ⅩⅤ 新天地の賊

ⅩⅤ 新天地の賊

 その後、降伏した船長アンドレアさん以下ケダー・マーハイター号の全乗組員は、ロープできつく縛られて船の中央に集められた……樽に隠れていた僕を除いて。


 だが、あれだけ激しい戦闘を繰り広げたというのに、手傷を負った者は多々いるものの、死亡者は一人として出ていない。


 どうやら命までは奪わない云々言ってたのは本当のことらしい……。


「――貴様らガリガリー海賊か!? …のわりにはアスラーマ教徒に見えんが……」


 場違いにもちょっと感心してしまいつつ、相変わらず樽の中から僕が様子を覗っていると、後ろ手に縛られて甲板に座らされながらも、ジョバンニさんが怯むことなく海賊達を怒鳴るように問い質す。


「俺達ゃあガリガリーでもなければこのミッディラ海のもんでもねえ……俺達は〝新天地〟の海じゃあ、ちったあ名の知れた大海賊、泣く子も黙る〝キッドマン一味〟だ」


 すると、先刻、最後に現れて降伏勧告をした頭目と思しき男が、自慢するかのように胸を張ってそう答えた。


 新天地の海賊!? まあ、言われてみれば確かにオスレイマン帝国やオスクロ大陸のアスラーマ教徒には見えない格好だし、むしろエウロパ人に見える風貌をしているが、そうか。新天地の海賊だったのか……。


 あれ? でも、なんで新天地の海賊がこんなミッディラ海の奥まった海域にいるんだろう? こんなとこまで遠征して海賊働きをすることもあるのか?


「前の船にガタがきたんだが、やっぱり、新しい海賊船には世界一の造船技術を持つウェネティアーナの船がいいと思ってな。そんで造船所に発注した船を取りにきたんだが、おまえらを襲ったのはそのついでだ。まあ、言ってみりゃあ久々に旧世界へ来た土産だな」


 僕の疑問に答えるかのようにして、海賊の頭目はそう続ける。


 ウェネティアーナの造船所の船?


 その言葉に思い当たるところがあり、先刻まで突っ込んでた頭を離して今はこの船のとなりを並走する海賊船へ僕は視線を向ける。


 その頃にはすでに夜も明け始め、水平線の彼方は橙色オレンジと藍色のグラデーションに染まり始めている……明るくなったことで、より鮮明に姿を露わにしたその船は、やっぱり見憶えのあるものだった。


 なんだか目にした時から既視感デジャヴュを感じていたドラゴンの船首像フィギュアヘッド……先程の衝突でできた傷はあるが、まだ真新しい木材で組まれた綺麗なクリーム色の船体……弦側に穿たれた狭間から覗くいくつもの無骨な砲口……どうやら黒く染め直したようだが、風に膨らむ二つの横帆スクエアセイルと一つの三角帆ラテンセイルを持つジーベック型の船影シルエット……。


 間違いない。あれはノムーラ島の造船所アルセナーレから出てくるところを偶然、目撃したあの船だ。


 なんという奇遇だろう……まさか、あの船が海賊達の発注したものだったなんて……じゃあ、あの時、あの船にはこいつらが乗っていたということだろうか?


「つーわけなんで、この船と荷は新天地への土産にいただいていく。申し訳ねえが、あんたらにはそこらで下船いただこうか」


 運命の悪戯というやつに僕が驚きを覚えている傍ら、海賊は身勝手な言い分でさらに無茶なゃ要求を水夫達に突きつけてくる。


「むむ……わかった。船と荷はそなたらに渡そう。だから、我らの身の安全は保障してもらいたい。どこかの港に下ろしてくれればそれでいい。なんなら、身代金も追加で払おう」


 命あってのものだね。なんとも理不尽な話ではあるが自らと部下達の身の上を案じ、やむなくその要求を飲み込んだアンドレアさんは海賊との取り引きを始める。


「ハハハ! なあに、別にサメの餌にしようってんじゃねえ。奴隷商人にも売り飛ばしゃしねえよ。そういう同業者は掃いて捨てるほどいるが、自由を愛する海賊が奴隷貿易で儲けるなんざ、胸糞悪くて反吐が出るんでな」


