三話 「罪なき人、罪あるひと」

 ぞろぞろとクラスメイトが揃いだす。

 ひとまず彼女と別れた後、自分の席に戻っているのだが、よく考えたら俺は彼女の名前を知らない。でも、会話中触れなかったが、彼女は俺の名前を知っているようだった。

 俺は高校に入ってからは、ほとんど名前を呼ばれたことはないし、今となっては朝のホームルームの時くらいしか呼ばれることはない。そんな教室の空気でありオブジェである俺の名前を憶えているとは、なかなかの変わり者だ。

 だが、悪い気はしない。それも、彼女は今の僕にとっては特別だからなのだろうか? 特別と言っても、目を合わせて話せる、今のところ唯一の存在、という意味でだ。


 だからと言って、これからの関係がどうかなるということはないんだけれど。これから会話するようなこともないだろうしな。

 顔をあげて学校生活を送れるようになるだけでこの俺の本質自体はこれからも変わることはない。少しくらいは明るくなるかもしれないけど。

 

 でも、あれくらいかわいければさぞかしモテることだろう。もう何度か顔を拝みたいものだな。写真とかお願いしちゃおうかな。

 そんな勇気ないんだけれど。


 ガラガラガラ!

 教室のドアがまた開く。


 「よーーーーーーし。出席取るぞ」


 担任の片岡教示だ。

 教員の名前くらいはさすがに憶えている。教えるに示す、まさに教員になるために生まれてきたような名前だ。

 性別は男、歳は確か25とかだった気がする。まだまだ若手でピチピチの教師だ、と彼本人は言い張っていたからそうなのだろう。顔はよく知らないが、声はハスキーでいかにも男! といった感じだ。

 性格も明るくて女子生徒からも結構人気があるらしい。どこかでそんな話を聞いたことがある気がする。

 男子からは……、あんまり知らないが、まあ妬まれているんだろうが、人気なんだろう。


 そんな片岡先生が俺の出席を取るとき、それが目を合わせるチャンスだ。

 今、先生は昨日行ったラーメン屋がどうこうとくだらない話をしていて、クラスは盛り上がっている。こういったあたりを聞いていると、人気であるということも納得がいく。

 出席取るぞ、と言ってからどれだけ話すんだ。早くしてくれ。


 とても焦らされているような気分になる。


 「おっと、そろそろ出席取らんとな」


 遅い! 遅すぎる! 俺はこの間、緊張で気が狂いそうなんだ。


 笑いながら先生は出席簿を開き、ア行から一人ずつ名前を呼んでいく。

 俺はサ行だから割と早い段階で呼ばれるので覚悟を決める。まるでジェットコースターを待っているような気分だ。それに手汗が凄い。絞ればコップ一杯分はあるんじゃないか?


 「迫川一樹」


 ようやく名前が呼ばれる。

一気に手汗の量が増すのがわかる。心音もまるで爆弾だ。体中に血が巡っているのを感じる。俺の今の血液循環のスピードは常人の1.5倍はあるといっても過言ではないだろう。


 「迫川~、いないのか?」


 もう一度、呼び直される。

 覚悟はできた。


 「はい」


 彼女の時と同じように思い切り顔を振り上げる。そして、目線の標準を先生の目に合わせる。

 片岡先生もこちらを見ている。


 「いたのか、一回で返事しろよ~」


 「す、すみません」


 そう言って、すぐに顔を下に向ける。


 今、確実に目は合った。そして、俺の頭には……。


 【泥棒】


 そう確かに浮かんだのだった。


 

 

 

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