かちかち山~after story
ぶんぶん
決別
小学校の頃が一番楽しかった。家柄とか、種族の因縁とか。そんなことは気にせずに。俺たち三人は仲良く遊んでいた。何も知らなかった。何も知りたくなかった。
「狸塚 灯吾(たぬづか とうご)。本日より、名を改め、狸塚 灯志(とうし)とする」
この戦争がいつから始まったか。そんなことはどうでもいい。
「身命を賭して、我が狸塚家にお仕え奉ります」
大事なのは、今日から俺たちは、敵同士だということだ。
「小夜(さよ)」
俺は神社の大紅葉の木の下で小夜に話しかける。小夜は振り返らない。風に煽られた赤や黄色の葉っぱが、狂々と宙を舞う。一本にまとめた夜のような艶やかな長い髪が、赤い着物によく映えている。俺はもう一度話しかけたが、やはり反応はなかった。
「那月(なつき)」
新しい名前で呼んだ。音に出したくなかった。兎本那月(うもと なつき)は振り返った。小柄な少女。いつもなら、凛としながらも干したての布団のような温もりを感じられる眼だったのに。彼女の眼には涙が浮かんでいた。もう後戻りはできないのだ。
俺の名前は狸塚灯志。つい三日前、そういう名前になった。15歳で成人すると名前が変わるのがここらの習わしだ。そして宿命を背負わされる。俺はボサボサの髪の毛に無理矢理櫛を撫でつけながら、鏡に映った自分の顔をよく眺める。うん、ふくよかな丸顔も幾分漢の顔になった気がする。心なしかそばかすも減った気がする。そういうことにしておく。家のインターホンが鳴る。出ると、そこに立っていたのは期待した女の子ではなかった。
「かちかち山」の童話を知っているか?世にも残酷な狸が、お婆さんを殺し、兎に成敗される話。あんなのは嘘っぱちだ。あの童話以降、俺たち狸一族は世間から白い眼で見られるようになった。事実は違う。すべての現況は、俺の眼の前に立つこの男の一族のせい。
「灯志」
「哲」
狐崎哲(こざき てつ)は、男にしては長めの髪を七三に分け、狐族特有の細目に眼鏡ををかけて玄関に・・・いや、眼鏡はかけていない。今日は哲は眼鏡をかけちゃいない。
「眼鏡はどうしたんだ」
「コンタクトにした。割れたら、危ないからな」
「別に、よく整ったイケメン面にグーパンキメたりしねぇから安心しろよ」
「どうだか。狸一族は嘘つきだからな」
言葉が詰まる。嗚咽が出そうになったけど我慢する。お前、そんな言い方する奴じゃなかっただろ。
「嘘つきはどっちだよ」
「今夜、決める。僕たちの代で終わらせよう」
「・・・あぁ」
真相はこうだ。あの可哀想なお婆さんを殺したのは、狐だったってこと。農作物を荒らしたのも狐。でも夜だったから、お爺さんにはよく見えなかった。縛られて家に着いた頃には、狐は狸に化けていた。そして自分が助かるためにお婆さんを殺し、すべての責任を狸に被せた。狸はその後、兎に成敗される。小夜の先祖だ。俺の先祖は相当なバカだったらしい。子どもでも分かるような兎の計略にまんまと乗せられて、酷い目にあった挙句、溺れ死んだ。まったく、ちょっと考えれば分かるだろうに。あんなアホみたいな狸が、お婆さんを騙して殺すなんて真似、絶対できっこないってことに。以降、俺たち狸一族は、先祖の復讐を誓い、この哲たち狐の一族に果し合いを挑み続けている。一族の汚名を濯(そそ)ぐために。でも勝てた試しがない。原因は兎一族のせい。兎族は無実の罪を着せられている“狐”を護る、と誓っているのだ。何という不条理。この世に神はいないのか。どうやって勝負を決めるかって?「喰う」のさ。動物の世界にそれ以外の何があるっていうんだ。弱肉強食。弱い奴が強い奴に喰われる。
