ⅩⅩⅡ 私掠の賊徒
ⅩⅩⅡ 私掠の賊徒
ああ、それからもう一人、〝海賊〟という存在の別の側面を知るきっかけとなった、また
「――お頭〜! ベランメート伯がおこしですぜ〜!」
レヴィアタン号の船長室で、僕がキッドマンから海図を見せてもらったりしていると、不意にドアがノックされて、そんな手下の声が聞こえてきた。
「おおー! 入ってもらってくれー!」
「久しぶりだな、キッドマン。なかなかいい船を手に入れたではないか」
それに野太い声でキッドマンが答えると、ドアが開いて二人の男が入ってくる。
一人は赤いシルクのプールポワン(※上着)に白のオー・ド・ショースを履き、もう一人はやはり赤の生地に金糸で装飾の施されたジュストコール(※ジャケット)を着る中年男性だ。
どちらもカールした白髪の
「こりゃあ、リッチーの旦那! ようこそ新たな我が家、レヴィアタン・デル・パライソ号へ! おかげでいい船が買えやした。ジーベックですから足も早いですぜ?」
その内の一人、プールポワンを着た男性とがっしり握手を交わすと、キッドマンは嬉しそうに彼の来訪を歓迎する。
「ああ、マルク、おめえにも紹介しとくぜ。こちら、新天地におけるアングラント植民地総督であらせられるベランメート伯リッチー・キュート公だ。ま、実際はアングラントの植民地なんて、ほとんどねえのが現状なんだがな。ガハハハハ…!」
そして、ちょっとわざとらしい敬語で僕にそのアングラント役人を紹介すると、なんとも失礼なことを平気で口にしながらバカ笑いする。
「相変わらず無礼なやつだな。ゆえにおまえ達にがんばってもらおうと援助しているのではないか。少しは感謝の念というものを持ってほしいものだな……で、この少年は?」
そんないつも通りのキッドマンに渋い顔を作りつつも、〝植民地総督〟といえばかなりの高い身分だと思うのだが、そのベランメート伯と呼ばれる人物は特に偉ぶる様子もなく、親しげに嫌味を返して僕の方へと視線を向けた。
「ああ、こいつぁマルクっていいやして、新しく一味に加わった船医兼魔術師でさあ。歳は若えが魔導書の魔術の腕は確かです。充分即戦力になりやすぜえ」
その問いに、 意外や高く評価をしてくれながら、キッドマンはベランメート伯に僕のことを紹介する。
「ほう。それは頼もしいな。ぜひ、我がアングラントのためにその力を貸してくれ。エルドラニアの魔法修士など船ごと沈めてしまえ」
「はあ……が、がんばります」
すると、激励の言葉を述べた彼は僕にも握手を求め、僕はなんだかわけのわからないまま、差し出されたその手を握り返した。
しかし、アングラントもプロフェシア教国のはずなのに、この総督様は僕が魔導書を使うことを何も問題視しようとはしなかった……。
明らかに無許可の所持・使用だとわかると思うんだけれど……まあ、こうして海賊と親しくしていること自体、彼も無法者の側の人間だということか……さっき、援助とかなんとか言ってたな。それに、アングラントのためってどういうことだろう? まあ、確かにこの島の海賊達は主にアングラントと敵対するエルドラニアの船を襲ってはいるんだけど……。
「んで、そっちのは誰です? 恐れ多くも総督さまは、こんなむさ苦しい所にまで遠路はるばるなんのご用事で?」
僕がそこはかとない疑問を感じている内に、キッドマンはもう一人の人物の方へ視線を向けると、慇懃無礼な言い回しでベランメート伯に尋ねた。
「その用というのが、まさにこの者とそなたを顔合わせさせることだ。ヘドリー・モンマスといってな、グウィルズの
キッドマンの質問に、伯は背後に控えていたその人物を前に出すと、先程のお返しとばかりにその男を紹介する。
「しりゃくめんじょう?」
かの人物のことも気になったが、それよりもその聞きなれない単語に僕は思わず呟いてしまう。
「敵国の船や同じ海賊に対して、船を
