ⅩⅨ キッドマンの一味

ⅩⅨ キッドマンの一味(1)

「――んじゃあ改めてといこうじゃねえか。俺がこのキッドマン一味の頭でこの船の船長キャプテン、ウォルフガング・キッドマンだ!」


 彼らの一味への入団が認められた後、僕は海賊達から自己紹介を受けた。


 先刻の入団試験の時同様、ジーベックの甲板で僕をぐるりと取り囲む海賊達の内、まず初めに名乗りを上げたのは髭面の頭目キッドマンだ。


「生まれはピクトラントだ。破戒僧の親父が酌婦のおふくろに生ませたガキでな。ま、お育ちがよろしくねえから、もとからゴロツキみてえなもんだったんだが、一旗揚げようと新天地へ渡ったんだ。けど、けっきょく気づきゃあ、この海賊稼業よ。ガハハハハ…!」


 ピクトラント……それはエウロパの北西の海に浮かぶアルビトン島にある王国の一つで、他のアングラント、グウィルズの二国とともに同じ国王を奉じて〝グレート・アルビトン連合王国〟を形成している。


 アングラント人同様、ピクトラントからも新天地に渡る者は多いと聞くが、いかんせんエルドラニアの領土と化したこの地で彼ら非エルドラニア人の肩身は狭く、夢破れたり、食い詰めたりして海賊になる者も少なくないようだ。


 このキッドマンという男もその手の類の一人なのだろうか? ……いや、その言動や態度からして、もとより反社会的な行いでのし上がろうと新天地へ渡ったのかもしれない……勝手なイメージだけど。


「さて、俺の次は有能な手下どもの紹介だ。こいつはロンパルド・キャリパミュ。さっきも言ったように航海士兼副船長だ。操舵手も主にやってもらってるな」


 僕が心の中で彼の半生について考えを巡らせている内にも、キッドマンは続いてあの栗毛の航海士を紹介し始める。


「じつは以前、こいつには反乱を起こされていてな。危うく船を乗っ取られるところだった。けっきょく、反乱者は全員ぶっ飛ばしてやったがな、ガハハハハ…! まあ、そんなやつでも航海士としてはすこぶる優秀なんで、こうしてまたやってもらってるって次第よ」


 なんか、別に大したことないように高笑いして語っているが、つまり、このキッドマンという一味の頭目は一度裏切った謀叛人の部下を傍に置いてるっていうのか!? しかも、航海士で副船長なんていう高い地位につけて!?


「フン。あの時は失敗したが、常に貴様の寝首を掻く計画は頭の中で練っている。次こそは必ず船もこの一味も俺のものにしてやるからそう思え」


 キッドマンの言葉を受け、そのロンパルドという栗毛の航海士も包み隠すことなく、己の野心を淡々と口に出している。


 そういえば、前々からそんな不穏な台詞をチラホラ漏らしていたし、ぜんぜん懲りずに今も下克上を諦めていないらしい……船長も船長なら、この航海士も航海士だ。


「おめえの魔術も主には操船で使うことになるだろうから、船のことはいろいろこいつの下で教えてもらうといい。ま、仲良くやんな、ガハハハハ…!」


「今から仕込んで魔術師を我が陣営に引き入れるのも悪くはない……小僧、その時が来たら俺の側につけ。俺が船長になった暁にはおまえを副船長にしてやる」


 当然、船で魔術を担当する人員としてはそういう配置になるのだろうが、またこの航海士は叛意を平然と口にしちゃってるし……この人、頭はかなり切れそうだし、このバカ正直ささえなかったらとっくに一味を乗っ取ることできてたんじゃ……。


 だから、仮にまた反乱を起こそうとしても未然に発覚するんで、キッドマンは安心してこの男をいまだに使い続けているのかもしれない。


「お次はそのバケツみてえな兜をかぶってる騎士モドキだ」


 利口なんだか馬鹿なんだかわからない航海士に僕が呆れていると、次にキッドマンはあのバケツ頭に話題を移す。やはり、誰の目にもあれはバケツに映るらしい……。


「そいつはウィリー・ムアコック。アングラントの農民の生まれで別に騎士ってわけじゃねえんだが、教会の説法で聞いて以来、〝神の眼差し軍〟に憧れてるんだ。で、その遠征を真似て海へ出たところで俺と出会ったわけだが…ああ、おめえ、〝神の眼差し軍〟は知ってるか?」