だから自分が喰われぬために、戦略を巡らす。ところがこの“頭を使う”って能力を、神は俺たち狸一族に搭載しなかったようで。要するにアホなのだ。先祖が“あぁだった”のも頷ける。幾度とない敗北にも関わらず今まで狸一族が絶滅しなかったのは、ひとえにずば抜けた力と繁殖力のおかげだ。だから人間の張った罠にハマっても平気。そうさ。気にも留めない。
「やる気あんの?灯志」
哲はあきれ顔で俺を見上げる。。
「あるさ。あるに決まってる」
「じゃあどうして木に吊るされてるんだ?」
片足だけ縄に縛られて宙ぶらりんの俺に、哲はモノを言う。
「うるせぇ。これは・・・そうだな。実験だよ。わざと引っかかってやったんだ。どんな罠なのかなって」
「ここで僕が君を刺せば、狐族の勝利に一手近づくんだけど」
「お願いです赦してつかぁさい。助けてくらさい」
「助けたら敗北を認める?」
「うっせぇ!認めるわけねぇだろ、このすっとこどっこいがぁ!!」
哲はため息をついて縄を小刀で切った。俺の身体が地面に落下し、落ち葉が跳ねる。
「くそっ、なぜ助けた」
「そんな『え!!同じ値段でステーキを!?』的なノリで言われても」
「果し合いの刻限には早いんじゃねぇの」
「それは灯志も同じじゃないか。まぁ大方、僕が罠を張らないか見張りに来たってところだろうけど」
「果し合い前の体力をつけるために食いもん探してた」
「想定以上にアホだった。まったく。灯志相手じゃ、狐族の知略も宝の持ち腐れだな」
「何か言ったか?」
「独り言。・・・なぁ灯志。本気で負けを認めないか?狐と狸の十年戦争なんて下らないこと止めてさ。僕たち仲直りしようぜ。元々これは、僕と灯志が始めた戦争じゃないんだし」
「じゃあ哲が負けを認めればいい。俺は止まれねぇよ。お前ら狐に負わされた狸の汚名を挽回するまでは」
「挽回するものが違う件。だったら灯志は既に二度、僕に負けていることになる」
「は?」
「気づかないのか?さっきから那月が、お前の背中を弓で狙ってるぜ?」
俺は後ろを振り返る。鉢がねに弓。すっかり武装を整えた女が、俺の背中に矢を向けていた。
「那月」
那月は矢を構えてそのままするすると近づき、俺の背中を無言でつつく。
「痛い、痛いよ那月。矢が、痛い、刺さる、痛い」
ぷすぷすと矢じりで刺しにくる那月。心なしか表情には笑いが見える。あぁ俺たちは変わらないのだ。
「灯志。これが最後だ。負けを認めろ。お前が暴れても、僕と那月には敵わない。正直、僕はこの辺一帯に既に罠を張っているし、那月の足からも逃れられない。終わりだ」
「無理でもアホでもよ。俺たちは止まらねぇ。止まれねぇんだ。狸にも意地ってものがある。負けるなら負けでもいい。全力で闘い、そして散る。それが俺っていう獣人の生き方だ」
「馬鹿野郎」
沈黙が流れる。不意に哲は顔を背けた。
「那月。一撃で決めてやってくれ」
弓の弦が引かれる。キリキリキリキリと。ダメだよ那月。そんなに涙を貯めた眼じゃ、俺に正確に当たらねぇよ。
「ごめんね、灯志」
那月の手から矢が離れる。それは俺に向かって真っ直ぐに放たれるが、小判のようなものに弾かれて地面に突き刺さる。
「何奴!?」
那月が頭上を見上げると、それはくるくると舞いながら地面に着地した。
「哲。那月。俺は、この戦争を全力で闘うと決めた。でも俺だけじゃ二人には勝てない。だから助っ人を呼んだんだ。これで二対二。文句はねぇだろ」
着地した者は忍者のような装いをしている。深緑の装束に、二本の小太刀。
「狐には狸。兎には・・・」
「亀一族の根が一人。亀田乃緒(かめだ のお)と申します。以後お見知りおきを」
これは俺たちの名誉を賭けた闘いの物語。
「かちかち山」 第二節 開幕
かちかち山~after story ぶんぶん @Akira_Shoji
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