ⅩⅦ 入団の試験

ⅩⅦ 入団の試験(1) 

 唖然と皆の言葉を失わせ、一様にポカン顔をさせた後……。


「――ガハハハハハ! おめえみたいなガキが海賊に? しかもこのキッドマン一味に入ろうってか!? なんともおもしれえ冗談だ!」


 なんとかして助かるため、意を決して口にした「海賊の仲間にしてくれ!」という僕の頼みごとは、頭目以下の海賊達全員に大笑いされてしまった。


「おめえみたいに小っこくて弱っちいガキに何ができる!? そんな細え腕で船が襲えるのか?」


「た、確かに自信はないけど……でも、がんばります! なんでもします!」


 嘲笑する海賊達に言い返すこともできず、頭目の言葉もその通りだと思うのだが、ここで断られては僕に未来はない。なので、なんとか一味に加えてもらおうと僕は必死に食らいつく。


「ならば、使い物になるかどうか? 拙僧がその腕を見てやろう……誰ぞ、小僧に剣を貸してやれ!」


 すると、あのバケツのような兜を被った騎士モドキが前へ出て、おもむろに腰の古風な剣を引き抜くと、下っ端の海賊達にそう命じる。


「ほらよ。壊すんじゃねえぞ?」


「あ、ありがとうございます……うおっ! 重っ!」


 その言葉に海賊の一人がカットラスを僕に手渡してくれたが、受け取ると思った以上に重かったのでうっかり床へ落としそうになってしまう。


 魔術で使う〝短剣ダガー〟と違って、実用の長い剣ってこんなに重いのか……。


 世が世なら戦場で先頭に立って兵を指揮する立場の王族出身者であるが、その血筋とは裏腹にそうした機会にはまったく恵まれなかったので、実際に剣を手にするのも初めてだったりする。こうなると、剣術を習わせなかった実の父母や家庭教師のイサークをちょっと恨めしく思ったりもしてしまう。


「さあ、かかってまいれ!」


 普通、カットラスは片手で使うものであるが、重くて手首が折れそうになるので半月状のナックルガード(※鍔と柄頭を結ぶ、拳を守るための装備)に左手も添えて持ち上げている僕を、バケツ頭の騎士がそう言って大声で急かす。


 剣術の試合ももちろん初めてだが、なんとか海賊としてやっていけることを示さなくは……まあ、短剣ダガーなら悪魔の召喚儀式でよく振るってるから、あの要領で同じようにやれば……重さがだいぶ違うけど。


「そ、それじゃあ……うりゃああああーっ!」


 僕は力任せにカットラスを振りあげると、その勢いのまま一気呵成にバケツ頭の騎士に斬りかかった。


「フン…!」


「くっ……あれ?」


 瞬間、バケツ頭が古風な剣を一閃し、ギィィィーン…! という甲高い金属音が鳴り響いたかと思うと、僕の手の中にあったはずのカットラスがなぜかなくなっている。


「うおっ…! ……て、てめえコラ! 俺を殺す気か!?」


 刹那の後、ドス…! という鈍い木の音とともに、そんな男の悲鳴が聞こえる……見れば、下っ端海賊の一人が大股開きで床に尻餅を搗き、僕の持っていたカットラスの切先はその股の間の甲板の板に突き立てられている。


 どうやら、バケツ頭の分厚いロングソードで打ち払われ、そこまで飛んでいってしまったらしい。


「あれ〜? ……アハ…アハハハハ…」


「話にならん。剣での戦いは無理だな……」


 空っぽになった手を見せて苦笑いをする僕に、バケツ頭は肩を竦めて呆れたように言う。


「んなら、射撃はどうだべ?」


 その言葉を受け、今度はバケツ頭に変わって猟師が口を挟み、続いて僕は銃を撃たされることになった。


「――ほら、こいつであの的を撃ってみるべ。撃ち方はわかるか? こうやって構えて狙いを定め、あとは引鉄ひきがねを引くだけだべ」


 フォアマストの前に即席の的が準備されると、すでに火のついた火縄マッチロック式のマスケットを猟師が手本を示しながら僕に手渡す。


 的は、三つ重ねた酒樽の一番上のものに同心円を描いた簡単なものだ。


「あ、はあ……うっ…重っ!」


 だが、それはカットラス以上に重量があった。みんな、ほんとにこんなのを構えて狙いを定めてるのか?