「ま、私掠免状の使用料は納めなきゃならねえんだが、奪ったもんは全部俺達の取り分になるし、船や武器弾薬の代金なんかを国で補助してくれたりもするんでな。そのメリットの方がデケえと考え、俺もそいつをもらってるってわけよ。いわば俺達キッドマン一味は、アングラント王公認の海賊さまってわけだな。ガハハハハハ…!」
僕の呟きに、親切にもベランメート伯が簡潔に説明をしてくれて、続けてそれをキッドマンも補足する。
なるほど……新天地から上がってくる莫大な銀や砂糖などを代表とする植民地の産物は、今や広大な領土を各地に抱え、大帝国と化したエルドラニアの経済を支えるまさに根幹となっている。それを本国(※エルドラニア王国)へ輸送する船を海賊に襲わせれば、確かに大打撃を与えることができるだろう……それが、この〝私掠免状〟というシステムなのだ。
「はじめまして。ヘドリー・モンマスと申します。以前より
僕が途中で口を挟んでしまったが、二人が説明をし終えると、そのアングラント人紳士が挨拶をして、自身もキッドマンへ握手を求める。
「おうともよ。ま、同じアングラントの私掠船とはいっても、海賊は限られた獲物を争ういわば
その手をキッドマンも力強く握り返すと、愉しげに口元を歪めながら、紳士に彼なりの励ましの言葉をかけて笑った。
キッドマンはピクトラント人だし、この紳士はグウィルズ人ということなので、どちらもアングラントと同じ王を奉じるアルビトン連合王国に
後になって聞いた話だが、メジュッカ一家なんかもやはり出身国のフランクル王より私掠免状をもらっているらしい……。
それまで、海賊というのはただの無法者の盗賊にすぎないと思っていたのだが、自分自身も新天地の海賊になってみて、じつは大国の尖兵的な役割を担っている者も少なからずいるのだと僕は初めて知った。
ちなみにこのヘドリー・モンマス、私掠船長だったことも有利に働いたのだろうが、
また、私掠免状の他にもう一つ、そのイメージに反して意外だったことといえば、無法者であるはずの海賊達が、独自の〝海賊法〟とでも呼べるような
ま、その決まり事というのは収奪品の分配方法だとか、お宝をくすねたやつは無人島に置き去りの刑とするだとか、 襲撃時に怪我を負った時の補償の度合いだとか、そうした実際の海賊行為に関するものがほとんどを占めていたのだが、各々の船長達は自分の手下に、その決まり事を遵守する旨を記した誓約書へサインさせており、一応、僕もキッドマン一味へ加わるに当たって、そんな誓約書を提出していたりもする。
こうした無法者の中にもルールが生まれるというのは、〝法〟の起源を探る上でもなんともおもしろい。
まあ、出自も事情も様々な者達の集まった、島の海賊社会を破綻なく維持していくには、やはりそうした〝法治〟が必要不可欠だったのだろう。
加えて、この島全体に関わることや重要な決定事項については、誰か有力な海賊一人の意見に従うのではなく、皆の合議によってかなり民主的に決められている。
各一味の中においても、その船の運営に関して乗組員全員の多数決で方針が定められ、皆の支持を得られなければ、たとえ船長であろうとも追放の憂き目に遭うことがあるようだ。
単なる無法者や荒くれ者達の集まりだと思っていた海賊達であるが、実際にはエウロパの王国や都市国家なんかよりも、むしろよっぽど法治と民主制が進んでいたのである。
こういうことは、やはりこの島へ実際に来てみなければ、たとえ新天地に渡ったとしてもきっとわからなかっただろう……アウトローな海賊になってみるというのも、意外といろいろ勉強になるものだ。
ま、ともかくも、キッドマン一味をはじめ、よくもここまで揃いも揃ったというような個性の強すぎる海賊達の集まる無法者の島〝トリニティーガー〟であるが、かくいう僕もそんな島で、望むか望まざるかに関わらず、海賊への道を邁進していくこととなるのだった。
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