川を渡った王様の話
しっかり村
川を渡った王様の話
「川を渡った王様の話」
王様は三途の川を渡りました。
歴代の王の誰も、生きているうちに渡ったことがないという三途の川です。しかもひとりで渡ったのです。。
王様は得意でした。
振り返った川の向こう側には、みにくく歪んだ須弥山と、無能なトリマキたちの亡骸が散らばっています。
あの須弥山とて、誰も登ったことのない山でした。誰も登ったことのない山を登った栄光もすでに過去のもの。王様は三途の川を独りで渡るという新たな栄光を手にしたのです。
栄光とは自ら更新するものだ。そう確信した王様はさらなる栄光を目指すために何をすればいいのかわからないまま、歩き出しました。そうすれば何か考えが浮かぶとでも思ったのでしょう。もうトリマキたちは一人もいませんから。
ほどなく歩くと、大きなタンクから桶で水をくみ上げて運んでいく人たちを見かけました。何をしているのかを尋ねると
「汚してしまった水が、土に浸透してしまうのを防ぐためです」
頭の上に桶を乗せている男が答えました。
「別に浸透するのは構わぬではないか」
「いいえ、浸透した汚水が何処の国に被害を及ぼすかわかりません。それを心配するくらいなら、こうして循環ろ過するのが後々にもよろしいかと存じます」
「ふん、おろかな。他所のことなど知ったことか」
よく見ると、頭の上に桶を乗せている男は、三途の川の向こう側の須弥山の頂上で穴を掘って埋めたトリマキの一人に似ています。
「おぬしはトリマキのひとりではないか?」
「左様にございます。王様」
「ふん、愚なる者、川を渡っても愚なり」
王様は頭の上に桶を乗せたトリマキの首を掴むとへし折って、大きなタンクの中へ放り込みました。
大きな水音がしたので、汚水を運んでいた人たちが立ち止りました。
王様にとって見覚えのある顔が他にもチラホラ見えます。
「おぬし等こんなところに居ったか。せっかく川を渡ったというのに、そのような愚直な行為に汗しとるとは。愚かさにもますます磨きがかかったというわけか。情けないことじゃ。ここはワシに任せよ。川を渡った先のこの国、ワシが治めようぞ。今日たった今から、ワシがこの川を渡った先の国の王様じゃ。肝に銘じよ」
王様は感無量になりました。望んでいたさらなる栄光を手にしようとしているのです。須弥山を登ることはおろか、三途の川を渡った先の国を治めるなんて、いったい今までの王様どころか、金輪際、誰も成し得ないことでしょう。
「ご自由にどうぞ」
「待て、何処へ行く!逆らうと死刑じゃ。首をへし折るぞ」
頭の上に桶を乗せた人たちは、王様に背を向け歩いて去りました。先ほど首をへし折られタンクに放り込まれた人も、タンクから出て、汚水の入った桶を頭でなく肩に担ぐと歩いていきました、首をへし折られたので頭には乗せられないのです。
「何処へ行く気じゃ。おぬし等にはワシのような立派な指導者が必要なのだ」
「それを選ぶのは私等です。少なくとも今ここにいる私等は、貴方が治めたいというこの国を捨てて、またこの先の川を渡ろうと思います」
「ふん、愚か者どもが、後悔するがいい」
「さようなら王様」
首をへし折られて肩の上に桶を乗せている男が見えなくなると、川を渡った先の国は物音ひとつ無く静かになりました。王様の気ぜわしい吐息だけが四方八方彼方の闇に、呑み込まれていきます。
王様が「あーっ」と叫ぶと、タンクが少し揺らぎました。
今度は「うーっ」と叫んでみました。
声は闇に呑み込まれました。
「ひーっ」と叫んでみました。
やはり闇に吸い込まれていきます。
「うむ、静かなること美しきかな」
叫び終わった後の沈黙を愉しむ余裕さえ出て来ました。
もはや川を渡った先の国において、王様に意見する者は居ません。
王様は、川を渡った先の国を、完全に征服したのです。
王様が大きく四股を踏むと、タンクが倒れました。いっぱいだった汚水がみるみる地面に浸透し、浸透しきれないものは流れていきました。
王様は流れる汚水の中を、ひとり歩き出しました。
またしても、さらなる栄光を目指すことにしたのです。
やがて汚水は大きな河に流れ込みました。
王様は汚水と共に、大きな河に合流し深く激しい流れの中を歩きました。
向こう岸はどこでしょう?はるか闇の彼方、目に見える範囲にはありません。
王様は汚水に揉まれながら、ひとり、大きな河の中を歩いています。
たぶん今日も。
この先もずっと歩くのでしょう……ひとりで。(了)
川を渡った王様の話 しっかり村 @shikkarimura
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