Ⅰ 亡国の王子

Ⅰ 亡国の王子(1)

 僕の名はマルク・デ・スファラニア。


 歳はまだ若いけど、これでも一応、自分の船を持つ海賊の船長カピタンだったりする。


 それも、エウロパ世界の国々では禁書とされる魔導書のみを専門に狙う、同業者の間でも変わり種で知られている異端の海賊だ。


 なぜ僕が、風変わりな海賊〝禁書の|秘鍵団〟の船長カピタンとなったのか? ちょっと話は長くなるけど、その経緯をここで少しお話ししょう……。




 時に聖暦1570年代の前半、エウロパ世界がある大陸の南端、当時のエルドラニア王国の南どなりに、スファラーニャ王国という国がまだ存在していた。


 この国は他のエウロパ世界の国々からするとちょっと変わっていて、絶対的な霊的権威であるプロフェシア教を国教としてはおらず、他国では迫害されているダーマ教徒(戒律教)や、敵対するアスラーマ教徒(帰依教)の信仰も認めているという自由な気風の王国だった。


 それは地政学上、ミッディラ海を隔てた南のオスクロ大陸にあるアスラーマ帝国の影響を古くから色濃く受けてきたという歴史的伝統が影響してのことだったんだろう。


 そのために、やはりアスラーマ帝国同様、他のエウロパ諸国では禁書とされている〝魔導書〟を使った魔術や錬金術の研究も非常に盛んであり、高度な文化がこの王国では花開いていた。


 そんなスファラーニャ王国を統べるスファラニア王家の第4王子として、僕、マルク・デ・スファラニアは生まれた。


 今では王族出身者の気配なんてぜんぜんしないと思うんだけど、本当に嘘でも冗談でもなく、父はスファラーニャ王エイブラハーン、母は王妃サラマリカだ。


 父王の方はまさにこの大陸南端の地の民族らしく、褐色の肌に黒い巻毛の典型的なラテン系の顔立だったけれど、一方の母はスラブ系の小国の王女だったために、色白で、明るい金色のストレートへアーに碧い目をした美しい人だった。


 かくいう僕もどうやら母親に似たみたいで、やはり金髪碧眼の北方系の風貌をしている。


 ちなみに、なんかこの歳になっても童顔だ……。


 あ、いや、童顔の悩みはともかくとして、そんな両親を見てもわかる通り、民族も宗教も文化も渾然一体となった王国の王子として、幼少期の僕は育った。


 ま、王子といっても末子だったし、王位継承順位は一番下で、王様を継ぐ可能性はまずなかったんだけどね。


 だから、王太子である長兄ボリアバールはもちろんのこと、継承順位の高い上の兄達との扱いには歴然の差があり、将来は王室を離れて学問の道で身を立てられるようにと、幼い頃から帝王学や剣術などの王侯に必要な教育の代わりに、魔術や錬金術、神学なんかを専門に勉強させられた。


 一応、服はシルク製のプールポワン(※上着)に白タイツとキュロット(※カボチャパンツ)だったし、王家のお城の宮殿内には住んでいたんだけれど、父母や家臣達もそうした目で僕を見ていたし、王子さまというよりは修道士か学者に預けられた内弟子みたいな暮らしぶりだったかな?


 でも、おかげでお城の外にも比較的自由に遊びに行けたし、僕としてはむしろよかったんだけどね。


 で、そんな僕の家庭教師をしていたのが、国内最高の魔術師・大学者として名高いイサーク・ルシオ・アシュタリアーノという人物だった。


 ダーマ人系の法学者の家の出で、白いフード付きのローブを纏い、白髪頭に長く白い顎髭を蓄えた、いかにもな魔術士という風貌の初老の紳士だ。でも、その年齢のわりにはがっしりとした大柄な体つきをしていて、自らの錬金術で造り出した不老不死の薬でも飲んでいたのか? 老人とは思えないくらいの健康体だった。


「――では、本日より魔導書『ソロモン王の鍵』にあるペンタクルの作成を実際にしていきましょう」


「はい! 先生!」


 王都グランダルシアにあるアルカスティージョラ城の庭には、イサークのための錬成所ラボラトリウムが建てられており、そこで僕は毎日のように講義を受けたり、魔術や錬金術の実験をしたりしていた。


 古い煉瓦を積んで作った小屋で、中には分厚い魔導書の並んだ大きな本棚や、魔術の道具、錬金術の器具、薬草の詰まった壺なんかが所狭しと置かれていて、僕にとってはかっこうの遊び場、秘密基地みたいな場所だった。


「殿下、〝魔術武器〟を製作するのに一番大切なことはなんだか憶えてますかな?」


「はい! 作業を行う日時と星の巡りです!」


「よろしい。その通りです」


 薬品の匂いが充満する埃っぽい小屋の中、イサークの質問に僕がハキハキとした声で答えると、穏やか笑みを白髭に埋もれたその顔に浮かべて、彼は僕を褒めてくれる。


 国外にまでその名を知れた大学者であったにも関わらず、イサークはおくびにもそうした風は見せず、とても優しく僕に勉強を教えてくれた。


 そんなイサークに僕も懐き、この頃からすでに、あまり気軽には会えない国王の父などよりも、むしろ彼を父親みたいに慕っていたような気がする。


 また、時折遊んでくれる腹違いの姉や身の回りの世話をしてくれる侍女達もいたし、一応、王家の慣いとして実の父母とは常に一緒に生活はできなかったけれど、さりとて、淋しいと感じるようなことは一度としてなかった。


 その上、何不自由ない暮らしができる王族なのに兄達と違って気楽な立場であり、あの頃の僕は、きっとこの世界の誰よりも恵まれていたのだろう。


 だが、そんな幸せな楽園での生活も長くは続かなかった……。

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