ⅩⅦ 入団の試験(2) 

 そうだ! なにを戦闘や肉体労働なんかの自分が不得意な分野で闘おうとしていたのだろうか? それよりも僕の専門は魔術や医術じゃないか! その知識や技術が海賊の役にも立てることを示せばいいのである!


「ちょ、ちょっと待ってください! もう一度、僕に機会チャンスをください!」


 僕は項垂れていた顔をぐいと上げると、憐れむ頭目に慌てて再考を願い出た。


「もう一度だあ? 何度やっても同じだろう…」


「あの! この船に船医っていますか? あるいは医術や薬学の知識持った人とか、皆さんが怪我した時に治療する係の人とか?」


 頭目は渋い顔をして取り合おうとしないが、僕はそれを無視するとさらに質問をぶつける。


「はあ、医者? ……んなもんいやしねえよ。怪我なんざ唾つけときゃあなおらあ」


 すると、唐突な僕の質問に一瞬なんのことだかわからない様子だったが、わずかな時間差を置いて言ってる意味を理解すると、彼はさも当然というようにそう言い放った。


 他の海賊達もその返答にうんうんと頷いている。


 ダメだ。完全に医学知識ゼロの野蛮な人達だ……でも、これでこの船に医者はいないことがわかった。ならば、僕の需要もなくはないはずだ……。


「じつは僕、父が医者をしてまして、今までずっと一緒に旅をしながら医術や薬学について学んできました。僕を一味に加えてくれたら、きっと皆さんの役に立つことができると思います!」


 僕はすかさず、これまでの暮らしぶりを簡単に説明すると、自分が船医の役目を務められることを猛烈にアピールした。


「ほおん……おめえみたいなガキが医者ねえ……」


「船医か。確かに一人ぐらいいても損はないな。重傷者も治せればまた新規で船員を雇う金が浮くし、皆の体調管理ができれば、仕事のパフォーマンスも上がる……」


 僕の自己アピールに頭目はピンときていない様子で生返事をしているが、あの計算高そうなキザメガネはけっこう食いついてきている。


 だが、まだ食いつきが弱い……キザメガネの他はやはりキョトンとした顔をして、船医の必要性をあまりよくわかっていないらしいし、何かこうもう一つ、僕を仲間にしたくなるような強みがなくては……。


「それと、こう見えて僕、魔導書の魔術が使えるんです! それも幼少の頃から父に叩き込まれました! もう何度となく悪魔召喚の儀式は行なっています。魔導書だって……ああ、向こうの船に置きっぱなしですが、二冊ほど持ってます!」


 この期に及んで手段を選んではいられない……僕は、そのあまり表沙汰にはできない秘密を思い切って開示することにした。


 非合法での魔導書の所持・使用……これがカタギの人間相手ならば絶対知られないよう注意するところであるが、彼らは皆、〝海賊〟という名のれっきとした犯罪者だ。国や教会に密告するような、薮蛇になることはまずしないだろう。


「おめえみたいなガキが魔導書を? ……ガハハハ…! 医者の次は魔術師か? こいつあ、またおもしれえ冗談を言うじゃねえか!」


「チビっこのあんたが魔術師? アハハハ…ちょーウケる〜!」


「小僧、助かりたいがためとはいえ、ずいぶんと下手な嘘を吐いたものだな」


 だが、海賊達は僕の話をまるで信じようとはせず、頭目と女海賊は大笑いをするし、バケツ頭の騎士は頭から法螺話だと決めつけている。


 ま、確かに世間一般の常識から見れば、魔法修士の見習いでもない僕のような子供が、魔導書を持っている上に悪魔を召喚できるなどとは到底信じられないだろう。


「嘘じゃありません! 僕の父は名の知れた魔術師でもありました。そこらの魔法修士にだって負けない自信があります! この船で魔術を担当してる人は誰ですか? 常駐の魔法修士はいないみたいだから、航海士の方とかですか?」


 それでも、僕はその嘲笑を気にかけることなく、続けてそんな質問を無法者達に投げかける。


 船医+そんな魔術担当の補助要員ともなれば、一味に加える人間としてはけっこうな価値があるだろう。


「いや、航海士は俺だが、船を動かすのに悪魔の力を頼ってはいない。大波だろうが嵐だろうが、すべて純粋に操船の技術だけで乗り越えている。それが真の船乗りというものだからな」