 だが、頭目は愉快そうに笑い声をあげると、意外なほどあっさりとアンドレアさん達の不安を一蹴してくれる。


「身代金にはちょっと惹かれるが、俺達ゃあそこまで因業じゃねえ。ま、悪いようにはしねえんで安心しな。一応、安全なとこで下ろしてやるぜ……よーし野郎ども! 全速前進だあっ!」


 そして、何やら含みのある笑みをその髭顔に浮かべると、船首の方を振り返って部下達に檄を飛ばした――。




「――おい! なんだここは!? これのどこが港だ!? 話が違うではないか!」


 それよりしばらくの後、すっかり夜が明けて朝日がさんさんと降り注ぐ白い砂浜の上で、血相を変えたアンドレアさんが文句の叫びをあげている。


「別に話は違わねえさ。安全な所で下ろしてやるとは言ったが、港で下ろすとは一言も口にしちゃあいねえ。下手に入港して、てめえらに騒ぎ立てられたら事だからな」


 先刻、頭目の言葉に安心したアンドレアさん達だったが、全員が下された場所はどこかの街の港ではなく、ミッディラ海に浮かぶ小さな無人島の砂浜だった。


 まあ、確かにサメの餌にもされてないし、奴隷として売られてもいない。一応、安全な場所といわれれば安全な場所である……この、船はおろか何もない無人島からどう脱出するかが問題だが。


「ま、その内、近くをどっかの船が通るだろう。狼煙を上げるなりなんなりして、せいぜい気づいてもらえるよう頑張るこったな。幸運を祈るぜ。素敵な一日をボナ・ジョルナータ! ガハハハハハ…!」


 剣や鉄砲で脅してアンドレアさん達を砂浜に置き去りにすると、頭目や一緒について来た海賊達は上陸に使った小舟に乗り込み、こちらのガレオン船ではなく自分達の海賊船へと帰ってゆく。


 すでにこのガレオンの帆はすべて畳まれ、その舳先は海賊船の船尾とロープでしっかり結ばれており、どうやら奪ったこの船を積荷ごと海賊船で牽引していくつもりのようだ。


 おそらくはすべての船員を下ろしてしまい、操船が困難になったからであろう。推進力はガレオンの方が優っていると思うが、大きい船にはそれ相応の人員が必要となる。


 この船を操るよりも、少人数で動かせる自分達の船で引っ張った方が効率的と考えたわけだ。


 ま、おかげでこちらの船内に海賊が残ることはなく、こうして僕も自由に甲板の上を出歩けている。


「……さて、どうするかなあ?」


 船縁に隠れてその様子を覗いながら、僕は今後の身の振り方について密かに悩む。


 今なら周りに海賊はいないし、こっそり海に飛び込んで、気づかれずにみんなの所へ合流することも可能である……とりあえず命に関わる心配はなさそうだし、気長に待てば、まあ、いつかはあの無人島からも脱出できるだろう。


 だが反面、果たしていつウェネティアーナに帰り着けるかはわからないし、帰ったところでまたいつ新天地へ向かう船に乗れるかは定かではない。少なくとも船も積荷も奪われ、大損失を食らったアンドレアさんは当面、再度の出航はできないものと見た方がいい。


 ならば、このままこの船に身を隠して残るというのはどうだろう?


 海賊達は全員自分達の船に戻ったし、見つかる可能性はかなり低そうだ。食料も積んだままなので、身を潜めていてもなんとか生きてはいける……それに、これから海賊達は新天地へ帰るらしいので、このまま乗っていれば自然と僕も新天地へ連れていってくれることだろう。


 みんなのいる無人島に移って、いつ新天地へ渡れるかもわからなくなるよりも、このまま船に隠れて新天地へ向かう方がはるかに良い選択なのではないだろうか?


「……よし。みんなには悪いけど、僕はこの船に残ることにするよ……」


 僕は独り頷くと、アンドレアさん達に謝るようにそう呟き、船縁を離れて下層の甲板へと潜り込んだ。


 今は海賊船に戻っているが、やつらもこの船に積んだ食料を取りに来るだろうし、ちらほらと出入りはするはずだ。当然、見つからないように用心は必要である……。


 こうして、予期せぬ海賊の襲撃により、一旦は頓挫しかけたかに思えた僕の新天地行きであるが、その襲撃してきた海賊達の帰路に便乗して、僕は新天地への船旅を改めて続けることとなったのであった……。

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