Ⅴ 死神の町(3)

 悪魔召喚の儀式を行った証拠を滞りなく隠滅すると、僕らは早々に白死病患者の家々を端から廻り出した。


 無論、マルバスの高い治癒力を宿した魔法の薬を患者に飲ませるためである。


「――マルコ、水を……さ、これを飲むのだ。すぐに楽になる」


「…う、うぅ……ゴクン……」


 どこも同じ、死臭に似た嫌な臭いと陰鬱な空気に満たされた家にあがり込み、とても血が通っているとは思えないほど蒼白い顔になった患者達の口に次々と魔法の丸薬を押し込んでゆく……。


 どの家でも皆、感染を恐れて家族達はその部屋へ近づかず、もっと悲惨な場合には家に置き去りにされたり、あるいは他の家族は死に絶えたりして、患者達は誰もが孤独だった。


 ちなみに僕らはそうして患者に接しても、魔導書『ソロモン王の鍵』の記載をもとに製作した、肉体・精神ともに護身する〝月の第4のペンタクル〟を携えているため、白死病に感染する心配はほぼないから安心だ。


 とはいえ、魔導書の魔術を使っていることがバレるとやはりマズイので、一応、長い鳥のくちばしみたいなのが付いた、感染対策用の黒い仮面マスクを被って偽装していたりするのだけれど……。


 ともかくも、イサークの調合した効き目抜群の薬草と鉱物に、悪魔マルバスの治癒の力を宿した最強の丸薬だ。まだ命の糸の切れていない者ならば、これでなんとかなるはずである。


 なんとかならなかった人は……マルバスとの交渉でイサークも言っていたことだが、残念だけど諦めるしかない。


 自然の流れに任せたままであれば、一つの街の人間を絶滅させてもおかしくはない恐ろしい死の病……すべての者を救おうなどというのは、あまりにも欲張りすぎな、人間のエゴなのかもしれない……。


 いずれにしろ、イサークと僕はやるべきことをなし、できうるだけ多くの患者に薬を与えると、あとは天に任せることにした。


 そして、一週間余りが経った頃……。


 ようやく僕らの施策が効果を現し始め、ベローニャンにおける白死病の流行は終息へと向かっていった。


 猫と殺鼠剤により病原体を運ぶネズミが激減し、新規患者の増加が止まるのと同時にマルバスの魔法薬で次第に完治する者が現れ始め、あるいは重篤な者は惜しむらくも亡くなったことで、ついに感染者はゼロになったのである。


 その成果の裏には、僕らだけでなく、ベローニャンの魔法修士や町医者達の努力があったことも忘れてはならない。


 だが、最大の功績がイサークにあったのもまた、紛れのない明らかな事実である。


 もっとも、魔導書の力を使ったことは絶対秘密なので、表向きはあくまで錬金術の手法で作り出した良く効く薬のおかげということにしてあるし、僕らが関わっていたこと自体、なるべくなら大っぴらにしない方がいいのだけれど……。


「おかげですっかりよくなりました! さすがはかの有名なパラート・ケーラ・トープス先生だ!」


「先生はこのベローニャンの恩人だ!」


 だが、イサークの治療した町の人々の口に戸を立てる訳にもいかず、その偽名・・に対する名声はこのベローニャンの地にも轟くこととなった。


 そして、そのことが僕とイサークの運命を再び大きく変えることとなったのである――。

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