二話 「前の景色」

 実行は明日のハンカチを返すとき。

 もし、その時に頭に罪が浮かべばこれからも今までと変わらない。でも、もし浮かばなければ、それはこの能力からの解放、つまり普通の人間に戻れるということ。

 自分の殻にこもって何のしていなかった俺にとって、ここ二年で最大の山場であり試練になるだろう。


 目を合わせるしかない。


 そう決意をして緊張のせいか、浅い眠りへと落ちた。


 


 朝、一日で最も嫌な時間であり、忙しい時間だ。基本的に下を向いた生活を心がけているのだが、それだけではどうしても目が合うということを防げないときがある。

 だから、俺はあまり髪を短く切らないようにしている。髪が邪魔で相手の視線のシャットアウトしてくれるからだ。これも昨日のように確実ではないが、ないよりは断然あったほうがいい。昨日を除けばほぼ合うことはなかったしな。

  そして、基本的に俺は大勢が登校してくる時間を避けて登校しているため、普通の学生よりも少し早めに学校に着いている。

 遅れて学校行って教室に入った瞬間、クラス中の視線を浴びたことあるだろ? だから、基本的に遅れそうなら学校を休むようにと徹底している。

 

 ここまで徹底しているのに、目が合うとは思ってもみなかったが、これも神のお告げなのかもしれない。

 とは言っても、なんて自分勝手な神なんだと思う。勝手にわけの分からん能力押し付けといて、向き合えってか? ふざけんじゃねえよ。

 こっちはずっと苦しんでるんですよ! と、一言言って殴ってやりたいが、もう二年もこうした生活をしていると慣れてくるもんだ。考え方的には苦しいが、そこまで思うほど今の俺は苦しんではいない。むしろ、楽しんでいるときだってあるくらいだ。

 まあ、神が存在するなら絶対殴るけどな。


 話を戻して、彼女とどう目を合わせるかだが、さっきも言ったが朝、俺は一番にクラスにいる。彼女が来るまでの間、昨日の席で待機して待つしか方法はない。

 だって、顔ちゃんと見てないし、クラスメイトの顔なんてほとんど知らない。この机だけが、ハンカチを貸してくれた人とを結ぶ生命線なのだ。

 朝来て、自分の机に男子が座っていたらきもいかもしれないが、こうするしか俺には方法がないのだ。

 いや、こうするしかないと自分を言い聞かせているだけだ。彼女に堂々と話しかける勇気なんてものは俺にはない。これだからクソ童貞はダメなんだよ、自分でも自分が憎いよ。

 

 目隠しプレイならいけるか? なんてクソくだらない変態的妄想を繰り広げているうちに作戦実行の時が近づいてきた。


 ダメだ、緊張する。心音が自分にも聞こえすぎて、改めて生きてるんだなって実感してしまうほどに緊張している。まあでも、魔法少女まるかばつかのラストシーンほどではないがな。あれははもう死んでたよ俺。涙腺決壊おろか命まで落としちゃったよ。ほんと名作だったな、まるばつ。


 ガラガラガラ~

 緊張を紛らわしていると、ついに教室のドアが開く。


 きたか。

 そう、いつも俺の次に一人だけ早く来る奴がいる。そいつは女子ではっきり覚えていないが、今座っている席だった気がするんだ。記憶が正しければ彼女で間違いないはずだ。


 少し顔を上げて確認する。 


 彼女だ! しかもあのぬいぐるみのバッグ! 間違いない、勝負の時だ。俺に力を分けてくれ、まるか!!!


 「あれ? どうしたの? 迫川君」


 間違いない、彼女だ。


 「い、いや、昨日借りたハンカチ返そうと思って」


 「あ、ああ~。ありがとうね」


 なんか気まずい感じになっちゃたじゃないか。


 「いや、こちらこそありがとう。これ」


 ポケットからハンカチを取り出す。

 今しかない、顔を上げるんだ。


 目を閉じて、思い切り顔を振り上げる。

 自分がいかに普段下を向いて生きているのかがよくわかる。久しぶりの感覚、いつぶりだろう。閉じている目を開くと確実に目が合うだろう。おれの目を見ているのがはっきりわかる。下を向いていると分からない感覚だ。


 3、2、1で開くぞ。頭に嫌なことがたくさん過るが覚悟は決めた。


 3、2、1!

 

 少しずつ目を開いていく。

 そして、思った通り、目を開いた瞬間、目が合う。


 黒髪にぱっちりとした目、艶やかな唇、整った顔立ちだ。風に揺れる黒髪がなお一層彼女を引き立てる。この教室、風、全てが今彼女を引き立てる脇役でしかないとさえ感じてしまう。この一瞬の時をシャッタに収めて、永久保存したいとまで思えてしまう。それほどまでに『きれい』だった。感動さえ覚えた。


 そして、俺の頭には何も浮かばない。浮かぶのは目の前のこの一瞬の風景のことだけ。

 

 頬に一粒の涙がまっすぐに見つめ合う二人の視線のように何も邪魔することなく直線を引いてこぼれた。


 「え、え、急にどうしたの!?」


 彼女の一言でふと、我に返る。


 泣いているのか、おれ。そのことにさえ気づかなかった。


 涙を裾で拭う。


 「いや、なんでもない」


 今度はしっかりと彼女の目を見てそう言った。


 彼女は今この現状を理解できず混乱しているようだ。顔がそういった顔をしている。


 こんなことも顔を見ればわかるんだった。ずっと忘れていた感覚がどんどん目を覚ます。


 小さく「ふっ」と笑みをこぼす。


 「ほんとに大丈夫?」


 泣いていると思えば、急に笑い出す俺を見て今度は心配しだした。

 まあ、理解できなくて当然だろう。こんな能力普通はあってはならないものなのだから。


 「大丈夫。ハンカチありがとう」


 彼女にハンカチを手渡す。


 「それならいいんだけど。迫川君、そうやって笑ってる方がいいよ。いつも下向いてるから、どんな子かと思ったけど、ずっとその方がいいよ!」


 「うん、ありがとう」


 そろそろ他のクラスメイトも来る頃だし、そう言って自分の席にへと戻った。


 ありがとう、という言葉には嘘はない。できれば前を向いて目を合わして話したい、それは本心だ。まともに話すことができるかは別だが……。

 でも、それをするにはまだ早い。とりあえず彼女には何も浮かばなかったから、第一関門はクリアだ。次は、他の誰かでこれをしなければならない。これでもし、浮かばなければ、第二関門クリアで晴れて自由の身だ。

 そして、この第二関門突破で最もイージーな人は、おそらく先生だろう。先生なら他よりは簡単に目を合わせられるだろう。

 今は浮かばないことを信じてやるしかない。


 今日から先生と目を合わせちゃおう大作戦の開始だ!

 

  

 

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