第一章 一話「悪い本に慣れた少年」
むかしむかし、あるところに貧しい少年がおりました。少年は心優しく、病気を抱える両親の看病を毎日、遊ぶことなくこなしていました。
そんな日常に確かに不満はありませんでしたが、少し周りで遊んでいる同年代の人たちを見てうらやましくならないということではありませんでした。
ある日、少年は買い物にと街に出てゆき、いつものルートを歩いていました。すると、少し段差があったのでしょう、少年は盛大に転んでしまいました。普段あまり転んだり、ケガをするということがない少年は恥ずかしくなり、すぐに立ち上がりました。
しかし、ある異変に気が付きました。何と、町ゆく人たちの悪いことがわかるのです。何度も見直しましたが、間違いありません。『嘘つき』『泥棒』など様々です。怖くなってしまった少年はすぐに両親のいる家へと全速力で走りました。道中何度か転げましたが、もう恥ずかしさなどはありません。
そうして、家に帰った少年は、両親を見て目を疑いました。何度も何度も見直しましたが間違いありません。
少年は恐怖で家を飛び出しました。
逃げなくては、と。
なんと、両親は『殺人』ということが分かったのです。少年は本能的に逃げ出してしまいました。少年にはほんとか嘘もわからなければ、その内容も分かりません。ただ『殺人』をしたということだけがわかるのです。
少年は言いました。
「こんなもの見たくもなかった」と。
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俺こと、迫川一樹がこの昔読んだかとがある絵本の内容と同じ現象が起きるようになってから、はや2年。時間とはこんなにも早く進むものなのだと改めて実感する。一日一日の時間はものすごく遅いのにな。
二年前、ちょうど俺が中学二年の時に、階段で人とぶつかった拍子に階段から転げ落ちて大けがを負ったときに、おまけのようについてきたこの能力。
この能力のせいでここからの人生は地獄だった。おまけの割にはあまりにも代償が大きすぎる。
と言ってもすぐにおれは今のようにぼっちになって、自分自身だけの世界で生きている。もちろん多少の会話は学校にいる以上、しなければならないし、授業中に当てられることだってある。
でも、目だけは絶対に合わさない。合わせると能力でその人の悪いところが見えてしまう。
怖いよこれ以外と。最初は大したことないと思ってたんだけどね。
考えてみて、「教室で突然こいつは殺人犯です!」って言われたら怖いだろ?
ちょっと大げさだけど、こういったのが俺には無条件に入ってくるんだ。知りたくないだろ? そういうこと。だから、俺は見ないし、誰にも関わらないって決めたんだ。
まあ、本音は見るのが怖いから、そんな勇気俺にはないし、人と目を合わさなくても生きていけるのだから怖い思いをわざわざする必要はないだろう。現にこうして俺はこの約二年を生きてきた。これからも同じことをするだけ。
キーンコーンカーンコーン♪
昼休みのチャイムが教室に鳴り響く。
ようやくこの時間がやってきた。学校生活で最も必要な時間であり、最高の時間。六限終了のチャイムの方が最高だというやつもいるだろうが、この昼休みがないと学校生活を生きていけないというところではこちらの方が勝っているだろう。
少なくとも俺はこの昼休みという最高のひと時を無駄にはしない。
俺にはいつも行っているルーティーンがあり、まずは購買でその日の昼ご飯を購入する。もちろん誰よりも迅速にだ。
購買で昼食を購入できれば、見違えるほど賑やかとなった教室に入り、お楽しみのランチタイム~、なのだがここで昼休み最大の難関であり試練がある。そう、俺の机がクラスメイトに使用されているということだ。
これでは、ボッチの俺はこの教室での居場所を失ったも同然だ。だが、焦る必要はない。ここで俺の長年磨いてきた観察力で、どこの席が今日は使われないのか、ということがクラスのグループ構成からすぐにわかる。
「ふむ、こいつらは今日はそこで食べるのか」
いつも通り、この観察眼、人呼んで『空席レーダー』を駆使して使われないかつ、人と近くない絶妙な席を割り出す。これをほぼ見ずにできるのだから天才と言ってもいいだろう。
そして、席につきランチタイムだ。今日はどうやら女子の席のようだ。クラスメイトの顔と名前なんて一切覚えてはいないが、カバンに熊のぬいぐるみがついているあたりを見ると女子で間違いないだろう。
「この人の席に座るのは初めてだな」
誰かは知らないが、いろんな人の席に座ってきたがこのぬいぐるみは初めてだ。そもそも人を知らないのでどの人の席なのかなんて検討もできないが、おそらくかわいい人の席だろう。きれいに整頓されてるし、何といってもぬいぐるみがかわいい。どんな人なのだろうか。
頭の記憶をフル回転させる。数少ないクラスメイトの顔の記憶をよみがえらせる。目を合わせなければいいだけだから、授業中などの目が合わないタイミングでは顔を見ることがあるのだ。普段は下を向いているのだけど。
あいつか? いや、こいつか? 記憶から覚えている限りの女子の顔を絞り出す。わかる訳ないんだけどね。けど、俺の記憶の中にある一番かわいい奴がこの席の子であると俺は信じている。
この席に巡り合えてうれしく思うぜ。
「今日はいい日だ」
そう唐突に小さくこぼす。
「どうして?」
一瞬にして背筋が凍り付くのがわかる。それと同時に反射的に目を閉じる。
今、おそらくこの席の席主であろう女性が俺に話しかけている。
まずい! いつぶりだ? 人に話しかけられるのは。とにかく返さなくては。
あと、声かわいいな。歌を歌うとすごくうまそうだ。
「い、いやまあ、いろいろあって」
なんだその返しは! まるでやましいことをしているみたいじゃないか!