 すると、今度は目つきの悪い栗毛の男が、首を横に振りながら意外な答えを返してくれる。


 へえ…この栗毛が航海士だったのか……しかし、驚きだ。漁船とか、近海にまでしか出ない小さな商船とかならままあることだが、まさか、西の大海を越え、旧大陸と新天地の間を往還するような遠洋航海に悪魔の力を用いていないなんて……この航海士も他の海賊達もかなりの操船技術と練度である。


 ふざけたなりをしているし、言動も粗野で野蛮な輩ではあるが、この海賊達、意外やスゴイ人財の集まりなのかもしれない……。


 さらっと驚くべき偉業を口にする栗毛の男に、僕は思わず感心してしまった。


 だが、今の僕としてはそれでは困る。魔導書による悪魔の力の利用がいかに航海の上で有用かを理解してもらわねば……でも、反面、この船に船医同様、魔術担当もいないのは僕にとって好都合だ。


「無論、俄かには信じられん話だが、魔導書を使える者は確かに欲しいところだ。もっと簡単に大海を往き来できるようになるし、船の襲撃や逃走にも何かと役に立つしな……」


 すると、今度もキザメガネが意図したものではないのだろうが、僕を後押しするような意見を口にしてくれる。


 やはりこのメガネ、善人か悪人かはともかくとして、良く言えばたいへん論理的に、悪く言えば損得勘定で物事を考える人間のようだ。


「そ、そうですよ! 魔導書の魔術はいろいろ役に立ちます! 僕を一味に加えておけばとってもお得ですよ!」


 せっかくの助け船を逃すまいと、僕はすかさず頭目に売り込みをかける。


「うーむ……ほんとにおめえ、魔術が使えるのか?」


「は、はい! もちろんです…」


 キザメガネの言葉と僕の猛アピールに、頭目もようやく耳を傾け始めたと思われたその時。


「……ん? 話の途中で悪いがキッドマン。もうじきシケ・・が来る。急いで対処しないと船が沈むぞ?」


 不意に栗毛が海の彼方を見据え、眉間に皺を寄せると僕の言葉を遮って頭目にそう進言をした。


「んん? ああ、確かにでけえ雲が出てきたな」


 頭目とともに僕も栗毛の視線の先を追うと、水平線に浮かぶ巨大な入道雲がぐんぐんとこちらへ近づいてくるのが見える。


 それに、心なしか吹きつける潮風も強くなってきているような気がするし、その風もなんだか少し冷たく湿っぽい……この天候を読む力と判断力、さっき栗毛自身が語っていた通り、航海士としての腕は伊達じゃないらしい。


「おお、そうだ! ちょうどいいところへ嵐が来てくれたことだし、物は試しってもんだ。小僧、もし本当に魔導書が使えるってんなら、海なり風なりの悪魔を操ってあの嵐を止めてみせろ。そしたらおめえを一味に加えてやらあ」


 僕がまたも感心していると、名案を思いついたとでもいうように意外なことを頭目が口にする。


「おい、正気かキッドマン!? こんな小僧にできるわけないだろう? 俺が乗っ取る前に船を沈める気か!?」


「なあに、ダメ元よ。てめえもこの船が欲しけりゃあ、小僧が魔術を使ってる間に沈まねえようしっかり備えをしときな」


 驚いた栗毛が慌てて頭目を諌めるが、彼は愉快そうに笑みを浮かべながら冗談交じりにそう返している。


 ……これは、願ってもない好機チャンスだ。言っても信じてくれないんなら、その目でしかと拝ませてやればいい。


 天候を変えるなんて、そこまで大規模なことは一人でしたことないけど……僕は誰あろう、あの世界一の大魔術師イサーク・ルシオ・アシュタリアーノのもとで直に魔術を学んできた一番弟子だ。やってやれないことはない……いいや、彼の名にかけても必ずや成し遂げてみせる!


「わかりました。やらせていただきます。今の約束、ちゃんと守ってくださいよ?」


 僕は決意を固めると人相の悪い頭目の顔を真っ直ぐに見据え、はっきりとした口調でそう確認をとった。

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