六話 「当然の疑い」
結局、それらしい動機が出てくることはなく、学校に到着してしまった。
もうどうとでもなってしまえ! と半ば投げやりになっている自分がいた。それと同時に何一つ関係ない問題に巻き込まれた原因となっているこの能力を恨む。
勝手に調べて巻き込まれに行っているのは自分自身なのではあるのだが、それでもこの能力さえなければ、調べようだなんて一ミリも思わなかっただろうし、やはりこの能力が憎い。
こんなことするのも今回限りだ。もう誰かの罪を覗くこともない。
そう心に誓って前と同じように白鷺さんの机に座り、待機する。
そう言えば、今日も体操服で来るのかな。
だとしたら、犯人を許すわけにはいけない。俺の唯一のクラスで名前と顔を知っているマイエンジェルなんだぞ。
そうか。
そこであることに気が付いた。
俺は、白鷺さんだから助けてやりたいと思ったのか。あの日、白鷺さんの顔を見て涙した日。自分の中にあるこの能力に対する憎悪が、あの一瞬の時だけ無くなったように感じた。だからこそ泣いてしまったのかもしれない。未だに何も浮かばないことに関しては疑問は残るが、そんなことはいったん忘れよう。俺が彼女に救われたことには変わりはないのだから。
今回だけでも助けになろう。
それに白鷺さんとは面と向かって話せるし、ってあれ?
面と向かって話せるんだよな?
じゃあ、顔もわかっている今、白鷺さんの席に座ってるの純粋にきもくね? もはや、犯人俺になっちゃうんじゃね?
ヤバい。自分の席に戻ろう。
ガラガラガラ。
ですよね。お決まりですもんね。知ってました。
「え?」
教室のドアを開けた瞬間に広がるこの光景を見て、アホな声がこぼれている。
その声を聞いて、教室に入ってきたのはやはり白鷺さんだとすぐに分かった。
立ち上がろうとした、絶妙にきもい体勢の瞬間を見られてしまった。
これで白鷺さんの中で犯人は俺で確定だぜ。
「お、おはようございます……」
とりあえず、あいさつでもしておいて、まずは弁明からだな。
「これはですね、白鷺さんに用があって待ってただけと言いますか……」
「う、うん」
ダメだ、完全に疑ってるよ! もう顔が疑ってるよ! ゴキブリとかそういう気持ち悪いもん見たときと同じ顔しちゃってるよ!
ゴキブリも立派に生きてるんだからね! なんなら、俺よりも立派に生きてると言ってもいい。
「白鷺さん? 疑ってますよね?」
「まさか、迫川君だっただなんて。昨日も座っていたよね」
「ち、違うんです! 話を聞いて!!!」
犯人の決まり文句のようなことを言ってしまい、ますます犯人感が増してしまう。
白鷺さんの目がもう完全に犯人を見るときの目をしている。
それによく考えたら、昨日も朝、白鷺さんの席に座って、それを白鷺さんに見られて……。
よく考えなくても、はじめから白鷺さんの中で俺は犯人候補なんじゃねえか! それに追い打ちをかけるようなことをしてしまったんだ。これはまずい! なにか証明できるものを見せないと!
「白鷺さん、これ見てください」
そう言って、昨日、調べるために作った〇と×が書かれた用紙を取り出す。
「なにそれ?」
さっきから教室の入り口から犯人であると疑って、近づいてこなかった白鷺さんがようやく近づいてくる。
ものすごく警戒しながら、そろりそろりと。
「昨日、制服が盗まれたじゃないですか」
「迫川君が盗んだの?」
「違いますって! 話聞いて。あと、そんな目で見ないで!」
いやでも、ゴキブリを見る目をしていてもかわいいな、畜生。これもこれでありかもしれん。なんて、そんなわけないだろ、変な性癖出すなよ、変態。早く誤解を解くのが最優先だろ。
自問自答を繰り返す。
「それで、これは? 先生の名前?」
「はい、昨日のことで少し気になったので調べてみたんです」
「どうして気にしてくれたの?」
痛いところを突かれ、少し言葉に詰まる。
「そ、それは、白鷺さんが……」
「え?」
白鷺さんが唯一目を合わせられる人で、かわいそうだから助けてやりたかったなんて言えるわけないよね。
もっとちゃんと考えとけばよかった。と、今更ながら後悔する。
「と、とりあえず、これを見てください」
無理やり話をそらして回避する。
「これは二年の先生たちが授業を行っている時間を表にしたんですけど」
「この〇と×は?」
「〇は各先生が授業を受け持っている時間で、×はここ最近で泥棒が起きた時間です」
「なるほど」
どうやら、少しは疑いが晴れたようだ。白鷺さんはまじまじと自作の表を眺めて何かを考えているようだ。
こうやって見るとほんと、かわいいな。まつ毛もすごい長いし、透き通るような髪。例えるのは難しいが、ギャルとは正反対の清楚系美少女だろう。何とも近づきがたい、いや、近づくのが申し訳ないほどだ。
これも、前を向いてみないと分からないことなんだよな。
そんなことを改めて実感する。
「これ、もしかして……」
少しの沈黙から、突然話しかけられて彼女から目をそらす。
「き、気付きましたか?」
「うん、多分」
「片岡先生、どれにも見事に被ってないですよね」
「やっぱりそうだよ、ね」
少し納得のいっていない様子だ。
無理もない、片岡教示は学内でも人気のある先生なのだ。そんな先生が犯人だと急に言われて納得がいくはずがない。ましてや、俺のような誰かもわからないような怪しい奴の言葉だ、これで信じろっていう方が無理な話だ。
「でもどうして、先生だと思ったの?」
やはり、そこだよな。俺には見えるからと言っても信じてくれないだろうし、それを言うと俺が逆に疑われるリスクまである。あれからそれ以外の理由をずっと考えていたが、これしかでてこない。
「それは、授業中に自由に動けるとしたら、先生方だけだと思ったからです」
「確かに」
どうやら彼女が納得するには十分な理由だったようだ。
「これで信じてもらえますか?」
「少しはね。でも……」
「?」
白鷺さんは少しにはにかんで言葉を続けた。
「証拠は不十分だと思うの」
確かにそうだ。彼女は片岡教示という男が【泥棒】であることを知らない。俺ですらわかっていても確実にそうだとは言えない。
「だから、一緒に調査しよう」
「え?」
彼女は笑顔でそう言った。
いろんなことに意識が行き過ぎて気付かなかったが、彼女はしっかりと制服を着ていた。
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