四話 「RE↘」

 【泥棒】か。

 

 やはり、浮かんでしまった。俺の能力が無くなった訳では無かった。

 彼女の時と比べ、感情の起伏があまりにも激しすぎる一日だ。


 やっぱりこれを見てしまったときのこの最悪な気分は二年たっても変わらないな。これから俺はこのクラスで人気の担任である片岡教示のことを、泥棒、をした奴としてでしか見ることが出来なくなってしまったわけだ。

 これも気の持ちようかもしれないが、先生本人が本来言わなければ、俺は知るよしもないようなことが無条件で頭に浮かぶ。しかも、泥棒と言っても何を盗んだのか、なんてことは俺には分からない。10円のお菓子かもしれないし、100万円の時計かもしれない。

 全く関係のない人間ならまだましかもしれないが、少なくとも担任だ。担任がただ単に泥棒をしたという情報だけしかわからなかったら怖いだろ? 

 何盗んだんだろう? とか、いろいろ考えちゃうとゲームオーバー、気分は最悪。その人を避けるようになってしまう。

 まだ、1人だけしか見てないからマシってもんだ。これが、一気に見えたりするともうこの世の終わりみたいな景色が広がる。さらに、そこにやばい罪を持っている奴が身近にいたりしたら、もうわかるよな。

 知らない方がいいってもんだ。


 一限目の授業が始まると同時に、ふとあることを思い出す。


 じゃあ、彼女は人生で罪を一度も犯したことがないってことか? 計画を立てるうえで予測は立てていたが、ありえないこと過ぎて頭のどこかで除外してしまっていた。生まれてきて一度も悪い行いをしたことがないってあり得るか? 俺には考えられない。

 何か原因があるのか、それとも本当に聖人なのか。どちらかは分からないが、能力が消えてなかったこともあり、もうこれ以上関わることもないことは確かだ。

 と言うより、彼女が拒否してくるだろ。


 こうして、また今まで通りの生活に戻る。下を向いて生きる生活に。

 

やはり、あの時の感動が忘れられないらしい。前を向いて生活することができるということは当たり前のことなのかもしれないが、俺にとっては普通では無かったから、普通でいられるということはとても幸せなことなのだと思う。

 だから、少し憂鬱だ。また元の生活に戻ることが。


 


 いつも通り一限目が終わり、二限目は体育なので男女に分かれて、女子は更衣室に、男子はこの教室で着替える。

 もちろん俺は一人黙々と着替え始める。その間、他の男子共は、やれあの子がかわいいだの、あの子の胸がデカいなどと、男の子らしい話をして盛り上がっている。

 毎回同じようなことを話していてよく飽きないもんだ。


 そんな話にも参加するわけもなく、一番乗りでグラウンドに到着し、待機する。

 それに続いて、続々と生徒が揃いだす。いつも通りのことだ。


 「揃ったな、授業を始めるぞ」


 なぁ、体育ってなんでいつも休み時間が終わる前に始まるんだ? 完全にルール違反じゃないか。休み時間なんだからその時間くらいはきっちり休ませろよ。ただでさえ着替えるのに時間を割いてやってるんだから。

 こんな願いは叶うわけもなく、授業が開始される。


 「それじゃあ、今日はサッカーをするぞ」


 はい、終わった。

 え、なんでサッカーなんか授業でする必要あるの? サッカーで絆が生まれるとか冗談じゃないよ。完全に『ボールは友達』の言葉通り、俺からしたらボールとしか友達になれないからね?


 なんて、こんな状況には慣れっこだ。

 何パターンかあるが、今日は久しぶりに普通に腹痛を訴えて休憩するか。


 正直言って、誰も俺のことなんて見てないから個人連の時にこっそり抜けたことだってある。体育の先生は放任主義だから、生徒、しかも影が激薄の俺になんて気づきすらしない。


 はあ、早く終わってくんないかなぁ。


 そうボヤいているうちに、二限目の体育もいつも通り乗り切り、教室で服を着替えていると、女子たちもぞろぞろと教室へ戻ってくる。

 早くしろといつもせかしてくるのだが、今日はいつも以上に男子をせかしているようだ。


 「ちょっと! 早くして! 話があるから!」


 どうやら、俺たち男子に話があるらしい。そんな急ぎの用でもあるのだろうか。明らかにいつもとは違うのが口調からも分かる。


 しかし、男子共は馬鹿だから、そんなことはお構いなしでいつも通りのペースで着替えている。

 もちろん俺は着替え終わっている。


 ようやく着替えが終わり、女子たちが入ってくる。そして、教室に入ってくるなり開口一番、


 「白鷺さんの制服がないんだけど、どういうこと!」


 よく聞く声だ。女子のリーダー的な存在なのだろう。もちろん俺は、白鷺さんも声の主も知らない。


 「はあ? 俺らしらねえよ」


どうやら、女子たちは犯人は男子の誰かだと思っているようだ。


 「じゃあ、誰がやるのよ」


 「だから、しらねえって! 学校に変質者の侵入でもしたんじゃねえの」


 男子も負けじと反論する。


 「てか、最近女子の制服とかの盗み多くね?」


 一人の男子がそう言って続ける。


 「先週は2組の女子が盗まれたって聞いたし、先々週も4組でなんかあったらしいぜ」


 あまりにも学校事情に疎くて、今そんなことがあったことを知る。

 

 なんて物騒な学校なんだ。男の俺には無関係なのではあるが。

 ってゆうか、制服ごと盗むって、犯人クレイジーすぎだろ、とんでもない変態野郎だな。白鷺さん、誰だか知りませんがかわいそうに。


 「白鷺さん大丈夫?」


 女子たちが白鷺さんを心配する。


 「大丈夫、大丈夫!」


 ん? この声、もしかして。


 少し顔を上げて確認する。

 

 間違いない、ぬいぐるみの彼女だ。名前は白鷺ってゆうのか。

 白鷺さん、超かわいかったし、盗まれたのが白鷺さんなら制服ごと盗んだ犯人の気持ちも理解できる。


 絶対しないけど。


 そんな混沌のなか、三限目のチャイムが鳴る。

 そして、その音と共にあることを思い出す。

 

 泥棒?


 

 

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