ⅩⅩⅠ トリニティーガーの海賊達
ⅩⅩⅠ トリニティーガーの海賊達(1)
ああ、そうそう。先の話といえば、他にも後年、名だたる海賊の船長となる者達の若き日の姿を当時の島で見かけることができた。
例えば、街角にある庶民的な雑貨屋さん〝シエテ・ヌエべ〟の前では……。
「――おいてめえ、なに見てんだコラ? ケンカ売ってんのかコラ?」
いつも店の前で肩に棍棒を担いで座り込み、店の客や通行人と目が合う度にそう言って因縁をつけてくる若いゴロツキ数名のグループがいたのであるが……。
「あっ! キッドマンさん! おつかれさまーす!」
偶然、その傍を通りかかったキッドマンを見るなり全員速攻で立ち上がり、直立不動で彼に揃って挨拶をする。
「おお、ドラコか! 元気にやってるようじゃねえか。どうでえ調子は?」
すると、キッドマンも彼らを見知っているらしく、愉快そうに片目を見開くと親しげに声をかけた。
「は、はい! つい最近も調子こいてたギャングをまた一つボコボコにして子分に加えてやりました!」
対してその不良グループのリーダー格と思しき長身の青年が、目をキラキラと輝せながらキッドマンにそんな報告をする。
「俺、いつかキッドマンさんみたいな超イカした海賊の一味を持つのが夢なんすよ! これでまた一歩、夢に近づけたって感じっす!」
この、黒髪をポンパドール&リーゼントにバッチリと固め、上半身裸の上に黒革のジャーキン(※ベスト)と下はだぶだぶのオー・ド・ショース(※膨らんだ半ズボン)を履き、ジャーキンの背には赤いドラゴンが刺繍された明らかにバッドボーイなヤバイ青年――アングラント出身のフランクリン・ドラコといって、後にその夢かなって武闘派の海賊一味を構え、〝悪龍〟の異名で知られることとなる。
「おお、そうかそうか。そいつぁ頑張ってるみてえじゃねえか。ま、せいぜい励みな。ガハハハハハ…!」
そんな自分に憧れる若きチンピラに、キッドマンはいつもの如く高笑いを路上に響かせながら、励ましの言葉をかけてその場を通り過ぎた。
また、キッドマンではなく、一味の他の者に崇敬の念を抱いているような者もいた……。
「――ミスター・ハドソン! お帰りだったんっすね。ちょうどよかった!」
島に着いて間もない頃、買い出しの手伝いについて出た街で、会計担当のエドガーさんに声をかけてくる者があった。
見ると、黒髪をオールバックに固め、細いキツネ目に
エドガーさん同様、アングラント系の顔立ちをしているし、キザなメガネなのでなんとなく二人は似ているように感じる。
「……ん? ああ、ヨシュア君か。なんだね? 私に何か用だったのかな?」
振り返ったエドガーさんは一瞬、眉間に皺を寄せて彼を確認すると、やはり見知っているらしい口調でそう訊き返す。
「じつは新しい商売を始めようと思いやして、それについてのレクチャーをまたいただきてえと……」
「ほう。新しい商売を……どんな商売だね? 君の場合はとかくハイリスク・ハイリターンなことをやりたがりがちだ。前々から言っているが、もう少し安全な道を選んだ方が身のためだぞ?」
さっそく本題に入るその片眼鏡の男に、エドガーさんの方も前置きなく早々、商売についての講義を始める。
この男の名はジョシュア・ホークヤード。後年、やはり島でも有力な海賊になるのだが、純粋な海賊行為よりも詐欺を働くことを主な
エドガーさんの商才に惚れ込み、この頃、商売についてあれこれ教えを乞うていたようであるが、それも実際のところは、当時から詐欺に役立つと思ってのことだったのかもしれない。
この詐欺師ばかりでなく、さらに風変わりな海賊に街で出くわすこともあった……。
「――てめえ! よくもうちの若えやつらをやりやがったな!」
「フン。ケンカを売ってきたのはあいつらだ。だから礼儀として剣で答えてやったまでのことだ」
