手を挙げて名乗り出ると、スープ皿を手にして突きつけながら、ロンパルドさんが怒気を含んだ声でそう尋ねてくる。


「え? ……コクン……うーん。まあちょっと苦い気もしますけど、別に不味いというほどのことは…」


不味まじぃよ!」×大多数


 僕も自分のお皿からスプーンで掬って一口味見し、いつもと変わらぬ自分のその味に小首を傾げながら答えたのだったが、それに対してその場の全員が声を揃えて同時にツッコミを入れる。


「この焼き魚も異様に苦えべ。おまえ、このスープと魚、どんな味付けしてるべ?」


「……え? いや、いつも通り身体に良さそうなハーブをたっぷり使ってるだけなんですけど……ああ、塩気は塩分取りすぎないよう減塩にしています」


 続けて、魚の香草焼きを食べていたリバーさんにも尋ねられ、僕は不可解な心持ちのままそう正直に答えたのだったが。


「あんた、さすがにハーブ入れすぎだよ。いくら身体にいいからって食えなきゃ意味ないじゃないか」


「この苦さしか感じぬ味、これは最早、スープというよりは薬湯だの」


 今度はセーラ姐さんとサー・ウィリーにもそう言われてしまう。


 僕としてはイサークと旅暮らしをしていた頃からずっと食べていた馴染みの味だし、別にそれが不味いとはぜんぜん思わないのだが、どうやらそのハーブを強く効かせた味は世間一般的に苦すぎるものであったらしい……身体にはとってもいいのに……。


「マルク、悪ぃが料理番の話はなしだ……」


「ああ、すべて忘れて、これまで通り船医と魔術師の仕事に専念してくれ……」


 僕に料理番をやれと言ったキッドマンとエドガーさんも、静かにスプーンをテーブルの上に置くと、いつになく自身の失敗を反省するかのような渋い面持ちでぽつりとそう呟く。


 こうして、僕の料理番の話は一日で立ち消えとなり、その後、それまで通りの交代制でも二度と食事を作らせてくれることはなかった……。

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