 銃を撃つのももちろん初めてだし、そんな芸当、僕には到底無理だと思ったのだが、今は泣きごとを言っていられるような場合ではない。剣での失態をこの銃で挽回しなくては……。


 にしても、先程のカットラス同様、僕がその武器で反乱を起こすようなことも海賊達はまったく疑っていないらしい……もう、完全に舐めきられている。まあ、事実だから仕方ないけど。


「じゃ、じゃあ、いきます……」


 そんな悔しさも力に変えて、僕はプルプルと震える腕でマスケット銃を持ち上げると、見様見真似で右頬の横にそれを構え、黒い銃身に付けれた照準を片目を瞑って覗く。


 ま、相手は動かない的だし、撃つのはほんの一瞬だ。一瞬だけ頑張って腕を固定したまま引鉄ひきがねを引けばいいだけの話である……。


 ……よし! 今だ!


 あちこち揺れ動く照準と的が重なったその一瞬、僕は咄嗟に引鉄を引く……と同時にバキュュューン…! と雷が落ちたかのような轟音と激しい衝撃が僕を襲い、ふと気づけば甲板の上に尻餅を搗いて佇んでいた。


 ……あれ? どうなったんだ? 弾は命中したのか?


「てめぇぇぇ〜っ! どこ狙ってやがるぅぅぅ〜っ! まさかワザとじゃねえだろうなあぁぁぁ〜っ!」


 いったい何が起きたんだろう? というような心持ちで呆然と座り込んでいると、頭上からそんな怒鳴り声が聞こえてくる。


 見上げれば、フォアマストの上の檣楼しょうろうで見張りについていた下っ端海賊の一人が、かぶったターバンの頭頂部に黒い焦げ跡をつけながら、真っ赤な顔になって叫んでいる。


 この状況……どうやら発射の衝撃に的が大幅に外れ、弾は彼の頭の天辺をかすめて明後日の方向へ飛んでいったらしい。


「こりゃ、使いものにならねえべ」


 今度も猟師に呆れ返られ、二つ目の試験にも僕は余裕で落第した。


「――ま、戦闘には向かんでも仕事はいろいろある。操船要員としては使えるかもしれん……そら、そこのブレース…ああ、ヤードから下がってるロープを引っ張って帆の向きを変えてみろ」


兵力としては戦力外通告をされた僕であるが、あの目つきの悪い栗毛の男が意外や助け船を出してくれる。


次に僕に命じられたのは、〝動索〟と呼ばれる操船用の綱を引っ張って、マストに張られた帆を操るという仕事だった。


「よし。ちょっと右に傾けてみろ」


栗毛の男は僕をメインマストの根下ねもとに立たせると、ギロリと目つきの悪い眼で睨みつけながら改めてそう命じる。


「は、はい! よし、今度こそ……フン…!」


 僕はマストと直角に交わる〝ヤード〟という名の横棒に結わえられた、〝ブレース〟と呼ばれるロープに両手でしがみつき、全体重をかけて思いっきりそれを引っ張る。


「うぐぐぐぐ……」


 こちらもかなり重かったが、僕の必死な努力が実ったのか? なんとか少しづつヤードは傾き始めた……のだったが。


「ん? ……うわあああっ…!」


 その時、不意に突風が船上を吹き抜け、最大限に膨らんだ横帆にロープごと引っ張れた僕は勢いのままに転んでしまう。


「痛てててて…」


「ハァ……海賊以前に船乗りとしても役立たずだな」


 無様に甲板へと倒れ伏し、ぶつけたおでこを摩りながら立ち上がろうとする僕を、栗毛はほんとに残念なやつを見るような目をして深い溜息を吐く。


「なんだかなあ……さあ、これでもうわかただろ? おめえにゃあ海賊は無理だ。諦めな。ま、努力に免じてサメの餌にするのだけは勘弁してやらあ」


 僕のていたらくを目の当たりにし、最初は愉快そうにバカ笑いをしていたさすがの頭目も、憐れみをかけるような表情を浮かべて僕に合否結果を告げる。


「仕方ねえ。そこらで無人島でも見かけたら下ろしてやる。ここらはミッディラ海の島よりも過酷な環境だが、まあ、死ぬよりはマシだろう」


「そんな……いえ、そうですよね……」


 その頭目の裁決に、僕は驚いたり反論したりするよりも、いたく納得して伏せ目がちにぽつりと呟く。


 確かに、試験はすべて残念な結果に終わったので不合格も当然だろうが、海の上ではこんなに自分が役立たずだったなんて……。


 僕は、もっとできると思っていた自分の力の無さに大きなショックを受ける。


 これが魔術や医術だったならば、もう少しいいとこを見せられると思うんだけど……あ! そうか!


 だが、無能な自分に打ちひしがれている内に、 僕は見落としていたある重要なことに気がついた。

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