ⅩⅩⅢ 海賊の暮らし

ⅩⅩⅢ 海賊の暮らし(1)

 思いもよらず、新天地への船旅の途上で海賊キッドマン一味の一員となり、彼らが拠点とするここ、トリティーガー島へやって来てか四年余り……僕は日々、この新天地での海賊としての暮らしに慣れていった。


 服装もこれまでのマントだと暑苦しいし海賊らしくないので、召喚儀式の際にも使えるよう、編み上げシュミーズ(※シャツ)の上にはフード付きの黒い袖なしジレを羽織り、やはり海賊っぽく頭にも黒いバンダナを巻くようにした。


 一味の中で僕は船医兼魔術担当の航海士補佐という立ち位置なので、やる仕事は主にみんなの後方担当だ。


 例えば、エルドラーニャ島の近海で商船を襲撃し、とりあえず積荷を奪うことには成功した後など……。


「――マルク! 巡回艇に見つかった! 駐留艦隊が出てくるぞ! 早えとこ逃げろ!」


 エルドラニアとて、ただ黙って自分のとこの船が襲われるのを指を加えて見ているだけではない……どうやら見廻りをしていたサント・ミゲル駐留艦隊の船に発見されたらしく、レヴィアタン号の船倉の一角に設けられた儀式用の部屋で待機をしていると、開いた頭上の扉からキッドマンの野太い大声が聞こえてくる。


「アイアイサー! てことなんで、今回もよろしく頼むよ、ヴェパル。今度またミラーニャン製の本革バッグを供物プレゼントにあげるからさ」


 その声に、僕も頭上へ向けて大きく返事をすると、前を向き直ってそこにいる悪魔へなだめすかすようにそう告げた。


 カラフルな図形を組み合わせた、お馴染み〝ソロモン王の魔法円〟の上に立つ僕の目の前には、〝深緑の円を内包する三角形〟の上にエメラルド色の鱗を持つ半透明の人魚が浮かんでいる……ソロモン王の72柱の悪魔の内、序列第42番・海洋公ヴェパルである。


 いくら強い力を持った大海賊とて、エルドラニアの正規艦隊相手ではさすがにケンカにならない……こんなこともあろうかと、事前に海を司る悪魔を召喚して逃走に備えておいたのだ。


「ミラーニャン製のバッグ!? それ、チョーよくよくない? わかったよ、んじゃあ、あたしは速い潮流と風であんたらの船を逃せばいいんだね?」


「ああ。君なら簡単だろ? じゃ、一応、作法通りにいくよ? 偉大なる神の徳と知恵と慈愛によって、我は汝に命ずる! 汝、海洋公ヴェパル! 良き風と良き潮を我らに与え、我らの船を遥か遠くまで逃したまえ!」


 フードを目深に被り、ジレの左胸に金の五芒星ペンタグラム、右裾に仔牛の革製の六芒星ヘキサグラム円盤を着けた儀式仕様の装いの僕は、右手の魔法杖ワンドと左手の印章シジルを刻んだ金属円盤を天に掲げながら、仰々しい言葉遣いで眼前のヴェパルにそう命じる。


「かしこまり〜」


 すると、麗しい緑の髪をなびかせたギャル悪魔は対価のブランド品が効いたのか? いつになく素直に返事をすると三角形の上から水しぶきを上げて姿を消す……と同時に、ギシギシと船体が激しく軋み始め、船が強い潮流で動き始めたのがわかった。


 ただでさえ足の速いジーベック船にヴェパルの加護が加われば、どんな快速艇だろうと振り切ることができるだろう……これでもう一安心だ。


「ふぅ……どうですか〜!? お頭ぁ〜っ!?」


 僕は一息吐いてから、梯子を登って甲板の上へ出ると、一応、外の状況を確認してみる。


「お〜っ! よくやったマルク! やつら、どんどん離されてっちまうぜ! ガハハハハハ…!」


 その問いに、船尾楼の上で後方を眺めているキッドマンが、強い海風に三角帽トリコーンを抑えながら、愉しげにそう答えて高笑いを船上に響き渡らせた――。


 このように、現場で状況に即応して魔術を行使することもあれば、前々から船や兵器に魔術をかけて、準備を整えておくようなこともある……。


「――よし! これでまあ、万能じゃないけど多少は沈む危険性が減っただろう」


 真っ暗な船底へと潜り込み、船体中央を背骨のようにして貫く、船にとっての肝心要かんじんかなめな部材である〝竜骨キール〟に、僕は長時間、作法通りに丹精込めて作った二つのペンタクル(※金属円盤状の魔術武器)を嵌め込むと、腰に手を当てて〝仕事やった感〟にしばしの間浸る……。