いや、たしかに席にかかってるカバンのぬいぐるみだけでいろんな妄想はしたよ? しかし、これは決してやましいことではない。こうして想像力を働かせることは大切なことだ。
うん、変なことではない。俺は変じゃない。
「ふーん、変なこと考えてたでしょ」
「いや、だから変じゃないって、」
とっさに言葉が出てしまう。
しまった。普段から心と会話する癖のせいでその弊害が出てしまった。
「変じゃないです」
即座に訂正する。
「まあ、いいんだけどさ。それよりさ、迫川くんってどうしていつもケーキ持ってくるの?」
思わぬところを突っ込まれ、動揺するが、こんなところであわてるような俺じゃない。ここは冷静に対処してお引き取り願おう。
会話をすること自体が俺にとってはリスクだからな。
「ケーキが好物なんだ。飲み物忘れたから、これで」
大好物であるケーキをケーキ専用弁当箱にしまい、席を立とうとする。
どうしてケーキなんてものを学校に持ってくるのかということはこれ以上触れるな。理由は一つ、好きだからだ。それ以外にある訳ないだろう?
「あ、私もジュース買いに行こうと思ってたんだ! 一緒にいこ!」
まじかよ、選択ミスかよ。こうなったらやることはもう一つしかねえ。
逃げる!!!
「俺はこれで失礼します!!」
犯罪を犯した人間が必死の形相で警察から逃げるかのような動きで逃げようとする。
この選択が最も最悪な展開となることが分かっていたのなら、俺はもっと違う選択をしていただろう。
逃げようと机にあるケーキの入った専用弁当箱を取ろうとしたのだが、焦ってしまったせいか手を滑らせて床に落としてしまったようだ。しかも、ふたが開かないようにつけていたゴムも緩かったらしい。
見事に床にケーキをぶちまけてしまった。
「あちゃ~、そんなに焦るから」
一時的に思考停止してしまっていた脳が動き出す。
「す、すみません!」
必死に目の前のケーキの残骸を何とかしようとティッシュを取り出し、拭き取ろうとする。
クラス中が注目しているのがわかる。こんなに注目を浴びてしまうなんてなんてついてないんだ。
ティッシュだけじゃ足りない。今日、ハンカチ持ってきてたっけな。ポケットを探るも見つからない。
「ねえ、これ使っていいよ」
「うわ!」
思わず、声を上げて、とっさに下を向く。
机の持ち主であろう女性が俺の顔を覗き込んできて、一瞬ではあるが目があってしまった。
こんなに注目を浴びてしまって、動揺していたから完全に油断した。普段ならこんなこと絶対に起こらないのに、最悪だ。
いや、ちょっと待てよ。
目の前のケーキの残骸のことを忘れて考え込む。
今、確かに目が合った。間違いない。すぐにそらしたから顔ははっきりわからないが、確かに目は合った。
けど、俺の頭に何も浮かばなかったくないか?
「ねえ、ハンカチ使うの?」
はっ、と自分の世界から戻ってくる。
まずはこれを何とかしなくては。
「お借りします」
そうして、なんだかんだでケーキを片付け、昼休みは終了。ハンカチは後日返すことになった。その間、一切目を合わせることはなかったが、どうも気になる。
もしかして、しばらく見ない間にこの悪魔のような能力は無くなってたのか? それとも、彼女は一切何も罪を犯していないのか?
いやいや、そんなことある訳ないだろう。と、なるとやはり前者の説か。もし本当に能力が消えていたならもうこれ以上苦しむ必要は無くなる。
これを確認するためには、もう一度彼女と目を合わせるしかない。もちろん能力が消えているならば誰でもいいのだが、まずは彼女からだ。ないとは思うが、後者の可能性もある。
やるしかないか。
実行はハンカチを返すとき、その時に目を合わせる!
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