ⅩⅥ 海賊船の密航者
ⅩⅥ 海賊船の密航者
あれから二週間、無人島に放り出されたアンドレアさん達と別れ、一人、海賊達に強奪されたガレオンに残った僕は、やつらに見つからないよう身を隠して船旅を続けている。
前にも言った通り、普段、海賊は全員、ロープで繋がれた自分達の海賊船へ戻っているため、空っぽのこのガレオンにいても見つかる可能性は極めて低いのだが、それでもたまにはこちらへ渡ってくる者がいるし、上甲板をうろちょろしているとさすがに目立つので、昼間は下層の砲甲板や船倉に身を潜めてひっそりと過ごし、夜には外に出て伸び伸び体を動かすようにしている。
あ、あと、せっかくなので時には船長室に忍び込んでどっかり椅子に腰を下ろし、こっそり船長気分に浸ってみたりも……。
まあ、そんな一見、窮屈そうにも思える密航生活であるが、昼間はギラギラと照りつける洋上の太陽を避けられるし、夜は涼しい空気の中で美しい星空を眺めながら過ごすことができる。
火を使うとバレるので料理はできないが、食糧も水も船倉にいっぱい積んであるんで飢えることもない。
トイレは普通に船に付いているものを使えるし、お風呂はさすがに入れないけど、水で体を拭いてその代りとしている。
また、時間があれば魔導書を読み込んで魔術の勉強をしたり、まだ完遂できていなかったイサークからの課題である〝ソロモン王の72柱の悪魔の各ペンタクル〟を作成したり…といろいろやることはあるので暇を持て余すような心配もない。
ただ、困るのは嵐の日だ。荒れ狂う大海に船は激しく上下に揺られ、強風と大雨で外にも出られないし、さすがに一日中船内にいると酔って気持ち悪さに吐きそうになる。
ミッディラ海を離れ西の大海へ出てからは、そんな天候の悪い日も多くなった。
深い暗闇に閉ざされ、ギシギシと木材の軋む音が響く船底で身を丸め、このまま海の藻屑になるのではないかと恐怖と孤独に苛まれた時も少なくはない。
それでも、ウェネティアーナ製の優れたガレオン船は暴風雨と高波をなんなく耐え忍び、航海自体はいたく順調に進んでいった。
そして、僕が毎日柱に刻みつけている即席カレンダーと、船長室にあった海図を合わせて考えるのに西の大海を半分ほどまで横断した頃(たぶん…)のこと。
「……大丈夫そうだな……さて、そろそろ飽きてきたけど、塩漬け肉と硬いパンで昼食にするか……」
その日も、僕は海賊達がこちらへ渡って来ていないのをしっかりと確認してから、船倉の食糧を積んである場所へ今日の昼飯を取りに行った。
やつらもこの船にある食糧やワインを勝手に持っていくので、かち合わないように用心はしなくてはならない。
まあ、いつも行っている日常の作業だ。うっかり出くわすようなヘマはしない。
この後、やはりいつもの如く、さほど美味しくもない食事をすることを僕は微塵も疑っていなかったのであるが……。
「おお! ほんとにネズミがいたべ!」
「うぐ…」
突然、僕は首根っこを掴まれ、そのまま強い力で持ち上げられてしまった。
まさか、海賊か!? でも、いつものように警戒してたし、周囲に人の気配なんかしなかったのになぜ……?
「んなわけねえべと思ってただが、エドガー、おまえの勘は大したもんだべ」
空中でジタバタしながら振り返ると、そこには場違いにも毛皮のベストを羽織った猟師風の男が、そんな言葉を口に僕を睨みつけて立っている……あの、二丁の短銃で見事な射撃をしていた海賊だ。
「勘ではない。綿密な食糧供給計画と徹底した在庫管理によるものだ。どうにも一人分消費量が多いのでおかしいと思ったのだ」
また、こちらは先日見かけなかった顔だが、メガネをかけた細面の男が、そう答えながら猟師の背後より歩み寄ってくる。
痩せているが背は高く、オールバックにした灰色の髪を後頭部で束ねるという、なんだかキザな人物である。
だが、今の話からすると、僕が食べたことによるわずかな食糧の減り方から、この船に潜んでいる僕の存在に気づいたということか? だとしたらすごい洞察力と推理力…てか、なんて細かい人間なのだろう……いったい何者だ?
「どっから湧いて出たべ? やっぱり乗ってたやつらの残りだべか?」
「まあ、普通に考えればそうだろうな。あるいは、港からすでに潜り込んでいた密航者か……」
驚きに唖然と固まる僕を捕らえた獲物のように品定めしながら、二人の男達はそんな言葉を交わしている。
「密航者じゃない! 僕はちゃんとアンドレアさんの許可を得て乗せてもらった者だ! ……いや、乗せてもらった者です……」
船を奪った輩が何を言うか! と、思わず頭にきて声を荒げる僕だったが、現在、自分の置かれている非常にマズイ立場を思い出すと一気にトーンダウンしてしまう。
今、僕はこの広い海の上でただ一人、大勢の海賊達に囲まれた船に乗っているのだ。しかも、丸腰で捕まり、首根っこを押さえられて……どこからどう見ても、勝てる見込みも逃げられる可能性も完全にゼロだ。
「ほう…礼儀はわきまえているようだな。確かにコソ泥や貧民の類ではなさそうだ……が、今やこのガレオンは我らの船。つまり、断りもなしに乗っていた貴様はやはり密航者だ」
なんだか腰砕けになってしまった僕の訴えに、キザなメガネはそう答えると理不尽な理屈で反論をする。
「こいつ、どうすんべ? シメてから魚の餌にでもして漁をするべか?」
ええっ…!?
