Ⅺ かりそめの終焉(3)
「ではな、マルク。かりそめの親子もなかなかに楽しかった。強く生きるのだぞ……」
「え……?」
そして、さらに不可解な言葉を口にしたかと思った瞬間。
「ハッタリだ! こちらには魔法修士もいる! かまわん! 撃てえぃ!」
イサークの思惑に気づいたのか? 異端審判士が兵達に大声で号令をかけた。
「クソっ! どけえっ!」
「イサ…」
刹那、イサークは僕を脇へ放り投げると、手にした
と同時に、パーン…! という乾いた銃声が何発か鳴り響いたかと思うと、その鉛弾に穿たれたイサークの体からは破裂するかのように血飛沫が吹き上がった。
「死ねえっ!」
「…うぐっ! ……ごはぁっ…!」
さらにハルバートを持った兵達も間髪入れずにその得物を前へ突き出し、四方八方からイサークの体は無数の鉾先で串刺しにされてしまう。
「……!? ……い、イサ…んぐっ!」
鮮血で真っ赤に染まった馴染みのある白いローブ……その悪い夢としか思えない光景に叫ぼうとする僕だったが、その口を誰かの手が抑えて声を封じられてしまう。
そういえば、放り投げられた僕の体は誰かに抱きかかえられ、さらにイサークのもとへ走り寄らぬよう、強い力でギュっと抱きしめられている。
「……!?」
目だけを動かして背後を伺うと、それはジュリエッティ嬢だった。彼女は悲痛な表情を浮かべながらも、じっとイサークの方を見つめて、僕の小さな体と口を強く押さえつけている。
「……んんっ! んんんんっ!」
僕も再びイサークの方へ視線を向け、利けない口で呻きながら、なんとか彼女の手を逃れようとするのだったが、病み上がりの乙女とは思えない恐ろしく強い力で抑えつけられ、どうにも身動き一つすることができない。
「……ごはっ……フッ…
そんな無駄な抵抗を僕が続けている内にも、口から血を吐き出しながら最後にそう呟くと、なぜだかイサークは穏やかな微笑みをその顔に湛えて、優しげな眼差しをしたその瞳から生気の色を静かに失った。
「……んんんんっ! んんんんっ!」
それを見て、僕は涙目を大きく見開くとさらにジタバタとジュリエッティ嬢の腕の中で足掻き続けるが、なおも彼女は僕の体を強く抑えつけて放そうとしない。
「まあ! なんてことですの! 下賤の者の血で我がヴィスケッティー家の屋敷を汚すなど、なんたる侮辱! わたくし、見るに耐えませんわ! この子もあまりのことに気が動転しているようですし、一緒に下がらせていただきますわよ! これ以上、屋敷を荒されては堪りませんからね! そこ! ちょっと邪魔ですわ! おどきになって!」
さらにジュリエッティ嬢は吐き捨てるようにそう言い放つと、僕を抑えつけたまま、兵達を押し退けて廊下へと引きずってゆく。
「フン。さすがは噂に聞くヴィスケッティー家のご令嬢だ。なんとも
高飛車で気位の高い性格だという彼女の評判が功を奏してか、そんな行動にも不審感を抱くことなく、ポーチェス氏や異端審判士をはじめ、兵達も誰一人として僕らを見咎める者はいない。
「…んん! ……んんんんん…!」
「マルコ! いい加減……んくっ! 言うことを……聞くのですうぅ……!」
イサークのもとへ戻ろうと、僕はなおも足掻き続けるが、やはり信じられないほどの力でジュリエッティ嬢は僕を引きずり、そのまま強引にとなりの部屋の中へと連れ込んでしまう。
「……ぷはっ! …なんで? どうして邪魔するんですか!? 父さんを…父さんを助けなきゃ!」
分厚い、瀟洒な木彫りのなされた扉が閉められるとジュリエッティ嬢は僕を解放し、自由になった僕は文句を口に再びイサークのもとへ向かおうとする。
「マルコっ! いい加減になさい!」
「…うくっ!」
だが、そんな僕の前に立ちはだかると、ジュリエッティ嬢は僕の頬をパシン! と思いっきり平手打ちにした。
「トープス先生は…お父さまは身を呈してあなたを守ったのです! あなたはその気高き意思に応えなくてはなりません。それが、死者に対して生者ができるせめてもの責務なのです!」
そして、膝を突いて僕の目を真っ直ぐに見つめると、いつになく真剣な表情でお説教をする。
「マルコ、悲しいでしょうが堪えるのです。あなたまで死んでしまったら、なんのために先生は犠牲になったのですか? 先生の分まであなたは生きるのです。それが、先生が命を賭してまで果たそうとした願いなのですから」
「……父さん……うく…父さぁあああーん! …うぁああああーん…!」
一転、淋しげながらも優しげな微笑みをその美しい顔に湛え、今度はなだめるようにそう語りかけると強く抱きしめてくれるジュリエッティ嬢に、僕は強張っていた表情をくしゃくしゃに崩して、ようやく声をあげて思いっきり泣いた。
僕は、イサークの意図を見誤っていた……相手は悪魔学や魔術にも造詣の深い異端審判士だ。あんなハッタリ、すぐにバレるのは明らかだ。イサークはそのことも充分わかった上で、僕だけでも助かるよう一芝居打ったのである。
それに、ジュリエッティ嬢も僕が思っている以上に大人だった……思えば自分の命よりも家名を守ろうとした芯の強いご令嬢だ。世間では高飛車で性格が悪そうに思われている彼女だが、それは貴族としての強い自負の裏返しなのだ。
歳はまだ若くとも、そこはやはり高貴な名家の令嬢として、僕なんかよりも覚悟が定まっているのだろう。
「こうなったのも、もともとはわたくしが原因……ですから、わたくしを恨んでもらってもかまいません。ですが、マルコ、その代わり強く生きるのです。先生の分まで、どうか生きてください」
「父さぁあぁぁーん! …ぁああああーん…!」
ぷつんと糸が切れたように抑えていた感情が溢れ出し、ただただ泣き声を上げ続ける僕の小さな体を、ジュリエッティ嬢も目に涙を浮かべながら、僕が泣き止むまでずっと優しく抱きしめていてくれた。
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