突如、街の広場で大声が聞こえてきたかと思うと、一人の男が10名ほどの品の悪いゴロツキに囲まれていた。
危険を察して逃げた群衆が遠巻きに見守る中、ゴロツキ達の囲みの中央に立つのは猛禽が如き鋭い眼光を持った細身の男で、その身には青いジュストコール(※ジャケット)を羽織り、頭には黒い羽根付き帽をかぶっている。
また、ご多分に漏れず腰には剣を下げているが、それは海賊の好む湾刀〝カットラス〟ではなく、うちの女海賊ミス・セーラ・オットーと同じ細身の直剣〝レイピア〟である。
「うるせえ! この落とし前、てめーの命でつけさせてやる! 野郎ども、やっちまえ!」
僕が男の風貌を観察している内にもゴロツキの頭が再び怒号をあげ、全員が一斉にカットラスを引き抜くと男めがけて斬りかかってゆく。
「ぎゃああああっ…!」
「ぐあっ…!」
だが、次の瞬間、僕の目の前では予期せぬ出来事が展開される……悲鳴をあげたのは男ではなく、ゴロツキ達の方だったのだ。
斬りかかられたのと同時に素早くレイピアを引き抜いた男は、目にも止まらぬ早業でヒュン、ヒュン…と風を切って細身の剣を操り、相手と刃を交えることもなく一瞬でゴロツキ全員を斬り伏せてしまったのだ!
先日見たセーラ
「ひっ! ひいぃぃぃ…!」
「痛っっっ……お、憶えてやがれ!」
腕や脚、時に腹などを鮮血に染めながら、ゴロツキ達は捨て台詞を置き土産に
「やめておけ! 貴様らでは弱すぎる! 手加減が面倒なんで今度は命をもらうぞ!」
その背中に声を張り上げて親切にも忠告を与えているその男――フランクル人のジャン・バテイスト・ドローヌといい、なんでももとは国王直属のエリート部隊〝銃士隊〟に所属していたとかで、流れ流れてこのトリニティーガー島へたどり着いたらしいのだが、驚くほどに恐ろしく剣の腕が立つのだ。
島では用心棒をしたり、時々、海賊の助っ人なんかをして暮らしていたが、そこで付いた渾名が〝
おそらく、純粋な剣の腕でいえばこのトリニティーガー…いや、新天地一の大剣豪であろう。これなら、海賊なんかしてるよりも戦の場で活躍したり、剣術の指南家とかをやった方がいいようにも思うのだが……それは僕だけだろうか?
まあ、彼の場合は優れた特殊技能によって目立っていたのであるが、他にも
「――いやあ、皆の者、ご苦労ご苦労!」
航海士のロンパルドさんについて船の装備品の購入に出た際、通りをやけに目立つ格好で歩いてくる、随分と愛嬌のよい一団と出くわした。
その先頭に立つ小太りな男は、緑色のプールポワン(※上着)に白い蛇腹の襞襟を着け、首からは〝神の眼差し〟付きの
また、その背後に続く者達も胸甲にキャバセット(※帽子のような当世風の兜)を被り、海賊というよりも護衛の衛兵かなんかに見える。
「エルドラニア人の貴族……ですか?」
敵対する海賊の島にそんな身分あるエルドラニア人もいるのかと不思議に思い、僕は思わずとなりのロンパルドさんに尋ねた。
「いや、あれはエルドラニア人でもなければ貴族でもない。グウィルズ人海賊のベンジャミュー・ブラックバードだ」
だが、返ってきた答えは僕の推測を否定するものだった。
「やつは平民の出だが貴族に憧れていてな。で、あんな格好をしている。自分ばかりか手下どもにもああした
シラけた目でその
「ま、それでも見栄張って
しかし、ロンパルドさんはまた不穏当な発言をしながらも、棚からぼた餅的に一味を成長させている、その偽貴族のポリシーをある程度評価している様子だ。
現にこの小太りのおじさんも、数年後にはお望み通り〝貴族様〟の愛称で呼ばれる有力海賊となるのである。
そう言われてみれば、キッドマン一味にも似たような〝神の眼差し軍〟に憧れる騎士モドキが一人いたし、〝憧れ〟というものは人間を盲目に突き動かす、じつはものすごく強い原動力なのかもしれない。
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