「密航者の処分は船長の裁量と決まっている。とりあえずキッドマンの所へ連れて行こう」
さらっと恐ろしいことを言う猟師に僕は慌てるが、キザメガネの方は決まり事にうるさいらしく、いたく冷静な口調で残忍な猟師を嗜めている。
「わかったべ。小僧、おとなしく俺達の船まで顔を貸すだべ」
そうして、首裏の襟を掴まれて持ち上げられたまま、僕は彼らの海賊船へ連行されることとなったのだった――。
「――ガハハハハ…このキッドマン一味の船で密航しようたあ、大した度胸じゃねえか!」
舳先と船尾の間にかけられた板を渡り、ガレオンからやつらのジーベック船へと連れていかれた僕は、甲板上で海賊達が輪になって周囲を固める中、頭目であるあの片目の男の前に放り出された。
またも理不尽に密航者扱いされ……
「おまえらこそ、
……と、文句をつけたい気分にもなったが黙っておいた。
冒険物語に出てくる勇気ある腕白な主人公ならばきっとそうしただろうが、それに対してこの僕はそんな柄じゃあない。ケンカは弱いし、純真無垢な主人公と違ってもう少し現実というものをよく理解しているのだ。
相手は凶暴な海賊、下手に怒らせたらまず命はない……。
片目の頭目の左右には、先程の猟師とキザメガネの他、この前見たバケツ頭の騎士に女海賊、さらにこの前はいなかった異様に眼つきの悪い、栗毛のマッシュルームカットをした男が一人立っている。
おそらくこいつらがこの一味の幹部……その外側を下っ端と思われる海賊達がさらに十数名取り巻いている。
まず、逃げ出すことは不可能だ。
相手もそれを充分承知していて、僕を縛り上げることすらしていない。仮に僕が襲いかかってきたとしても、なんなく撃退する自信があるのだろう……悔しいけどその通りだ。
「しかし、邪魔者は全員あの島へ置いてきたと思ったが、まさか取り残しがいるとはな……ま、俺としてはキッドマン、あんたもあの島へ置き去りにしてこの船を乗っ取りたいところではあったが……」
そうして見世物の珍獣の如く、悪党達の輪の真ん中へ転がされた僕を、眼つきの悪い栗毛の男がまじまじと舐め回すように見つめながら、何やら不穏なことをさらっと口にしている。
「ガハハハ…残念だったな、ロンパルド。てめーにゃまだ一味は渡さねえよ……それはそうとこのガキ、どうしたもんかなあ?」
だが、頭目はその叛意に満ちた部下の発言も高らかに笑い飛ばすと、それよりも僕の扱いの方が大問題だと言われんばかりに首を捻る。
「そんなの、そこらの海に放り投げときゃすむ話じゃない」
「いんや。ここはやっぱり餌にして漁をすんべ」
すると、女海賊は僕をゴミかなんかのように扱おうとし、猟師はまた怖いことを躊躇いもなく口にしている。
「それでは金にならん。お頭が嫌ってるのはわかるが、こうなれば致し方なし。サント・ミゲルかどこかで奴隷商人に売ろう。鉱山なり農場なりで一生こき使われるだろうが、ここで死ぬよりはまだマシだろう」
「なんと無慈悲な! ここはやはりひと思いに、神の御もとへ送ってやるというのが優しさというものだ」
また、キザメガネは見た目通り損得勘定で物事を考え、バケツ頭はありがた迷惑な慈悲心を以って、僕を楽にさせてくれようと腰の剣に手をかけている。
「さあ、どうするお頭? もし間違った判断を下せば、俺が船長の座はいただくからな?」
さらに栗毛に至っては、またもや謀叛起こす気満々に頭目の裁決を急かしている。
皆、一様に倫理感がないのは一致しているが、まあ、なんとも全員勝手気儘で、まとまりのない連中なんだろう……これが海賊というものなのだろうか?
……って、そんな分析をしている場合ではない! このままだと僕は海に捨てられるか魚の餌に使われるか奴隷として売られるか騎士に斬殺されるかである。
なんとか、助かる道を探さなくては……考えろ、考えるんだ……。
「うーむ……どうしたもんかなあ……」
頭目が腕を組んで悩んでいる猶予期間に、その超難問の答えを必死に考えて考え抜いた僕は、ある逆転の発想に思い至る……あまり気乗りはしないが、もう助かるにはこれしかない……。
海賊に捕らえられているのならば、その海賊になってしまえばいいのだ。
「ぼ、僕も海賊の仲間に入れてください! 皆さんの一味に加わって一緒に海賊がしたいです!」
僕は即座に覚悟を決めると、なんとか震える声を振り絞り、彼らに堂々とそう言い放った。
「…………はあ!?」
そんな僕の意外な言葉に、海賊達は皆、一様にポカン顔で頓狂な声をあげた。
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