Ⅳ 医者の親子
Ⅳ 医者の親子
突然の侵攻を受け、敵の軍門に下った祖国を脱出してから早や三年。
その間、僕はイサークとともにエウロパ諸国をあちこち廻り、なおも医者の親子として旅暮らしを続けていた……。
最初、国境を越えてエルドラニアに入った後、やはりそのまま敵の領内に留まるのは危険と考え、僕達はすぐにピレネオック山脈を越えると北に隣接するフランクル王国へと入った。
フランクルは長年、エルドラニアと領土争いを繰り広げている国なので、その点、僕らにとってはむしろ安全である。敵の敵は即ち味方というわけだ。
それでも、正体が知れれば厄介事に巻き込まれるのに変わりはない。
一応、スファラニア王家の王子である僕は政争の道具に使われかねないし、他方、プロフェシア教会の禁じる魔導書の魔術の大家であるイサークは、スファラーニャ以外では異端者として火炙りにされてもおかしくはない身の上である。
そんなわけで、フランクルにずっと留まっていたわけでもなく、さらに北のガルマーナ地方にある神聖イスカンドリア帝国を構成する諸国も巡ったし、さらに北方の、かつて〝ヴィッキンガー〟と呼ばれる海賊達が活躍していたダンマルク王国やスヴェドニア王国にも行ったりなんかもした。
もっとも、そうして各地を転々としてきたことには、
「――マル
「はい、父さん!」
そんな旅暮らしの中、僕は父であるイサークの言いつけ通り、薬の材料調達や家事全般など、彼の医者としての仕事を内弟子のようにして補佐をする。
僕はただ親子を演じるだけでなく、まさに本物の医者の父親とその息子の如く、そうして彼の医術や薬学にも通じる錬金術を学んだり、また、スファラーニャにいた頃のようにおおっぴらにはできなかったものの、魔導書の魔術についても密かに勉強を続けていた。
今振り返れば、どこの医者や魔法修士を探しても、これほどの高名な大学者の指導を手取り足取り丹念に受けて、魔術や医術に関して学べた人間は他にいないだろう。
ほぼ亡命…というか、逃亡暮らしのようなものだったけれど、そうした点において、僕はものすごく恵まれていたといえる。
だが、イサークが父から託された依頼によれば、本来、僕はスファラーニャ脱出の後、身分を隠して修道院に預けらる予定になっていたらしい……。
表向きは「ほとぼりが冷めたら迎えに行く…」という話にしていたが、最早、自分達に先がないことを父はわかっていたに違いない。いくら臣下の魔術師で専属の家庭教師とはいえ、さすがに子供の養育まで任すわけにはいかないと遠慮したのだろう。
修道院ならば、通常の修道士になるも良し、これまでの勉強を活かして魔法修士として生きる道もあるし、なんなら大人になるまでご厄介になって、後は出奔して世俗に戻るという手もある……なんともうまいこと考えたものだ。
……だが、イサークはそうはしなかった。
なぜ、僕を修道院に入れずにそのまま手元に残したのか? その本当のところは今となってはわからない……なんだか聞きづらくて、けっきょく尋ねずじまいだ。
故郷を追われ、幼くして父母、兄弟姉妹を失った僕を不憫に思い、捨てるように修道院へ預けることが躊躇われたのだろうか?
この旅暮らしを始めて半年あまりが経った頃、風の噂に知ることとなったのだが、エルドラニア・預言皇庁によるスファラーニャ侵攻の後、王都の城を明け渡して幽閉されていた父母、側室達はあっさりと処刑され、亡命しようとした僕以外の兄弟姉妹達も捕らえられて幽閉中に病死するか(本当に病死だったのかも怪しいが……)、あるいは捕縛の際に命を落とすかして、けっきょく、行方知れずの僕だけが最終的に生き延びたという事実がわかった。
つまり、スファラーニャ王家の血をひく者は僕一人、まさに天涯孤独の身の上となったわけだ。
でも、その割に僕はあまりこの事実にショックは受けなかった。
なんというか、突然そのことを知ったわけではなく、いつまで経っても父母からはなんの音沙汰もないし、イサークも国や家族の現状についてまったく話してくれないこの状況に、なんとなくそんな最悪の結末を予想していたというか、長い時間かけて徐々に理解していったことが影響したのかもしれない。
「――そういや、スファラーニャ王国は完全に消滅したようだぞ? 旧領はすべてエルゴン・カテドラニアに併合だ。これから南エウロパはますますエルドラニアさまの天下だな」
「ああ、王様の家族は女子供に至るまで一族全員殺されたとか。反乱の旗印にならねえようにとの用心だろうが、エルドラニアも容赦ねえなあ」
そう、直接的に宿屋の食堂で旅の商人達が語るのを聞いたその時には、やっぱりか…というように諦めがついていたといった感じである。
それに、血の繋がった肉親は誰一人いなくなってしまったとはいえ、僕にはイサークがいた。
スファラーニャにいた頃から実の父親以上に父親のような存在であった、今は実際に親子として旅をしている偽の父イサークが……。
それだけで、僕は充分に満足だった。そもそも最初から、僕は本当にイサークの息子として、彼とこの生活をしていたようにすら思えてきたりもしていた……。
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