「あ、はい。昔々、エウロパ全土から集められ、聖地奪還に向かったプロフェシア教徒の大軍勢ですよね? 昔、本で読みました。確か一度だけじゃなく数回に渡って行われたとか」


 続けてキッドマンに問われ、以前、イサークから歴史の講義で教わっていた僕は簡潔に即答でそう答える。


 神の眼差し軍――それは〝はじまりの預言者〟イェホシア・ガリールが昇天した地であるプロフェシア教最大の聖地〝ヒエロ・シャローム〟を、今から400年程前、現状支配しているアスラーマ教徒から奪還するために預言皇が組織した、全エウロパ世界あげての大連合軍である。


 名称はもちろん、プロフェシア教の象徴シンボル〝神の眼差し〟からきている。


 ま、真にプロフェシア教徒ではない僕から見れば、実際はただの侵略行為に過ぎなかったし、一次的に聖地奪還には成功したものの、アスラーマ教勢力の巻き返しですぐにまた奪い返され、ただただ多くの人命を無駄にうしない、エウロパ全土の諸侯や騎士を疲弊させるだけに終わったんだけどね。


 もっとも、この大戦を通してアスラーマ世界の文物や学問がプロフェシア教国にももたらされるなど、思いがけない副次的な文化交流がエウロパ社会に技術革新をもたらし、また、勢いづいたアスラーマ教勢力のさらなる台頭により、現在、エルドラニア王国の位置する大陸南部がアスラーマ教化したことは、今はなき我が故郷・スファラーニャ王国誕生の遠因ともなっていたりするのだが……。


 いや、そうした後々の影響はともかくとして、そんな感じで実際にはあまり褒められたものではない〝神の眼差し軍〟ではあるが、篤い信仰心の名のもと、ただ神のために遥か遠くの異教世界へ戦いに赴く騎士の姿は、どこかいにしえの騎士道物語を彷彿させるようなところもあり、そのイメージに憧れる者も少なくはないのかもしれない。


 このバケツ頭もそういう熱烈なファンの一人なわけだな……そう言われてみれば、このバケツっぽい兜や鎖帷子に白い陣羽織サーコートを纏った姿も、本の挿絵などで見た〝神の眼差し軍〟の時代のものに似ている。


 使っている剣も今風ではなく古風なものだし、なるほど。この珍妙な格好にはそうしたこだわりがあったのか。つまりはコスプレ・・・・だな……。


「そなた、神の眼差し軍を存じておるのか!? 子どもながらになんと立派な心がけ!  剣の腕はいまいちだが見直したぞ! よかったら我が従者にならぬか!?」


 その強すぎるこだわりに僕が呆れを通り越して尊敬の念すら抱きかけていると、バケツ頭改めウィリーさんが、なんだか妙に感動している様子で興奮気味にそう声をかけてくる。


 まあ、確かに400年も前の、最早、伝説と化した護教の騎士達……普通の子どもは名前すら知らないのが世の常だろう。イサークという大学者が傍にいた僕はむしろ例外だ。


「い、いや、僕は魔術師兼船医であって、やっぱり騎士には向いてませんから……ん? あれ、そういえば……」


「ああ、こいつは神の眼差し軍の騎士に憧れてるだけで、教会の方針についちゃあ興味ねえんで安心しな。一応、敬虔なプロフェシア教徒のふりはしてるが、非合法な魔導書の使用なんざ気にしやしねえよ」


 ウィリーさんのお誘いを丁重にお断りしつつ、ふとそんな疑問と心配が僕の頭を過ると、それを察した船長キッドマンが訊く前から答えてくれる。


「おい、ウィリー。預言皇が禁止してる魔導書の使用を俺がいいって言ったら、おめえはどっちの意見を尊重する?」


「それはもちろんお頭だ。今の我が主君は船長キャプテンキッドマンだからな。騎士たるもの、主君に忠義を尽くさなくてはならない」


 そして、ウィリーさんの方を振り向いて唐突に尋ねると、バケツ頭の騎士は迷うことなくそう答えた。


「な? こんな感じだ。あくまでこいつの憧れは神の眼差し軍の騎士であって、プロフェシア教の教義や預言皇の権威なんざよくわかっちゃいねえんだ」


 なるほど。ガワ・・は完璧にコピーしてるのに、敬虔な信徒というとこは真似てないわけね……。


 その明瞭な返答を聞いてこちらへ目配せをするキッドマンに、僕は苦笑いを浮かべながら彼への返事に代えた。

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