ⅩⅨ キッドマンの一味(2)

「さて、続きましてはそのとなりのリバー・ロリングストンだ。こいつは同じ郷里のもと猟師でな、射撃の腕は百発百中よ。その腕を買って一味にスカウトしたのさ」


 ウィリーさんに続き、次にキッドマンは毛皮を着たあの猟師を紹介する。どうやら見たまんまにほんとに猟師だったらしい……。


「最近はほとんど銃使っとるが、おらあ、猟師だかんな。もちろん弓も得意だべ。海に出てからは漁もやるようになっただべよ」


 キッドマンの言葉に、そのリバーさんという猟師は少々訛った言葉使いで補足説明を加える。


 今思い出してみても、確かにあの射撃の腕はスゴかった……なるほど。この猟師は射撃戦をしているというよりも、元来、自らの生業なりわいであるをただしているにすぎないのかもしれない。


「そんでもって次はお待ちかね! 女海賊のミス・セーラ・オットーだ! こいつは俺の女だからな。手ぇ出すんじゃねえぞ? …て、ガキのおまえには関係ねえ話か。ガハハハハ…!」


 猟師リバーさんの次に、キッドマンはブロンドの美人女海賊をグッと脇に抱き寄せ、下卑た笑みを浮かべてそう釘を刺す。


「あら、チビっ子でも優秀な子はあたし好きよ。お姉さんがいろいろ・・・・教えてあげようかしら」


 対して女海賊もスタイルの良いその身をキッドマンに任せると、艶かしい視線を僕の方へ寄越してくる。


「あたしの家も貧乏でね。グウィルズから酌婦として新天地へ売られて来たんだけど、そこの飲み屋でこのキッドマンに逢って、海賊になるのもいいかなって一緒に海へ出たのよ」


「そしたらどうだ? 思いの外に剣の才はあるし、度胸もいい。まさに海賊になるべくして生まれたような女だぜ! ガハハハハ…!」


 海賊になった経緯を自ら語って聞かせるセーラさんに、キッドマンもその言葉を継いで彼女を褒め称える。


 彼女が腰に下げているレイピアの腕前は、先日の襲撃時に見て僕もよく存じあげている。


 どうやらキッドマンの愛人であるらしいのだが、それは彼女の美貌のためばかりでなく、その男勝りな海賊としての素質を彼が気に入ったからなのかもしれない。


「それからもう一人、そっちのはエドガー・ハドソン。おめえ同様、戦闘の方はからっきしだが、この一味には欠かせねえ逸材だ」


 僕がセーラ嬢の人となりについて密かに推察している内にも、キッドマンはさらにもう一人、キザメガネの男の紹介をし始める。


「エドガーはアングラントのもと商人でな。とにかく計算が得意なんで会計担当として雇った。こいつのおかげでいろいろ重宝している」


「私だって銃や大砲ぐらいは扱ってますよ? ま、確かに主な仕事はなるべく無駄がないよう、この一味の資金面を管理することですがね」


 キッドマンの紹介にキザメガネのもと商人は眉間に皺を寄せながら、どこか嫌そうに一部発言を否定する。


 僕がガレオンに潜んでいたことを食糧の減り方からだけで悟ったあの手腕……ほんとにあれは天才的だった。


 海賊だからって、なにも腕っぷしばかりが強ければいいってものではない。航海士のロンパルドさんもそうだし、これから僕もそうした裏方として、みんなの後方支援をしていくことになるだろう。


 特に全体の資金面をやり繰りしているこのエドガーさんこそ、案外、この一味のかなめなのかもしれない……。


「ま、この五人が俺の一味の中でも飛び抜けて有能なやつらだ。他にも手下はまだまだたくさんいるが……まあ、めんどくさいんで残りのモブは省略しよう」


「モブ扱いかい!」


「そいつあ、ひでえやお頭〜!」


 飽きたのか? なんとも個性豊かな主要五人を紹介し終わると、後は省くキッドマンに残りのその他大勢の海賊達はこぞって非難のツッコミを入れる。


 まあ、確かに全員紹介していては時間がかかって仕方ないし、僕だって一度には憶えきれない。残りはおいおい個々人で…といったところだろう。


「ああ、そうそう。その代わりと言っちゃあなんだが、この俺達の新たな海賊船も紹介しといてやろう」


 だが、モブ海賊達は省略したのにも関わらず、彼は自身の船について自慢げに語り出す。


「こいつの名前は〝レヴィアタン・デル・パライソ(※楽園の悪龍)号〟。この前、おまえも隠れて聞いてたかも知れねえが、ウェネティアーナの優れた造船技術で作られた横帆スクエアセイル二本と三角帆ラテンセイル一本の快速ジーベック船よ」


 その船の名を聞いて、僕はすぐに船の舳先へ取り付けられたドラゴンの船首像フィギュアヘッドを連想する。


 ……なるほど。あれはプロフェシア教の『聖典』詩篇に記され、審判の日に現れる〝獣〟とも同一視される悪龍〝レヴィアタン〟の首をあしらったものだったのか。〝レヴィアタン〟は海の怪物でもあるし、まさに海賊にはぴったりの名称である。


「主にミッディラ海で使われてるこのジーベック型の船は、遠洋航海用のガレオンなんかよりも小回りが利いて襲撃にも逃走にももってこいだ。だから、わざわざウェネティアーナの造船所アルセナーレに注文して取りに来たってわけよ」


 キッドマンが言う通り、僕はその事情を盗み聞きいて既に知っていたが、彼は改めて新天地からエウロパまで戻って来た経緯を愉快そうに説明する。


「そしたら思いがけず、おめえの乗ってたそのガレオンまで手に入ったんだからなんとも儲けもんだぜ! こいつあ、新造船の船出早々縁起がいいってもんだ! ガハハハハハ…!」


 新造のジーベックばかりか、おまけに重武装のガレオンという土産までついてきたんだからな。まさに海賊冥利に尽きるというものだろう。豪快に高笑いする彼の気持ちもよくわかるというものだ。


「さあて、次はおまえの番だ。まだ名前も聞いてなかったな」


 モブは端折はしょったが、自らの一味と新たな海賊船の紹介を一応し終えると、一転、キッドマンは僕に自己紹介を求めてくる。


「僕の名前はマルコ……いえ、マルクです! 今はなきスファラーニャ王国の生まれです」


 僕は、しばらく使わずにいた本来の発音で自分の名を名乗ることにした。


 エウロパを離れ、遥か新天地で海賊稼業を始めようっていう今、最早、出自を隠しておくべき必要もないだろう。


 祖国が滅びてから早や五年近く、腹立たしいことにもエルドラニアの権勢は磐石となり、僕の中に流れるスファラニア王家の血を気にかける者も今さらいまい。


 ま、自分から「スファラニア王家の王子です」と言うのもなんか自慢してるみたいでなんなので、その辺はさらっと出身国を明かす程度にしておいたんだけどね。


「スファラーニャ? ……っていやあ、おめえ、あのエルドニアに滅ぼされた国の出か!? ほおう…そいつはまた因縁めいてるじゃねえか。エルドラニアがかたきとなりゃあ、ますます新天地・・・の海賊になるにゃあもってこいだぜ! ガハハハハハ…!」


 新天地に暮らす人間にもスファラーニャ王国滅亡の話は伝わっているらしく、その国名から事情を察したキッドマンはまたも愉快そうに高笑いをあげる。


「そんじゃあ、よろしくなマルク!」


「はい! よろしくおねがいします!」


 そして、太っとい腕を差し出して握手を求めてくる新たな家族・・・・・の当主に、僕も腕を伸ばすとその手を取って返事を返した。

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