ⅩⅩⅠ トリニティーガーの海賊達(2)
また、服装が特徴的といえば、こんな人もいた……。
「――おお! これはこれはミス・セーラ! 今日はまた一段とお美しい」
キッドマンに頼まれ、セーラ
店に入ろうとすると、その店から二人の娼婦風の女性を両脇に侍らせた男がちょうど出てきて、セーラ姐さんを見るなり親しげに声をかけてきたのである。
白いリネンのシュミーズ(※シャツ)に白いオー・ド・ショースを履き、茶の長髪頭に巻いたバンダナまで白という全身白づくめのちょっとチャラそうな男だ。
「なんだい、ジョナタンじゃないか。相変わらず
男の挨拶にセーラ姐さんはニヤリと笑みを浮かべると、艶めかしい眼差しで二人の娼婦を見やりながらそんな言葉を返す。
「ああ、いや、この
すると、彼は両脇の娼婦達を急に押し退け、不機嫌そうになる彼女達を
まさか、セーラ姐さんを口説きにくるとは……確かに彼女はそうとうな美人だが、手を出したらキッドマンが黙ってはいないだろう。冗談ではなく、たぶん、明日の朝にはサメの餌だ。
この様子だと、セーラ姐さんがキッドマンの愛人であることも充分承知してると思うのだが……どうやら根っからの女好きであるらしい。
「半人前の男はタイプじゃないんでね。あたしと付き合いたきゃあキッドマン並みの海賊におなりよ。そしたら考えてあげる。でなきゃどの道、キッドマンに
「ハハハ…なます切りはご勘弁だな……でも、今の話ほんとですね? ぜったいビッグになってやりますから待っててください!」
対してセーラ姐さんはさすが慣れた様子で簡単にあしらうが、白づくめの男は苦笑いを浮かべながらも、諦めるどころか、むしろその言葉に俄然やる気を出している。
「フフ…若い男は威勢だけはいいねえ。ま、そういうとこは嫌いじゃないけどね。さ、マルク行くよ」
「あ、はい!」
そんな彼に艶やかな笑みを浮かべてまた誤解させるような発言をすると、セーラ姐さんは背後の僕を呼んで宝飾店へと入って行った。
「よーし! ぜったいビッグになってミス・セーラをものにするぞ! そして、さらには新天地中の美女達を集めてハーレムも作ってやる!」
僕も急いで後を追うと店に入ったが、閉じた扉の向こう側からは、変な野望に満ちた彼の意気込む声が聞こえてきている。
どうやら、そうした〝欲望〟というものもまた、人を大きく突き動かす原動力であるらしい……。
このぜったい大物海賊になんかなれないだろう…と思っていたナンパなチャラ男――ジョナタン・キャラコムも、後に〝白シュミーズ〟の通り名を持つ有力な船長の一人になっていたりするのである。
そして、島で出会った海賊達の中でも
「――今日は拙僧が使っている鍛冶屋〝スミス&ウィルキンソン〟を紹介いたそう。船の金具とか魔術で使う道具など、今後、そなたも何かしら利用する機会があると思うゆえな」
そう言うバケツ兜を被ったサー・ウィリー(アルビトン連合王国の騎士っぽく、〝サー〟の敬称を付けて呼ぶようにいわれた……)に連れられ、町の職人街にある鍛冶屋を訪れようとしている時のことだった。
「はい。確かに作ってもらいたい魔術道具の部品とかありますし。それに、カットラスじゃ重過ぎてうまく扱えないので、もっとこう軽い剣も護身用にほしいところ…」
そうしてサー・ウィリーと話しながら雑踏の中を歩いていると……。
「おお! そこを行く君! なかなかかカワイらしい顔をしているではないか!」
突然、興奮気味な大声で僕を呼び止める者があった。
「……ん?」
そちらを振り返ると、黒いオカッパ頭に銀色のカラビニエールアーマー(※胴体と肩・太腿だけを覆う当世風のキュイラッサーアーマーをより軽量化したもの)を身に着けた男が、両腕を大仰に開いて立っていた。
その顔は妙に色白で、口と顎の髭剃り跡が青々と残っており、碧い目で僕を見つめるその眼差しにはどことなく気色の悪いものを感じる。
「どうだね? こう見えても僕は海賊船の船長をしているんだけど、君もうちの船に来ないかい? 美味しいお菓子や楽しいゲームなんかもいっぱいあるよ?」
その身から漂う怪しげなオーラに僕が寒気を感じていると、その男は眼を爛々と輝かせながら、そんな誘い文句を口に僕をスカウトしてくる。
「い、いや、その、僕はもうキッドマン一味に…」
「フンっ! 失せろ下郎! この者は我らキッドマン一味の郎党ぞ!」
何やら言い知れぬ危険なものを僕の本能が感じとり、しどろもどろになりながらも丁重にお断りしようとしていると、不意にサー・ウィリーが腰の剣を引き抜き、公道の真ん中もお構いなしにその切先を男に突きつけて威嚇をした。
「キッドマン? ……チッ…それは残念。ま、気が変わったらいつでも僕の船に来るといい。僕はジルドレア・サッチャー。君みたいな美少年や美少女を集めて天国のような一味を作るのが夢なのさ。君ならいつでも歓迎するよ」
さすがにキッドマンの身内へ手を出すのはマズイと思ったのだろう。その名とウィリーさんの剣幕に、男は悔しそうに舌打ちをした後、なおも僕を勧誘しながらウィンクをして立ち去ってゆく。
「ひっ……」
その言い知れぬ気味の悪さを孕んだウィンクに、僕はまたしてもぶるぶると
「やつにだけは気をつけろ。あの男はアングラント系フランクル人のもと貴族だが、なんらかの重罪を犯して国を追われたらしい……なんでも、何十何百という少年少女を拉致監禁し、性的虐待まで行っていたという噂もある。とにかく危険な輩だ」
「そ、そうなんですか? は、はい。肝に命じておきます……」
もしも今、この場に僕が自分一人だけだったのならば、果たしてどうなっていたのだろう……?
キョロキョロと次の獲物を探しながら去りゆく銀色の背中を睨みつけ、剣を鞘に納めつつも大真面目な調子で忠告をするサー・ウィリーに、僕はさらなる恐怖を感じると冷や汗を浮かべて首を縦に振った。
そうしたゴシップが真実なのか嘘なのか? それは今もって定かではないが、この真正ロリコン&ショタコンの本気で危ない男――ジルドレア・サッチャーも、後年、念願だった美少年だらけの一団を組織して、俗に〝青髭〟と呼ばれる有力海賊となる。
その美少年団員達も、果たしてスカウトがうまくいったのか? それとも拉致して自分に従うよう洗脳を施した者達だったのか……その真相も、やはり闇の中である……。
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