第1話 森の狼と少年 ①

 本日店を開いてから3時間が経過した。がらんとした店のカウンターに頬杖をついて座るネクスは不機嫌そうに入口を見ていた。

 時間は12時をまわり、店の外からは賑やかな街の声や音が聞こえてくる。が、店に客が入ってくる気配はなく、ネクスはひとつため息をつく。

 突然、店のドアがゆっくりと開かれて1人の少年が入ってきた。


 「いらっしゃいませ!」


 ネクスの表情は一瞬で明るくなり、いつもの営業スマイルとは比べ物にならない笑顔を見せた。

 店に入った少年は小さく会釈をすると、静かに剣の置かれている棚へ歩いていく。

 少年の服装は少し色あせていたり、所々縫い直したあとがある緑色の服に、黒の少しダボっとしたズボンを履いていて、胴体には綺麗な皮の軽鎧をしている。彼の格好はよく言えば物を大事にしている。悪くいえば少し貧乏に見える服そうだった。


 (金は無さそうだな。普通の店主なら悪い態度で接客するだろうが、俺は優しい店主だ。だから安くて良い剣を売ってやろう。)


 そう自画自賛すると、ネクスは立ち上がって少年のもとに歩いく。


 「お兄さん、どんな剣をお探しですか?」

 「えっと、その…僕、駆け出しの冒険者でまだ1回、森で闘ったことしかなくて」


 モジモジとしている少年を見て、ネクスは自分の髭の生えた顎に手を置く。


 「…大体の状況で対応出来るような万能な剣をお探しですか?」

 「は、はい!」


 少年は元気よく答える。


 「じゃあこれとかどうでしょうか?長さも長過ぎず短すぎずで洞窟から草原まで幅広い戦闘に向いていますよ。」


 と、1本の剣を渡す。鞘などを見るとネクスの店にある剣の中では何故か安っぽい。ネクスも何故こんなに安っぽいのか忘れていた。


 「い、いいですね!これにしようかなぁ……」


 少年の言葉は鞘から剣を抜いた瞬間に聞こえなくなった。少年は剣をまるで固まったように見ていて、視線を動かさない。


 「どうしました?お客さま…」


 ネクスは自分の剣に見とているのだろうと思い、ドヤ顔で剣の刀身に視線を向ける。


 「あ゛!」


 なんということでしょう。刃先はボロッボロになっていて、光沢も無く灰色に濁っていた。

 ネクスの頭の中では忘れていた記憶を思い出していた。先月失敗した剣の存在を。それを無くしていたことを。

 ネクスは急いで少年から剣を奪い取るようにかっさらい、背中に隠す。


 「こ、これは失礼いたしましたぁ!」


 少年は不安そうだが、ネクスに体を向けて一言発した。


 「こ、このお店は特殊な、魔石を使って剣を作ると聞いたのですが…本当でしょうか?」


 ネクスは頭をかく。


 「やってますけど、お金。結構かかりますよ?」

 「あります。このために貯めてたんですから。」


 そう言って少年は銀貨で膨らんだ皮袋と紫の魔石を取り出した。


 「…お金は足りてますけど、紫色の魔石って、モンスターの魔石ですよ?剣が出来たとしても、あなたを助けてくれるかどうか…」

 「いいんです。僕が1番最初に手に入れた魔石だから、武器にしたいんです。あと、何か運命的な物を感じたんです」


 そう言って魔石を握りしめる少年を見て、ネクスはため息をつく。


 「どうなっても知りませんよ」

 「大丈夫です。何かあったら僕の責任です」


 その時の少年の瞳は力強かった。




 カウンターの奥にある部屋。そこは鍛冶をするための耐熱物に囲まれていて、ひとつの溶鉱炉が目立つ。

 タオルを頭に巻いて、ハンマーを持つ。金床に洗って輝いている魔石を置くとコトッと小さな音が部屋に響く。


 一息ついてハンマーを魔石に叩きつけて砕き始めると、ネクスは気の遠くなるほど長い詠唱を唱え始めた。すると、魔石の周りに小さな金色の魔法陣が出現し、ネクスの意識の半分は魔石の記憶の中に入っていった。

 

 



 

 

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魔石鍛冶屋さんの覗く記憶 あとうじ @atouji

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