 こうして、レヴィアタン号に魔導書『ソロモン王の鍵』掲載の水難を避ける〝月の第三のペンタクル〟や破壊を防ぐ〝土星第四のペンタクル〟を仕掛けて、なるべく災難に遭わないよう魔術的に強化したり、魔導書『ゲーティア』を用い、狩猟を司るソロモン王の悪魔序列8番・力天使の公爵バルバトスの魔力を宿した命中率の高い砲弾を作ったり……ま、そんな裏方仕事でみんなを支えるのも魔術師としての僕の務めなのだ。


 また、僕にはもう一つ、魔術師としてだけではなく、船医としての仕事もある……。


「――痛っっっ…! も、もっと優しくやってくれよう~」


「薬草が染みるぐらい、剣で斬られるより対した痛みじゃないでしょう? ……はい。できましたよ。しばらくそっちの腕は使わないようにしてください」


 無事、襲撃を成功させた後、腕に刀傷を負った一味の者の手当てをしながら、相手は自分よりかなりの年上だけど、いっぱしの医者のような口調で泣き声を言う彼を僕は嗜める。


 所詮、海賊は切った張ったの世界なので、襲撃時の戦闘で返り討ちにあい、少なからず怪我をする者が毎日のように続出した。だから、こちらの仕事も毎回けっこう大忙しだ。


 こんな危険な職業なのに、僕が来るまで船医がいなかったというのもほんと驚きだ。よくもまあ、今まで問題なくやってこれたものである。


 軽いかすり傷のようなものから銃で撃たれるなどの重いものまで、その怪我の程度は様々だったけど、中にはもう助からないような深い傷を負ってしまう者も当然のことながらいる……。


「――ダメだ。もう事切れてる……」


「そ、そんな……ちっくしょう! こいつ、顔は悪ぃけど、その分、性根はいいやつだったのによう……グスン…」


 近距離からの砲撃で吹き飛んだ船体の破片をもろに喰らい、全身血塗れで甲板に寝かされた仲間に僕が首を静かに左右へ振ると、彼と仲のよかったジョンという一味の者は、包帯を巻いた右腕を顔に押し当てて、悲痛な声で鼻をすすり始める。


 勝手に自分達から襲いかかり、相手はその理不尽な行いに対して抵抗しただけのことだ……傷つけられるのも、それで命を落とすのも自業自得、身から出た錆である。


 だが、それでもやはり、仲間の死を目の当たりにすると、なんともやり切れないものを毎回感じてしまう。


 人の死には、もうとっくに慣れているはずなのに……。


 でも、反対に僕らだって襲った船の者達を傷つけ、時に殺したりもしているのだ。


「――へへへ、今日は腕の立つエルドラニアの水夫を二人もぶった斬ってやったぜ……痛っっ…!」


 複数の刀傷を全身に負った仲間の一人が、僕に包帯を巻かれながら自慢げにそう語ってくる。


「それは大活躍でしたねえ。じゃこの傷も名誉の勲章だ。ハハハ…」


 僕は作り笑いを浮かべながら、そう労いの言葉をかけたのであるが、内心は複雑な思いを抱えていたりもした。


 まあ、海賊稼業というものは…特に前線に出て戦う者達はそれが仕事なのだ。それを簡単に〝悪〟だと判断することは僕にはできない……後方支援とはいえ、僕もその海賊の一味なのだし……。


 いわば、これは〝戦〟と同じなのだ……戦いに参加する兵士は殺しても罪には問われないし、それ故に自分が殺されても文句は言えない……そこには善も悪もなく、どちらも善であり悪なのだ……。


 そんな戦の無秩序さを、幼い頃に戦場と化した祖国からの逃走を図り、その後も各地をずっと旅して幾度となく戦場を目にしてきた僕は充分によく理解している。


殺し合うのは領土を奪うためなのか? それとも金品を奪うためなのか? 戦と海賊行為の差は、じつはその程度のものしかないのかもしれない……。


 それでも、同じ海賊でも無抵抗な者まで攻撃したり、殺し自体を楽しんだりする凶暴な輩も多い中、キッドマン一味はまだマシな方だった。


 抵抗してくる者とはもちろん戦うが、戦意さえ削げれば無闇に命を奪うようなことはしないし、無論、降伏した相手に対しては手を出すこともない。


 また、僕の乗ったアンドレアさんの船を襲った時もそうだったが、他の海賊なら行うことをいとわない、拿捕だほした船の乗組員を奴隷として売るようなことや、奴隷船を襲っても、そこに積まれていた奴隷をそのまま商品とするようなことはけしてしなかった。


 前にも言っていたが、キッドマン曰く……


「自由を愛する海賊が奴隷貿易で儲けるなんざ、胸糞悪くて反吐が出るんでな」


 ……という彼の海賊としてのポリシーによるものらしい。


 僕がなんかどうか〝海賊〟という職業を続けられたのも、そんなキッドマン一味だったからというのが大きいのかもしれない……でなければ、きっと僕は時を置かずして、残忍な海賊達に嫌気がさすと、エルドラーニャ島なり新大陸なりへ無理をしてでも出奔していたことだろう……。

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